立夏の恋模様5_呼詠
唐突に起こった幼馴染ナンパ事件も無事解決し、重たちはそれぞれの持ち場に付き、喫茶店の営業を再会した。
さっきまで泣いていた優希は、後輩を迎えに行くと言い、教室から一時撤退。
「先ほどは失礼致しました。では改めて、ご注文をお伺い致します」
重は、待たせてしまった女性客へ軽い謝罪をし、注文シートとペンを手に持った。
「えっと・・・オムライス二つで・・・」
「かしこまりました。オムライス二つですね」
注文を重に伝えた女性は、どこか様子が変だった。ナンパ事件が起きて重が場を外す前までは普通に明るい笑顔だった表情が、今では少し赤みがかっていて、目線が重の目元から外れている。
「それと、あの・・・」
何かを言いたそうにする女性客に、重は純粋な眼差しを向けている。きっと、相手の気も知らずに。
「ドリンクも頼まれますか?」
「あの・・・」
すぐ注文内容を書けるようペンと紙を近付け、少しだけ女性客の方に前のめりになっている重の表情は変わらないまま、時の流れが遅くなるような雰囲気が席周辺に漂った。
「メイドさんすっごい似合ってて可愛いです!」
「ほんと!後輩ちゃんにそうやって言ってもらえるのは嬉しいわ!」
そして、重周りの雰囲気とはまったく親和性のないような空気感を纏った優希と、その後輩が重が接客をしているすぐ近くにやってきた。
その時だった。
「あの、重くん!LINE、やってます・・・か・・・」
「「え?」」
え。という言葉を発したのは、一人だけではなかった。重はもちろん、優希もだった。
「はい。やってますよ」
重は困惑しながらも、先程の表情を崩さないように対応する。そのすぐ後ろで、後輩と会話しながら優希がちらちらと、重にLINEを聞いた女性の方を見ている。
「優希センパイ、もしかして、妬いてますか?」
優希のわかりやすい行動を見て察したのか、後輩がにやにやとしながらそう言った。
「別に?LINEとか勝手に交換すればいいし?そもそも付き合ってるわけじゃないんだからその辺縛るのもおかしいし?でもまあ少しは私の気持ちも考えて欲しいっていうか?あなたのLINEはそんなに安いもんじゃないでしょーっていうか?」
優希は早口で、呪文のように自身の感情全てを言い放った。
「おぅ・・・相当妬いてますねこりゃ」
さすがの後輩でも若干引いていた。
「そうだ!後輩ちゃん!玄関前でヨーヨー釣りやってるらしいから一緒に行かない?」
「ええ?その格好でですか?目立ちますよ」
「いいからいいから!」
急に前を向きだした優希に無理やり腕を引っ張られて、後輩は下へと連れられた。
走る優希は前を向いていたが、後ろを振り返ってどうにかしてしまえたらいいのにという気持ちで、感情は崩れかけていた。
一方、接客に集中していた重は、優希がいたこと、消えたことには気づいていなかった。
「LINE、やってるんですね・・・」
「ええ。やっていますよ。どうなさいましたか?」
重は、なんとなく察しはついていたが、本人がそれを口にするまでは笑顔で受け答えをする。
「こ、交換とか!しませんか」
女性客のその言葉は、本人が思っている以上に大きい声で発せられ、教室に2秒ほどの静寂が訪れたが、また、何事もなかったかのように時間が動き出した。
「申し訳ございません。この喫茶では、お嬢様、及びご主人様方との個人的なやりとりは行っておりません。ですので、LINE交換についてはすることはできません」
重は、女性客の勇気を振り絞った言葉に動じることなく、冷静に対応した。その姿に、きっと密かに惚れてしまった人達もいるだろう。
「では、ご注文の品をお持ちいたしますので、少々お待ちください」
重は、変わらず丁寧な態度で接客を終え、クラスメイトのいる方へ戻った。
「重〜!!お前があんなこと言うから可愛いお客さんとLINE交換できない雰囲気になっただろー!!でも、お前あれ優希のためだろ?な?やるじゃん?」
「重、やっぱり優希のこと気にしてた?」
戻るや否や、重はさっきの様子を見ていたクラスメイトに大量のだる絡みを受けた。
「別に。俺がしたくなかっただけ」
「嘘つけ〜」
「嘘じゃない」
「優希の悲しむ顔が見たくなかったんでしょ?」
図星だったようだ、重の動かなかった表情が少し解けた。
「それは・・・見たいわけがないだろ」
その言葉を聞いたクラスメイトから歓声が上がった。重は、メイド服姿の優希のことを思い出し、少し頬を赤らめていた。
だが、肝心の優希本人は、もうそこにはいない。
「今日ほんとにいい天気ね、お祭り日和って感じ」
「そうですねー。ところで先輩、なんでヨーヨー釣りがあるって嘘ついたんですか?」
重が歓声を浴びているのと同じ頃、優希とその後輩は玄関前のエリアに来ていた。
「まあ、咄嗟?」
「それほど焦ってたんですね、可愛い」
妬きもちやきの先輩を見て、そこに小動物的な可愛さを感じた後輩は、若干煽りのように可愛いと言い放った。
「いい?この世の中にはぜっったいに目に入れたくない瞬間ってものも存在するの」
その煽りが効いたのか、優希はまるで悪役のような口ぶりで、後輩に一言お灸を据えた
。
「ごめんなさいってば。それにしてもすごい学校ですよねー、ヨーヨー釣りは無かったけど、こんなにも屋台が外にも出てるなんて本の中だけだと思ってました」
「そうね、しかもほとんどが生徒運営なのが、この学校の自主性を感じるわ」
快晴の下で、メイド服と、普通の制服の異色コンビが学祭について話しながら歩いていた。
すると、数ある屋台の中の一つから、声が聞こえてきた。
「フランクフルト!どうすか!お姉さん方!」
陽気で清潔感のある男子が、客の呼び込みをしていた。そして、その屋台の前を通りかかった二人は無事呼び込みの餌食となった。
「お腹空いたし、ちょうどいいかもね」
「そうですね!先輩はマスタード付ける派ですか?」
そんな会話をしながら、二人は屋台に近付く。
手前まで来たところで、屋台の好青年は表情を変えた。
「メイドのお姉さん、とっても美人さんですね!俺、一目惚れしちゃったかも」
フランクフルトを焼いていた彼は、やられたなあという表情で微笑みながら頭を抑えて、優希の方を見ていた。
「は、はぁ、ありがとう、ございます?」
本日2回目のナンパに、優希は困惑するが、前回と違って強引なものではなかったので、悪い気はしなかった。
「良かったら、俺とLINE交換してくれませんか?」
さっきの教室での記憶が蘇る。
同じことを、優希も言われていた。だけど・・・
(いや!!!あいつLINEやってるって答えたし!あいつも交換したなら、いいよね、?これで五分五分。私のこと悲しませたんだから、文句は無いはずよね)
「いい、ですよ・・・」
すれ違いは、いつ起きるか分からない。
本人達が気づくまで、本当のことは分からない。
だから、すれ違うのだ。
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