水星の魔女の落し前

水星の魔女 の終わり方ナニあれ?
色々あるけどプロスペラ サイコ母だけに絞って言わせてもらおう。

サイコ母ちゃん 頭もやられて今までのこと忘れたん? 足も動かないけどノーミソもやられ初めておとなしくなった?

エリーが人形に転移できたからバンザイ いいの? そんなにエリーエリーなら車椅子の側にエリーくっつけとけば? スレッタのそばにいる場合じゃないぞ。

人形に人格が移植されたみたいなエリーってその背後に草薙素子みたいに広大なネットの海 なんちゃだてがあるとか?あんな人形なのに?
ダラダラ全編で黒母ちゃんキャラを引きずったんだから視聴者に補足妄想させないで説明してちょ。ハガレンの方が説明部分があるのでなんぼか納得できる。

ソレからココいいたいのだけど スレッタのこと 実はちゃんと愛してましたって 場面あったっけ?

そもそもそんなスレッタは自分がコピーで、母ちゃんはエリーしか愛してないってわかってるのになんでそんなかあちゃんのこと愛してるの?そして何か違うと思うだろう。
不憫すぎる。あの歳じゃ、そういうサイコ家族から決別することができないのか。母親を愛してしまうのはしょうがない。
母の愛を求めるのはしょうがない。人間はそれを求めるものだから。
だがそういう親は毒。毒を吸いながら育ったら毒を取り込んでいるはず。

エリーが組み込まれているガンダムとの関係もあるし つくづく毒の中で息をするしかない環境だった。いや、分かってないならいいよ。わかっていてこの事態を引き起こす、自分をコマとして扱う母親をなぜ愛してもいいが同時に憎まない。事実を見ない。

家族はスパリと切れず複雑に絡み合い、突き崩せないゴムの壁だし確かに難しい。
親に認められる無条件で愛されるということは、人間の自己の確立の中でとても大切な背骨になる。

自分に自信のなかったスレッタが母親の言うことだけを信じてマインドコントロールされてたけどそこまでハマるのは ひとえに母親に愛されたいからだよ。表向きの肯定があってもコピーであり続けて精神は何故保たれた?描き方浅すぎ。

そこで、ゴムの壁の中の毒を吸って生きてきた人格が 自分の価値や力を愛を友や、新しい世界の中で知り打ち立てるってのが救いだよ。

あとキモいヘルメットデザイン。私は悪でも美しいものが見たい。

エリーだけが、転移すればよかったのに。かわいそうなお母さん。今は執着から解放されて幸せかも。
でも生きててほしかった。号泣?

母親は、スレッタの命とエリーも失いそうになって スレッタのことも愛していたのに、今まで復讐に目が眩んで気が付かなかった!と絶望を味わいながら死んでゆく ってのが相応しくない?
アニメだからそこまで闇は無理なのか。ソレにしちゃ黒サイコ強調引きずり過ぎ。
絶望の中でスレッタへの愛も感じて一度死亡。とかとにかくそれまでの自分の罪 自分の否定を成す。そこまで行って帰ってきた母親ならスレッタもも愛を感じることができるであろう。

ほんとこの落とし前どうつけてくれるん?
と思いましたわ=3    

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