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凡豪の鐘 #53
エンプティシェル症候群
日本名 抜け殻症候群。これは後になって付けられた病名だ。詳しい事はよくわかっていない。治療法も、何もかも。ただこの症候群になった人はもれなく、抜け殻のように物言わぬ人の形をした人形になってしまう。
祐希の症状は次の通りだった。それは突発的に身体のどこかの感覚が突然無くなること。耳や視覚、味覚でさえも突然に消え失せる。そして少し時間が経てば再びその感覚を取り戻す。
厄介なのが、四肢にまで影響が及ぶということ。足の感覚が無くなれば、なにもない所でも転んでしまう。
一つの感覚が戻らない。その状態が続くと、後は死を待つだけ。他の感覚も一つずつゆっくりと奪っていき、最後は心臓だけ。植物状態となりやがてゆっくりと.....
死に至る
それが何年かかるのか、まったくわからない。祐希が余命三年と言われたのは、本当にただの憶測。それより早いかもしれないし、遅いかもしれない。
〜〜
〜〜
祐希:おっはよ〜。
〇〇:ん、おはよ祐希。
祐希から病気の話を聞いてから、二人の関係性は変わらなかった。.....いや、変えないようにしていた、と言う方が正しいだろう。
祐希が特段何も変わらなかった為、〇〇も態度に出さないように気を付けていた。
〇〇は祐希の両親とも仲良くなった。家以外では祐希と共に行動する。目が見えなくなっても、足の感覚が無くなっても、〇〇が支える。そんな日々を送っていた。
祐希:ねぇねぇ!〇〇!今度さ、夏祭り行かない?
〇〇:夏祭り?.......あー....川の近くの神社でやるやつ?
祐希:うんうん!行こ!
〇〇:........そうだな。行こっか。
一瞬だけ躊躇した。夏祭り中に感覚が無くなりでもしたら、危ないんじゃないか。
でも自分が支えれば良い。そう思った。そう....思ったんだ。
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夏祭り
祐希:〇〇ー! りんご飴食べよー!
〇〇:あ!おい、走るなって!
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慌ただしく動く人混みの中で一人、彼女は眩しいくらいに美しい光を放ちながら、俺の目の前を走って行った。
手元に持っているメモ帳に、そう明記した。
祐希に病気のことを聞いてから、祐希の行動や、言動。そして俺が思った事を全てメモ帳に書いて行った。
〇〇:.....ったく...転んだら危ないだろー!
祐希:〇〇が助けてくれるもーん!
祐希をヒロインに一冊の小説を書く事にした。題名はまだ考えていなかったが、いつ死ぬかもわからない祐希の全てを、一冊の小説にして、書き記しておこうと思ったんだ。
〜〜
ドーン ドーン
祐希:綺麗だねー.....
〇〇:そうだなぁ...
少し高い丘の上で、手を繋ぎながら空に浮かぶ大輪の花火を見つめる。
〇〇:今まで花火なんて見ても...何とも思わなかったんだけどなぁ...
祐希:ふふっ笑 〇〇らしいね。.....でも...景色とかは...見れる時に見とくもんだよ?
〇〇:.......そう....だな.....
いつ目が見えなくなるかわからない祐希だからこそ、吐ける台詞だった。
ドーーン!!!
一際大きな花火が闇夜を覆い隠す。
〇〇:ははっ、でっけぇ....
祐希:だね....
どうやらこれで終わりらしい。
〇〇:よしっ! そろそろ帰るかー。
〇〇は立ち上がって背伸びをする。
祐希:まだ帰りたくないなぁ....
祐希はまだ座ったままだ。
祐希:なぁ....〇〇。ハグしたい....
〇〇:ははっ笑 じゃ、早く立てよー。
祐希:............グスッ
〇〇:え?どうした?
目に涙を溜めている。様子がおかしかった。
祐希:ごめんねぇ....ごめんねぇグスッ
祐希はずっと謝り続けている。
〇〇:どうしたんだよ....
〇〇はしゃがんで座っている祐希に迫った。
祐希:......足の感覚がないの...
〇〇:...な、なんだよ...ほらつかまって?1分も経てば・・
祐希:ううん.......花火が上がってる間.....ずっとなの...
〇〇:え............
来ることはわかっていた。でも、来ないと思っていた。来るはずがないと思い込むしかなかった。遂に訪れるこの時を、俺は....信じられていなかった。
中学三年生の夏だった。
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〇〇:おーい。ジュース買って来たぞー。
祐希:しー!声大きいよ!〇〇!
〇〇:祐希もな笑
真っ白な部屋で、二人の男女が楽しげに会話を交わす。まるでそこを病室とは思わせない程に明るく。
〇〇:いいのか?ジュースなんか飲んで。
祐希:だって病院のご飯味薄いんだもん....
〇〇は毎日祐希が入院している病室に通った。一日も欠かさず、毎日。
幸い.....といっても良いものなのかわからないが、祐希が感覚を無くして戻らないのは足だけだった。
〇〇:よいしょ....んー....
祐希:どう?順調?
〇〇:んー...まぁまぁかな笑
祐希:ちょっとぉー! 私がヒロインなんだからちゃんと書いてよねー!
病室に来て、祐希の横で小説を書く。被写体が横にいるから、小説の中に入る癖は出なかった。
閉館時間までは、必ずいると決めていた。
祐希:〇〇はさぁ、夢を追えるだけで幸せだと思いなよ。私みたいに追えない人もいるんだし。
〇〇:........ごめん...
祐希:何謝ってんの笑 私が出来ないことを〇〇がやるんだよー。
〇〇:.............。
祐希:.....でも....一つだけ願いが叶うなら...〇〇が小説家になるまでは...死にたくないなぁ...
〇〇:祐希.......
俺は、彼女にどれだけ救われたかわからない。俺の全ての源は彼女で、彼女の全ての源は...俺だったのかもしれない。
そうだったらもっと、源を送れれば良かった。
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祐希.......ねぇ、〇〇。
〇〇:ん?
祐希:外行きたい。
〇〇:へ?
今日は12月24日。クリスマスイブだ。この時すでに祐希は足、腕、味覚、嗅覚を失っていた。
〇〇:.....外かぁ....あ、雪降ってる...
祐希:うん。だから行きたいの。
目はずっと外を向いている。
〇〇:.....わかった。
車椅子を用意して、祐希を外へ連れ出す。俺ができる事はこれくらいだから。
〜〜
祐希:......綺麗....
〇〇:.....だな。
夜のクリスマスイブに雪が降り注ぐ。東京では珍しかった。
祐希:ねぇ、〇〇?
〇〇:んー?
祐希:...本当に伝えたい事は....上手く伝わらないんだよねぇ....。
〇〇:え?
祐希:ねぇ、〇〇?ハグして。
〇〇:.....うん。
〇〇は出来るだけ優しく、強く、祐希を抱きしめた。
祐希:良かった。まだ涙は出る。
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次の日、いつものように病院に行った。クリスマスだった。
〇〇:........え?
祐希母:あぁ....〇〇君....
祐希のベッドを祐希の両親が囲んでいる。医者と共に。
そこで俺はすぐ勘付いた。
祐希は......死んだんだ。
俺も近づいて行った。祐希の目を覗く。黒目はまったく動かない。
あぁ、そうか。「本当に伝えたい事は....上手く伝わらないんだよねぇ....」 祐希がこう言った意味がやっとわかった。
祐希は明日自分が死ぬ事がわかっていたんだ。俺に伝えようとして.....伝えられなかったんだ。
〜〜
俺はそれからも毎日病室へ通った。心臓だけはまだ、動いているから。
毎日胸に耳を当てて、鼓動を感じる。日に日に弱まっていく鼓動を感じて、小説を書く。
〇〇:......ふぅ...書き終わったよ。祐希。
俺が小説「消える君へ」を書き終わったのは、祐希の鼓動が丁度止まった時だった。
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〇〇:これが.....「消える君へ」の全てだ。今から演じる演劇の.....全てだよ..。
茉央、蓮加、美月:.........................
誰も、何も言えなかった。
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To be continued