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凡豪の鐘 #27


〇〇:ふぅ......ちょっと休憩するか。


何かを掴んだあの夜から、〇〇はずっと小説を書いていた。

これが正解かも、わからないまま。でも何となく良い小説が書けているという感覚がある。


〇〇:.........撮影、見に行ってみるかな。


このウズウズとした感情の行き場を探して、部屋を出た。

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海辺


監督:じゃ、じゃあこれ以上どうしろと!?

鐘音:映画のことなんぞ俺は知らん!なんか違うと言っているだけだ!

真也:....す、すいません...


海で撮影をやっていると聞いて近づくと、怒号が響き渡っていた。


監督:真也君はしっかりやっています!これ以上は撮影が遅れてしまう!

鐘音:俺の作品だ! 生半可な事だけはやらないでくれって言っただろ!

〇〇:よ、美月、なんかあった?ボソッ


〇〇は少し離れたところから様子を見ていた美月に声をかけた。


美月:あ、〇〇......真也さんの演技がダメだって....鐘音先生が...。

〇〇:ふーん.....

美月:あ、ちょ、〇〇!


〇〇は喧騒の渦の中に進んで入って行った。


〇〇:何やってんの?

監督:....ん、あ!君はいつかの演技をしてくれた子...

鐘音:あ? あぁ、丁度いいところに来たな〇〇、ちょっと手本見せてやってくれ。

〇〇:ん。....えーと..海辺のシーンね。なな姉、準備いい?

七瀬:え?う、うん。ええで?

〇〇:よし。じゃあやろうか。


どこか〇〇の雰囲気が違う。その事に気づいていたのは、鐘音と美月、それと七瀬だけだった。


〇〇:.....なんだよ。こんなとこに連れてきて。

七瀬:いいでしょー。なんか悩んでるみたいだったし。

〇〇:.....海は嫌いだ。潮臭い。

七瀬:それがいいんじゃん! 悩んだ時はね、ここに来るといいんだよ。大きな何かに包まれて、どうでも良くなっちゃうから。

〇〇:....ふーん......お前でも悩む事あんのか?

七瀬:そりゃあるよ!人間だもん。


カンッ


監督:カ、カット.....


監督がカチンコを鳴らし、演技は終了。相変わらず〇〇は他を圧倒するような演技だった。


七瀬:ふぅ...あ、〇〇の事、戻さんと。


七瀬が〇〇にビンタしようとした、その時だった。


〇〇:どうだった?

七瀬:え?

〇〇:え?いや、だから演技どうだった?

七瀬:い、いやいやいや......〇〇なん?

〇〇:え、そうだけど...


明らかに〇〇の人格として話していた。


鐘音:お前....入ってなかったのか?

〇〇:いや?戻ってきただけ。

鐘音:自力で?

〇〇:うん。

鐘音:ぷっ笑 あっはっはっは笑


鐘音は大声を上げて笑った。


鐘音:〇〇、正解だ。

〇〇:えっ?

鐘音:そのまま行け。お前の道は間違ってない。

〜〜

〜〜

撮影は一旦休憩に入った。〇〇は砂浜に座り海を眺めていた。


美月:よいしょ。

〇〇:ん、どうした。


美月が隣に座ってきた。


美月:どうしたじゃないよ。いつからあんな事できるようになったの。

〇〇:うーん....自分の軸を変えたんだ。

美月:軸?

〇〇:うん。

美月:......いや!うん。だけじゃわかんないって!

〇〇:えぇ.......ん?


不意に肩を後ろから叩かれた。


真也:なぁ....君にちょっと聞きたい事があるんだ。隣いいかな。


話しかけてきたのは真也だった。どこか思い詰めた顔をしている。


〇〇:いいっすよ。なんですか。

真也:......君は....一体なんなんだ?

〇〇:え?

真也:君の演技は素人とは思えない。というより、君以上の演技をする人を....見た事がない...

〇〇:あー.....別に才能とかじゃないっすよ。俺の物じゃないんで。

真也:??


何を言っているかわからないと言った表情だった。


〇〇:何言ってるかわかんないっすよね笑 んー....これ秘密ですよ? 俺...鐘音天の息子なんです。

真也:えぇ!?ほ、ほんとかい!?

〇〇:ほんとなんで絶対秘密っすよ。

真也:は、はは.....そうか....合点がいったよ...


真也は更に深刻そうな顔をして俯いた。


真也:才能のない人間は....どうしたらいいんだろうなボソッ

〇〇:それは違うっすよ。

真也:え?


〇〇は水平線を見つめながら言った。


〇〇:俺も...昔は才能があったらしいんです。ある事がきっかけでその才能を捨てたらしいんすけど。

真也:才能を捨てた?な、なんで....

〇〇:そうっすよね笑 俺もそう思います。でも....俺はこれで良かったのかなぁ...なんて思ったりもします。

真也:才能が無いのに?

〇〇:はい。才能を無くした代わりに、人の気持ちがわかるようになりました。きっと....才能を持っていたままだったら...こうはなってないと思います。

真也:............。

〇〇:真也さんもきっと周りを気にする人だ。それは人の気持ちがわかっているからで....それは俳優をやる上で、才能って呼んでもいいんじゃないですか?

〇〇:自分を軸に置いて、役の気持ちを考えて演じる。.......あはは笑 すんません。俳優でもないのに。

真也:いや......ありがとう。なんとなくわかった気がするよ。....君と話せて良かった。


真也は足が取られる砂浜から立ち上がり、立ち去ろうとした。


〇〇:あ!あと!

真也:ん?

〇〇:才能はただの線引きっすよ。 どっかの天才が言ってた言葉です笑

真也:....はは笑 肝に銘じとくよ。


真也は先刻とは違う足取りで、撮影へ戻って行った。


〇〇:っし! 俺もこうしちゃいられない。家帰って小説書こ。

美月:...................。

〇〇:ん?.....おーい、美月?


美月はどこか遠くを見つめて、応答がなかった。


〇〇:おい!おい! 美月!!


〇〇は強く美月の肩を揺らす。


美月:...........ん?あれ? 

〇〇:大丈夫か!?

美月:え、だ、大丈夫だけど....

〇〇:はぁ.......良かった.....本当に良かった....

美月:ちょ...どうしたの?


〇〇は美月の肩を掴みながら、目に涙を浮かべていた。


〇〇:いや....大丈夫ならいいんだ....ほんとに、なんともないんだな?

美月:う、うん。

〇〇:なら...良い。


〇〇はゆっくり立ち上がり、松葉杖をつきながら帰って行った。

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山下宅


一同:いただきます!

空子:何気に全員集まって食事は初めてじゃない?

七瀬:そうですね笑 誰かどっかしら行ってましたから笑

〇〇:そうだな笑

鐘音:騒がしい飯はあんまり好きじゃないんだが...

空子:もう!すぐそうやって空気壊す!明後日で帰るんだからさぁ.....

〇〇:親父変わってねぇなぁ.......え!?

空子:うわっ!びっくりした、急に何よ。

〇〇:明後日帰る!?

空子:そうよ? ここでの撮影は明後日で終わりだもの。

〇〇:はぁ.....なんでそういうこと先に言わないかな...


空子はいつもこうだった。大事な事を全然言わない。まぁ....鐘音もだが。


鐘音:つまり......勝負は明日って事だな。


鐘音は〇〇の方を真剣な眼差しで見つめながら言った。


〇〇:.........うん。

鐘音:覚えてるか? 負けたら、お前はもう小説を書くのをやめる。

〇〇:.....あぁ...わかってるよ。

鐘音:ふっ.....なら良い。


鐘音は再び食事をし始めた。


空子:.....さっ! 重い空気はもう終わり!私ね、美月ちゃんの話を聞きたいの!

美月:わ、私ですか!?

七瀬:あー....そういえば...普通に話しとったけど、美月のことよく知らんなぁ....

空子:美月ちゃんはなんでこの町に引っ越してきたの?

美月:そ、それは...空子さんの生まれた故郷で過ごしてみたくて...

七瀬:ご両親は? 美月ちゃん単身で来たんか?

美月:両親は.....私が小さい頃にどっちも亡くなってるんです。

〇〇:え.......


食卓には再び重い空気が流れた。


七瀬:ご、ごめんな?....聞いたらあかんこと聞いてしもうた....

美月:いえいえ! 小さい頃といっても記憶もあまりないんです。どんな顔かも....。

空子:そう....大変だったわね。

美月:そんなことないですよ笑 親戚とかもいなかったので保護施設でずっと保護してもらってて、そこで友達もたくさんできましたし。

美月:高校は一人暮らししてみたかったんです。それで保護施設の方も快く費用を出してくれて.....といってもこの家1万円で売られてたので笑

空子:まさに美月ちゃんにぴったりの家だったのね笑

美月:それが空子さんの家だったなんて....鐘音先生と結婚されてて、息子が〇〇って事も知って....夏休み入ってから驚かされてばっかりです笑

空子:あはは笑 ごめんなさいね。 ......それで、この町での生活は楽しい?

美月:とっても楽しいです! 良い人ばっかりですし....〇〇もなんやかんや言って家事してくれますし。

〇〇:なんやかんやは余計だ。ちゃんとやってる。

空子:あははは笑 それなら良かった。これからも〇〇をよろしくね?

〇〇:いらん事を言うな。

〜〜

夕食を終え、順番に風呂に入る。次は美月の番だった。


七瀬:美月! 一緒に入ろう!

美月:えぇ!? な、なんでですか。

七瀬:ええやん!裸の付き合いせんとわからんこともあるやろ。

美月:言い方が嫌です。

七瀬:ええからええから。演技の事とかも色々教えたる。

美月:入ります!

七瀬:(チョロいなぁ笑)


七瀬と美月は共に入浴した。七瀬には少し美月に少し思う所があり、その為に誘ったのだった。

〜〜

〜〜

〇〇:ふぅ......良い湯だった....


最後は〇〇の番だった。


ガチャ


美月:ん、いつも早いね。お風呂上がるの。

〇〇:めんどくせぇもん。

美月:また髪濡れてるし。

〇〇:いいんだよ。別に気にしてない。

美月:ダーメ。ほら、乾かしてあげる。こっちおいで。

〇〇:いいっつの。

美月:いいからほら!

〇〇:うわっ!


〇〇の足が折れているのを良いことに美月は〇〇の腕を引っ張り、ベッドに座らせた。


ブォーーッ


〇〇:うーー......

美月:ふふっ笑 ドライヤーされてる時は子供みたい笑

〇〇:ん?

美月:聞こえてないのか笑 なんでもないよー。

美月:はい。終わり。

〇〇:ん、ありがとう。

美月:いーえ。


ドライヤーが終わっても、〇〇はそこを動かなかった。


〇〇:........保護施設でもこういう事やってたのか?

美月:え?

〇〇:.....なんか手慣れてるから。

美月:...ふふっ笑 気づくねぇ。そうだよ。私より小さい子とか沢山いたからね。

〇〇:......そうか。......辛くなかったか?

美月:辛くは.......いや、辛い時もあったかな。

〇〇:..........だよな。

美月:うん。でも今はずっと楽しいよ。

〇〇:そっか。......じゃ、これからも楽しくさせてやる。

美月:え?


〇〇は立ち上がって机に向かった。


〇〇:美月が楽しくなるように、これからもしてやるって言ったの。

美月:.....かっこいいこと言うじゃん。

〇〇:.....だろ?笑

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翌日


今日の分の撮影が終わり、もう時刻は17時。海に夕景が輝く美しい時間帯であり、悪魔が巣食う逢魔が時とも呼ばれる。


ガラガラガラッ


書店の扉を開ける。


賢治:はぁ....親子喧嘩に儂を巻き込むなよ....

鐘音、〇〇:親子喧嘩じゃねぇ、勝負だ。

賢治:....仲が良いんだか、悪いんだか....


〇〇と鐘音は二つ並んだテーブルに、それぞれ座った。


賢治:.......制限時間は一時間。原稿用紙400字詰め5枚の2000文字の小説だ。

〇〇:.....わかった。....手加減とかすんなよ。

鐘音:手加減なんぞ、人生で一度もした事はない。

賢治:じゃ....始めるぞ。......では、始め!!


二人は同時にペンを持ち、原稿用紙に文字を書き連ねていった。

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              To be continued




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