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ライオンズゲートの出会い


 その日、瀬川晴美は神戸市のマリーアントワネット美術展に来ていた。少し休憩しようと館内のカフェに立ち寄った。真夏にコーヒーをブラックで飲んでいると、就職活動していた大学時代を思い出すのだった。
 あれは12年前の8月だった。21歳の大学3回生だった私は、月世界というオンラインゲームで知り合った同い年の男性と急速に親しくなり、ゲーム内の制度で結婚式を挙げた。
 お互い間もなく就職活動を迎えるということで、結婚式を最後にゲームを引退し、引退後もSkypeで話をしていた。
 彼の名前は、瀧本毅。今でも、Skypeのチャットに彼が自己紹介した時の鮮烈な印象は覚えている。この名前は見覚えがある、とても懐かしい感じがすると思ったのだった。
「毅さん、どこかで会えませんか?」
「会えないこともないよ」

 毅さんとは遊園地のプールや花火大会、ラウンドワンやカラオケなどいろんなところに遊びに行った。とても刺激的な夏休みだった。
 彼の異国情緒を感じさせる風情の外観と、私を受け入れるようなそうでないような曖昧な態度に私は魅了されていた。
 彼の車で琵琶湖の花火大会を観に行った時の、車内での会話をよく覚えている。
「俺は最近、Facebookを始めたんだ。偽名でやってるけど」
「その名前は聞いても大丈夫?」
「いや、訳あってリアルの知り合いとしか繋がらない」
 車窓から見える色とりどりの花火をバックに、毅さんのシルエットはとてもファンタジックだった。

 大学の夏休みは9月末まであったため、たっぷりと充実した夏を味わった。しかし、夏休みの終わりのことだった。
 彼がSkypeに応答しなくなったのだった。LINEはお互い、まだ使っていなかった。
 その秋から就職活動が始まって忙しくなり、彼との連絡は途絶えたままになった。
 大学4回生の春、私は第一志望の京都新聞社デザイン室に内定をもらい、就職活動は終了となった。
 私は就活終了と同時にFacebookを始め、「20代のお悩み相談室」というグループを立ち上げた。もしかすると毅さんが気づいてくれるかもしれないと思った。私のFacebook名はもちろん本名で始めた。
 30歳を迎えた時、グループ名は「30代のお悩み相談室」に変更した。私には幼い頃から霊感があるため、人の人生や道筋が視えたりするのだ。しかし、毅さんの行方だけは分からなかった。

 毅さんとの出会いによって、私は西洋占星術に興味を持ち始めたのだった。私は4月27日生まれの牡牛座、彼は2月1日生まれの水瓶座だ。
 私は金星が双子座に、彼は火星が双子座にあるため、私たちは同じような空気感のもとで恋をすること、そして今まさに双子座を木星が運行していることを知ったのだ。
 私には霊感があり直観も優れているため、西洋占星術の難解な概念を自分の中に取り入れることも容易いことだった。
 さらに、毎年7月末から8月中旬まで、ライオンズゲートというスピリチュアルな扉が開いていることを知ったのだ。
 この期間中、運命の人ツインレイとの出会いがあったりするようだ。
 8月のライオンズゲートの他に、2月のエンジェルズゲート、5月のブルズゲート、11月のイーグルズゲートの計4つの扉があり、不動宮の15度に太陽が来た時に最大に開かれるものらしい。

 コーヒーを飲み終えた私は、鞄を持って立ち上がり、会計を済ませてからお土産を買いに出口の方へ向かった。
 あれから12年経ち、木星はまた双子座へ巡り、今も運行中なのだ。
 木星が来たら12年前のことを思い出すと、それとよく似たことが起こると聞いたことがある。毅さんに出会った頃の私はまだ何も手にしていなかった、だからこそ可能性に溢れていた。
 土産物屋でクリアファイル1枚とポストカードを2枚買い、美術展を後にした。
 2枚のポストカードは太陽の絵柄と月の絵柄のもので、今日ここに来て毅さんと過ごした夏を思い出した記念に2枚買ったのだ。

 帰宅して、何気なくFacebookのブロックリストを整理しようと覗いてみた。その中に河野孝と境智博の名前があった。この人たちは誰?と思って私は半年前のことを思い出した。
 今年の1月末にエンジェルズゲートが開いた時に、少人数のグループ「30代のお悩み相談室」に入ってくれたメンバー2人を、京都に招いて詩などを持ち寄ったのだった。
「もういいかしら」
 部屋で一人呟いて、彼らを大海原へ放すつもりでブロックを解除した。
 半年前と言えば、木星が天王星と共に牡牛座に滞在していた。私は太陽が牡牛座なので、木星が来て私は成長するタイミングだったのか。
 今年もまた、ライオンズゲートがそろそろ開いたのか。とはいえ去年の夏は何もなかったし、毎年恩恵を得られるわけではないのだろう。しかし今年は木星が双子座に来ている。私は胸が高鳴るのを感じた。

 人生の転機が起こったり、重要な出会いをする前には、私は象徴的な夢を見るのだ。毅さんと月世界で出会う前の6月くらいには、海辺で結婚式を挙げる夢を見たのだった。相手の顔までは分からない。それが本当に月世界で出会った相手と結婚することになるのだから、不思議である。
 最近夢は見ていない。去年は、毎日が予知夢のような状態で苦しかったのだが、私の太陽星座を木星が運行していたのだから仕方ないことだろう。
 夕食のハンバーグと白ご飯とスープを食べ終え、今日買ったポストカードに書く詩を考えた。
過去も未来も 任せてほしい
あなたと出会った 扉は開かれた
 今夜は満月だ。こんな日は昔のことが思い出されてしまう。これまで何人かの人と付き合ったけれど、結婚には至らなかった。
 瀬川晴美は、立ち上がってカーテンを閉めた。

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