指先10本からホトバシラセタイ
ブラインドタッチで思うさま情報出力
脳みそから指先10本にしゅバーっとな。思考的なものを出力したい(両手合わせて)
思うさま 自由自在にキーボードを叩きたい。
20世紀後半 1980年代 あああ、歴史じゃん 生きてました使えないワコウドとして。
日本で仕事を始めた頃は大量の入力仕事がありスピードのためにワープロでカナ入力をしていた。
そして個人用のワープロ。燦然と輝くあの頃のマシン。デバイス登場。
プライベートでも自分のワープロを買って大量のコトノハを脳から指先に放出していた。
指先から文章を放出。魔法じゃね?
とは思わなかったけど快感。指で書くのの何倍ものスピードでどんどん形のない思考が二次元化されてゆく。
この脳みそから指先の動きを通して頭の中身を目に見えるものにするという作業は何かに似ている。
織物や編み物。
言葉を綴る。文字を綴る。思考の糸を平面に書き出す。
キーポードの快感というのは入力時に必ず単語文章を音韻単位に切り分けなければいけないところだと思う。
切り分けられた一つの音が音節になって単語になって文章になってゆく。
当たり前だけど 一つの音韻まで切り分けられるから10本の指先から出てゆくことができる。
漫然とした思考(つぶやき)を一度細かくしてからと文章にする。
ボワボワの毛を紡いで糸にして布にするような。織り機や横糸を入れた杼(ひ)の代わりに指先10本とキーボード。
キーを打つというちょっとした作業が入るのは脳は喜ぶと思う。物を覚えるのに字を書く、本を読むのにページをめくる そういう作業が間に入る間に脳が働く余裕があるからいろんなものが醸成されたり定着してする時間ができるから。とかなんとかいう感じのことを近年どこかで読んだ気がする。
そのためには良いキーポード。ツールが大切。滑らかに自分の足で歩くようにフォークとナイフを使うように使いたい。
折しも歴史的な円安。送料値上がりしたとはいえ、うっかりしたら転送と送料カバーできるのではないか。
指先からブシャーっと放出したい。
ずーっとずーと最後のワープロを手放して以来使っていない日本語仕様のキーボードに回帰したい。また使ってみたい。