ジャズの引出しについて ~ハンク・モブレーとジャッキー・マクリーンの引き出し~
この二人は良く一緒にレコーディングしているし、時期は違えどマイルスバンドやアート・ブレイキーのジャズメッセンジャーズといった同じバンドにも在籍していて、仲が良かったんだろうなあと思われる。音楽的にも兄弟のような感じだ。
そんな二人が仲良くフューチャリングされたのがトランぺッター、ドナルド・バードの「Byrd in Flight」である。
ドナルド・バード「Byrd in Flight」
全9曲中カルテット編成の1曲を除き、モブレーが6曲、マクリーンが2曲参加している。モブレーとマクリーンが一緒に演奏している曲はないが、アルバムとしては違和感なくまとまっている。マクリーンの2曲が浮いてしまっているようなことはない。全編通して素晴らしいアルバムだが、特にモブレーの「Lex」、マクリーンの「My Girl Shirl」の演奏は素晴らしく、完全にサックス達にリーダーのバードが食われている格好だ。ピアノのデューク・ピアソンも素晴らしい。ピアソンはトリオ物もとても良いので機会があったら紹介したい。「Byrd in Flight」はいまいち知名度が低いけれども、モブレーの「Soul Station」や「Workout」「Another Workout」、マクリーンの「Swing, Swang, Swingin'」に匹敵する超名盤なので未聴の方は是非試して頂きたい。
ジャッキー・マクリーン「Swing, Swang, Swingin'」
マクリーンは大変人気のあるアルト奏者なので、彼の名盤についても色んなところで語られていると思う。上記のほかにもブルーノートには「The Music From The Connection」等の素晴らしいアルバムがあるし、ビル・ハードマンとやっているクインテットも紹介したいのだけど、ここでは、ケニー・ドーハムの「Matador + Inta Somethin」を取り上げたいと思う。
ケニー・ドーハム「Matador + Inta Somethin」
タイトル通り2枚のライブアルバムをまとめたもので、前半はボビー・ティモンズ、後半は「Swing, Swang, Swingin'」と同じウォルター・ビショップ・ジュニアがピアノを担当している。中々良い面子である。ケニー・ドーハム・クインテット名義となっているが、実質はマクリーンとの双頭リーダーバンドのアルバムで、マクリーンのワンホーンの演奏もいくつか収録されている。マクリーンのクインテットだとドナルド・バードとのファンキーものが有名だが、こちらはバップ・セッション感が強いかな。
「It Could Happen to You」をドーハムがワンホーンでやっているんだけど、もうほんとに素晴らしい演奏である。難しいことは一切やらないんだけど、楽曲のポテンシャルをめいっぱい引き出すようなそんなソロだ。テーマを聴かなくてもソロをちょっと聴いただけですぐに「It Could Happen to You」と判る。簡単なように感じるが、このクオリティで出来る人はそう居ない。これもコピーした。ウォルター・ビショップJr.のソロも良い。マクリーンも得意の「Beautiful Love」とかで溌溂としたソロを取ってます。でも、このアルバムはやっぱりドーハムが素晴らしすぎるかな。
あと、チャップリンの名曲「Smile」でマクリーンがソロの途中でロストするという事故をやらかしていて、聴いてて面白いのでお薦めです。ドーハムが例によって素晴らしいテーマとソロを聴かせてくれるんだけど、その後のマクリーンのソロがヤバいことになっている。惚れ惚れする様な素晴らしいソロの入り方なんだけど、途中でどこを吹いているかわからなくなっちゃってソロを止めちゃうんだよね。「Smile」は曲の構成が独特とはいえ、マクリーンレベルでもこういうことあるんだなあ。しばらくの間、誰もソロを取らない状況でティモンズが淡々とバッキングを入れるのがシュールで笑える。ティモンズはこの後でこれまた素晴らしいソロを取っています。僕の知っている「Smile」の中ではベストテイク。マクリーンも最初の調子で最後まで吹ききれれば良かったのだが、その最初の感じがとても良いので、全体としてダメになっていない。事故が起きていることに気が付かないぐらいだ。おかげで没テイクにしてもらえなかったのだろう。残念。
マクリーンはこの後スティープルチェイスに何枚かライブアルバムを残しているんだけど、「Smile」をレパートリーにしてるのだ。なんか失敗しちゃった言い訳みたいで面白い。「あの時はついうっかり考え事してただけなんだよ。こんな曲簡単だっつうの!」って言ってるみたいです。
マクリーンでもう一つ推しておきたいのが、ジャズ・メッセンジャーズ時代のアルバム「A Midnight Session with the Jazz Messengers」に収録されている「Mirage」というバラードである。何ということはない特にお薦め点のないアルバムなのだが、この曲だけは妙に思い入れがあるので書かせてほしい。
アート・ブレイキー「A Midnight Session with the Jazz Messengers」
とにかく音色が素晴らしい。最初に聴いたときはアルトサックスの音色はこんなにも美しいものなのか!と思ったものである。マクリーンは音色で語られることが多いがこの音は別格である。1957年の演奏で、キャリア初期の録音に当たる。このころのマクリーンはアルバムのジャケットごとにいつも持っているサックスが異なっており、多分お金に困って質入れしては買い戻し、質流れしては買い直ししていたのだろう。パーカーがクスリ代に困ってマクリーンのサックスを勝手に質入れした話は有名だけど、マクリーンもお金に困ってたんだろうな。推測だが。頻繁に楽器を変えるため楽器ごとの癖にアジャストしきれていないのか、ピッチもやや緩い(ワザとマウスピースを深く挿していたという話もある)。そこが良い。この録音時の楽器が何かは分からないが高価なセルマーやキングのシルバーソニックとかではないだろう。ベルギー製のよく判らないサックスとかを使っていたぽい。マウスピースは金属製と思われる。オットー・リンクではないだろう。ベルグラーセンかもしれない。詳しい方、お知らせ下さい。煌びやかで明るいのだが切ない余韻のある不思議な音色なのである。「Mirage」もどうと言うことの無いバラードなのだが、この音色で吹かれるともう物凄い名曲にしか聞こえない。ルー・ドナルドソンが吹いても絶対こうはならないだろうなあ(ルーのバラードも素晴らしいです。ルーのバラードが「子供時代の秘密基地」なら、マクリーンのは「もう会えない昔好きだった人」みたいな感じ)。
今までお薦めしてきたものと異なり、どちらかと言えばマニア向けの一枚だが、この1曲の為に買っても良いと思わせるモノが有ります。とりあえずユーチューブで聴いてみてください。赤いジャケのやつです。
さて、モブレーである。
前述した作品(念の為書くと「Soul Station」「Workout」「Another Workout」の3枚)はもう完全に最強名盤で、聴いてない人は既に人生上相当な損失を被っているので、これ以上その異常な状況を長引かせない為に今すぐ何とかして入手すべきなのだけど、それに付け加えるとしたら何が良いだろう。
ハンク・モブレー「Soul Station」「Workout」「Another Workout」
サヴォイ時代やプレスティッジでの数々や、隠れ名盤「Philly Joe's Beat / Philly Joe & Elvin Jones Together!」のモブレーも良いけど、ここはドナルド・バードのリーダー作って事になっているけど、ほぼメッセンジャーズとメンバーが同じ「Byrd's Eye View」どうでしょう。
ドナルド・バード「Byrd's Eye View」
モブレーの曲が2曲も収録されてます。曲名も「ハンクの曲」「ハンクの別の曲」と超適当で良い。もうコレ、モブレーのアルバムって事で良いんじゃ無いでしょうか。「Hank's Other Tune」の方は後日「Late Show 」と言う曲名を貰ってメッセンジャーズで再演されてます。名曲です。ソロは初演の方が僕は好き。ホレス・シルバーも愉快。モブレーは相変わらず夢見る様なソロをとる。
あともう一枚はケニー・ドーハムとのクインテットで「Curtain Call」。
ハンク・モブレー「Curtain Call」
ピアノはソニー・クラーク。1957年の録音なんだけど1984年までお蔵入りになってたらしい。本当にこんなにすごいアルバムが何でお蔵になるのか意味が分からないけど、こういうこと時々あるんだよな。まあ、兎に角今聞けて良かった。モブレーもドーハムも次々と湧いてくるアイディアを端正にフレーズとして紡いでいく。陳腐な言い方だが本当に一音たりとも無駄な音がない感じである。全部良いけどベストトラックは「On the Bright Side」かな。4バースの入りもカッコいい。ドラムはアート・テイラーだ。「My Reverie」のドーハムのテーマも美しい。しかし、こういう曲だと本当にモブレーは夢見るようなソロを取るなあ。
モブレーはレスターやロリンズの影響下で自分のスタイルを構築した人で、パウエルやパーカーの様に以前/以後でジャズの歴史を変えた様な人では無い(ただし、貴方の人生を変える可能性は高いかも知れない気がします)。いわゆる「進化」するジャズとは無縁の人だ。しかし、その天使の様にソフトで優しい語り口に騙され勝ちだけど、モブレーは、ロリンズ、パーカー、パウエルに並ぶ最強ジャズマンの一人です。彼は天才ではない。そんなものではなくて、超天才です。調子の良し悪しは有るけど、このクオリティでアドリブが取れる人は他にいません。超天才です。暴れん坊のマイルスにdisられたり、サックスにディストーションをかけている(ウソ)コルトレーンにマウントを取られたりするから、「そういうの」が好きな人には軽く見られがちだが、モブレーは天使様なのだから仕方ない。モブレーもマイルスのスタイルはイマイチ苦手だったに違いなくて、マイルスさえいなければホント凄いんですから。マイルスバンドでもやる気を出した時の演奏は滅茶滅茶凄い。マイルスのブラックホークのライブ盤を聴くと、やる気無い時のグダグダ振りと気を取り直した時の演奏の落差が面白い。「Bye Bye Blackbird」とかホントにひどいよ。マイルスがソロを取り終わるとバンドの演奏のボルテージがダダ下がりになったりするのだ。皆「ツマンネ~」って思いながら演奏してたんだろうな。
ブラックホークのライブの後しばらくしてマイルスはバンドメンバーを全員入れ替えてしまうのだが、多分マイルスがバンドをクビになったって方が実情に合ってる気がするのである。マイルスの自叙伝を読んでも「This was about the time I started playing real short solos and then leaving bandstand.」とか言ってて、マイルスのステージ上での居たたまれない様子が伝わってきて味わい深い。「Playing with Hank just wasn't fun for me.」自分以外のバンドメンバーは皆モブレーの事が大好きなんだから仕方ないよねえ。
僕のモブレーとマクリーンの引き出しに入っているのは、ブルー・ミッチェルの「Blue's Moods」だ。
ブルー・ミッチェル「Blue's Moods」
僕的にはブルー・ミッチェルはトランペットのマクリーンみたいな位置づけなんだけど、フロリダ出身だからかもう少しカラッとしたドライな印象である。それでいて哀愁のあるソロを取る。明るいんだけど余韻がある感じだ。ソロはもう素晴らしい。歌心あふれるカッコいいソロを取る。以前に「Stablemates」という曲のソロをマイルスやリー・モーガン、ドナルド・バードのバージョンと聴き比べたことがあったけど、こういう独特なコード進行の曲でも歌心あるソロを取るんだよな(リー・モーガンも凄かったけど)。誰とやってもいい感じなので、ブルー・ミッチェルが入っているってだけで買っても損はしない気がしてしまう。
「Blue's Moods」はピアノがウィントン・ケリーのワンホーンアルバムで、もうこれだけで名盤決定である。1曲目「I'll Close My Eyes」は名演中の名演で、この曲の決定版と言って良い。これもコピーした。ケリーのイントロがイカス。セッションでこのイントロを弾かれたらもうテンション上がりまくりですよ。もちろんソロも素晴らしい。ブルー・ミッチェルのソロはこれまた難しいことを一切しないんだけど、良く歌う、一緒に口ずさみたくなるソロだ。「Scrapple from the Apple」の様な高速バップナンバーもパリパリ痛快に吹き倒して、それでいてなんか哀愁がある。こういうのがJazzなんだよ、と思う。ドラムのロイ・ブルックスがソロの合間に8小節のでブレイクを入れるアレンジも息がピッタリで気持ちが良い。ベースのサム・ジョーンズもブンブンいわせています。完璧なメンツだなあ。他にも愉快でファンキーなブルース「Sir John」等々、全曲素晴らしい。
もう一つはティナ・ブルックスの「Minor Move」だ。
ティナ・ブルックス「Minor Move」
コレは黒猫盤の方。このアルバムも1958年に彼のファースト・アルバムとして録音されたのに1980年までお蔵入りになっている。最高の内容なのに本当に謎である。
ティナ・ブルックスはマクリーンやブルー・ミッチェルとも共演しているが、このアルバムでトランペットを吹いているのはリー・モーガンだ。1曲目はコレも愉快なブルース「Nutville」。テーマラストの4小節でティナの吹くキメフレーズがメチャメチャカッコいい。こう言う跳ねたブルース好きなんだよな。演るのは難しいけど。「The Way You Look Tonight」はロリンズ、マクリーン、ブラウニー、スティット、ブルー・ミッチェル、皆一度は取り上げてるノリノリのスタンダードナンバーなんだけど、ここではモーガンがとても嬉しそうにソロを取っている。トランペットを吹くのが楽しくて仕方がない風だ。少し(少しだけど)陰のあるブルー・ミッチェルとは違う。こう言うひたすら明るい感じも良い。ティナがテナーサックスには珍しい泣きの要素がある音色なので丁度良い。ピアノはソニー・クラークだ。相変わらず良い。最後のバラード「Everything Happens to Me」ではティナがピアノからソロを引き継ぐと情感たっぷりに1コーラスのソロをとる。高音のロングトーンをこんな風に泣かせるテナーは中々無い。マクリーンみたいだ。ウェットなんだけど楽しい感じは失わない。リズムはあくまで跳ねている。ここまで跳ねたリズム感のバッパーもそうはいない。セッションに行くと時々不自然にイーブンなリズムでサックスを吹いている人がいるけど、デクスターの真似かも知れないがカッコ良い人はあんまりいない。一回だけ成蹊大学でマクリーンみたいな鳥肌が立つ様なサックスを吹く人に会った事があるけどその人ぐらいだ。ティナを聴くと跳ねたリズムも悪く無いと思うのだった。スイングのさせ方って人それぞれなんだよな。
そう言えば、ティナはマクリーンがミュージカル「The Connection」に出演していた時に時々マクリーンの代役をしていたらしい。このミュージカルの曲で作ったマクリーンのアルバムが「The Music From The Connection」なんだけど、ティナのバージョンも発売されてる。コレもいつか聴いてみたい。
ジャッキー・マクリーン「The Music From The Connection」