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凡豪の鐘 #25
監督:はい!今日の撮影はこれで終わりです!お疲れ様でしたー。
一同:お疲れ様でしたー。
外はもう、すっかり暗くなっていた。
監督:俳優陣は明日の打ち合わせあるからちょっと残ってね。
七瀬:はーい。
鐘音:よし。じゃあ帰ろうか。
美月:.............。
鐘音:おい、何してる、帰るぞ?
美月:え!?わ、私ですか!?
鐘音:君しかいないだろ。
美月:え、あ........はい。
〜〜
街灯が点々としている道を、鐘音と美月の二人で歩く。
鐘音:..............。
美月:(.....き、気まづい....)
家で二人で話したとはいえ、流石に気まずかった。
鐘音:君は...空子から〇〇の過去を聞いたのか?
美月:へっ!?
いきなりの質問に美月は戸惑いながらも答えた。
美月:は、はい。聞きました。
鐘音:そうか....君は、〇〇と一緒に住んでいるんだろう?
美月:はい。
鐘音:....普通住まなくないか?男女一つ屋根の下、しかもほぼ初対面で。
美月:そう....ですね笑 言われてみればそうかも知れません。
美月:でも....〇〇君だったら大丈夫だと思ったんです。実際....口は悪いですけど、優しい人です。人の心を良くわかってる。
鐘音:そうか....俺は...どうやら人の気持ちがわからないようでね。苦労したんだ。
美月:そうなんですか?笑
鐘音:どうにも自分以外を理解できなくてね。それは〇〇もそうだったんだ。......でも、ある日突然、あいつは社交的になった。今思えば....あれが"変わった"瞬間だったんだなぁ。
美月:...................。
そんな事を話していると、もう家の前まで来ていた。
ガチャ
鐘音:ただいま。
空子:あら、おかえりなさい。
美月:ただいまです。
空子:お帰りなさい....ってもう美月ちゃんの家なのに、なんか不思議ね笑
美月:あはは笑 そうですね笑
鐘音:〇〇は....小説書いたか?
空子:えぇ、書いたわ。.......やっぱり、変わったままだった。
鐘音:....そうか。んで、〇〇は?
空子:.....部屋にいる。.....〇〇に事実を伝えたの。そしたら....部屋から出て来なくなって...。
鐘音:......遅かれ早かれだ。
美月:............。
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夕食を済ませ、部屋に戻る。部屋に戻るということは、〇〇と対峙するということだ。それが少し、怖かった。
なんと声を掛ければいいのか、わからなくて。まだ関係値が浅いといっても、一緒に暮らしている人。だからこそ、かける言葉が見当たらなかった。
恐る恐る、私は扉を開けた。
ガチャ
美月:......入るよー.....
〇〇:..............。
〇〇はこちらを見向きもせず、小説を書いていた。だがいつもとどこか様子が違く、生気が抜けているようだった。
私はベッドに腰掛け、〇〇の後ろ姿をじっと見つめていた。
〇〇:................。
10分、20分、30分、1時間と時間が経って行く。
〜〜
〇〇:.......なぁ、山下。
美月:ビクッ なに?
それは突然の出来事だった。
〇〇:........腹減った。へへっ笑 なんか作ってくんね?
美月:え? ま、まぁ...いいけど...
〇〇:ありがとう。
〜〜
キッチンへ行って軽食を作る。おにぎりとお味噌汁。すでに空子と鐘音は自室へ行き、作業をしているようだった、
美月:はい、どうぞ。
〇〇:...ありがと。
出された軽食を一口。
〇〇:はは笑 やっぱ山下は料理上手いなぁ。
美月:おにぎりとお味噌汁なんて誰でも作れるよ笑
〇〇:あはは笑 そっかぁ。
〇〇は終始笑顔だった。 でも、それで安心する事はできなかった。何故なら、同時に涙を溜めていたから。
〇〇:...うぅ....グスッ........うめぇ...
美月:.............。
私は〇〇の隣に座った。
〇〇:山下....
美月:ん?
〇〇:グスッ....俺って....誰なのかな....
あぁ、やっぱりそうだ。彼はこんなに弱る程、悩んでいたんだ。終始笑顔だったのもきっと、気を遣わせないため。どこまでも、優しい人なんだ。
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〇〇:ん...上がった。
美月:早かったね。ほら、ここ座って。
〇〇をベッドに座らせた。小説を書いている時から汗だくだった為、とりあえずお風呂に入らせたのだ。
美月:髪乾かしたげるから。
〇〇:いいよ、いつも髪なんて乾かしてないし。
美月:ダーメ。髪質悪くなっちゃうよ。
私は無理矢理、〇〇の髪を乾かした。
ブォーーッ
〇〇:んーー......
美月:あはは笑
〇〇はドライヤーの反動につれて頭を動かし、唸っていた。それはまるで大型犬のようで、いつもの〇〇からは感じられない愛おしさを感じた。
美月:はい。終わり。
〇〇:....ありがと。
美月:ふふっ笑 どういたしまして。
私は〇〇の隣に腰掛けた。
〇〇:...........ごめん。さっきは変なこと聞いて。
話し始めたのは〇〇だった。
美月:...ううん。実はね...私空子さんから聞いてたの。
〇〇:えっ!?
〇〇は酷く驚いた様だった。
美月:........態度には出さない様にしてた。空子さんが〇〇君に直接言うまでは...。
〇〇:そっか........あはは....俺変だろ?...なんなんだろ...
乾いた笑いを浮かべ、〇〇は俯いた。
美月:....変じゃないよ。
〇〇:変だろ! .....だって...俺は俺じゃないんだぞ?...今話してんのは俺だけど....俺じゃないんだ..
〇〇:もう....訳わかんない...
〇〇の事が、酷く小さく見えた。まるで、そのまま消えてしまいそうなくらいに。
美月:......私ね、君が転校してきた時思ったの。
美月:嫌な人だなぁ、変な人だなぁ、粗雑な人だなぁって。
〇〇:.....悪口じゃん....
美月:あはは笑 ごめんごめん笑 でさ、その後君と関わる様になって思ったの。
美月:小説書けるの凄いなぁ、演技できるの凄いなぁ、優しい人なんだなぁって.....
〇〇:.....で、でもそれは俺じゃ・・
美月:ううん。全部君だよ。
美月は〇〇の言葉を遮る様に言った。
美月:過去なんか関係ない。私が知ってるのは"今の君"なの。
〇〇:.............。
美月:そして.....過去の君も含めて、全部が君なの。それで....いいんだよ?
気づいたら私は〇〇の手を握っていた。
〇〇:....グスッ...うぅ.....ああぁ...
〇〇は空いている方の手で涙を拭っていた。
〇〇:....グスッ...ありがどう....
美月:もう....そんなに泣かないの笑
私はそのまま〇〇の手を引き寄せ、抱きしめた。
それからも〇〇は美月の胸の中でしばらく泣いていた。そのうち泣き疲れたのか、そのまま眠りに落ちてしまったようだ。
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翌朝
〇〇:んぅ.....ん......ん?
気づいたら寝落ちしていた様だ。でも一つおかしい点がある。それはベッドに寝ているということ。確か俺は床で寝ることになっていたはず.....
そして背中側にも違和感を感じる。
〇〇:んん?.....うわっ!?
美月:んぅ.....あ、〇〇君....おはよ。
自分の背中側にいたのは美月だった。どうやら一緒のベッドで寝てしまったらしい。
〇〇:な、なにして・・
美月:昨日〇〇が抱きついて来たんだよ? それでそのまま寝ちゃったから。
〇〇:.......まじ?
美月:まじ。
〇〇:......嘘つけ。
〇〇はベッドから飛び起き、部屋を出て行った。
美月:むぅ.....
〜〜
空子:あ......〇〇、おはよう。
〇〇:おはよう。
空子:............。
〇〇:母さん。別に気遣わなくていいよ。
空子:えっ?
〇〇:正直まだわかんないけど......もう悩むのはやめた。俺は俺の力で小説を書く。そう決めたから。
昨日の表情とは違かった。どこか迷いながらも、確かな決意が〇〇には宿っていた。
空子:....そう....じゃあ、頑張んなさい!
〇〇:おう!
〇〇は軽い身支度を済ませ、すぐに家を出て行った。
〜〜
コンコンコンッ
美月:はーい。
七瀬:入るでー。
美月:あ、七瀬さん。
七瀬:ふふっ笑 なんか〇〇元気になっとったな。
美月:そうですか?
七瀬:昨日部屋でなにしとったんかなぁー?笑
美月:なっ! なんでそれを....
七瀬:図星やな笑 まぁ、〇〇を好きにさせる作戦は順調なんちゃう?
美月:そ、そうですかね....。
七瀬:ま!昨日のが本当に演技だったらの話やけどな!
七瀬はそう言い残し部屋を出て行った。
美月:っ.........
一体どこまで把握しているんだ、七瀬さんは。
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ガラガラガラッ
〇〇は朝早くから、とある場所を訪ねた。
〇〇:.....ケンじぃ、いるか?
その場所とは、岩本書店だった。奥の部屋から、賢治が面倒くさそうに、のそりのそりと出て来た。
賢治:......なんだ。こんな朝早くに。
〇〇は一呼吸置いてから答えた。
〇〇:....俺に、小説を教えてくれ。
賢治:はぁ.....だから、お前ら親子の喧嘩には付き合いきれないって・・
〇〇:違う。
賢治:あ?
〇〇:俺の為に書きたいんだ。俺の力の全てを懸けて。
賢治:.............。
賢治はその言葉を聞くと、再び奥の部屋へと戻ってしまった。
〇〇:はぁ.....ダメか.....
〇〇は踵を返し、書店を後にしようとした。その時だった。
賢治:おい!何してる!
奥の部屋から声が聞こえた。
〇〇:え?
賢治:早く来い。稽古をつけてやる。
〇〇:え、え?
賢治:なんだ、いらんのか。じゃあ・・
〇〇:いる!めっちゃいる! ケンじぃありがとう!
賢治:ふっ.....早く原稿用紙持ってこい。
〜〜
蓮加:.....なんで私も?
賢治に呼ばれ、蓮加も〇〇の隣に座らされた。
賢治:二人に共通する事だからだ。
〇〇:共通?
賢治:あぁ。この際だから言っておく。お前ら二人に才能はない。
蓮加:...........。
〇〇:んなこたわかってる。
賢治:そこで、鐘音や空子、その他の天才と呼ばれる小説家達をどうやって唸らせる。
〇〇:..............。
蓮加:....そんなのわかってたら苦労しないよ.....。
賢治:お前らにあって、天才達にないものはなんだ?
〇〇:......社交性。
賢治:まぁ...それもあるが...一番は"普通"であるという事だ。
〇〇:だー!もうそれ聞き飽きた!
賢治:それ以上でも以下でもない。後は勝手に答えを見つけろ。
〇〇:え.....終わり?
賢治は部屋を出て行った。
〇〇:なんだよ......なんか極意とか教えてくれるんじゃねぇのかよ....
蓮加:......なんか昔を思い出すね。
〇〇:ん?あぁ...確かにな。
ここは小さい頃、良く〇〇と蓮加で勝負をしていた部屋だった。
賢治からお題を出され、お互いに書いて、賢治に見せ勝敗を決めてもらう。そんなことばっかりやっていた。
蓮加:......あのさ....聞きたいことあるんだけど。
〇〇:なに?早く書こうぜ?
蓮加:〇〇と美月って、一緒に住んでるでしょ。
〇〇:え......
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To be continued