結婚相談所に行ってみた その9
「ちょっとアルファベットが増えているから、おさらいだけどさぁ」とZ君が言った。
Z君と僕が最後に話してから一週間が経っていた。その間に起きたことを僕が話そうとしたが、その前にZ君は事前情報を確かにしたいらしい。
「先週の情報によると、今回は新しくE子さんとF子さんに会う、と。その前にB子さんと会って、そのB子さんは、W男のコートを持っているんだよな」
「そう! その通り」
「B子さんはこれまで好印象で、運動をすんげーしていくら歩いても疲れない、と」
「すごいな、B子さん情報をそこまで」
「これから会うことがあるかもしれないだろ。ちゃんと頭に入れておかないと」
「気がはや過ぎだろ」
予定通り、金曜日の仕事が終わってから、僕はB子さんと駅で待ち合わせをした。
B子さんがKPOP好き、という話をしていたのもあり、なんとなく見えた小さい韓国製品直売店で待っていた。
すると、約束の時間である18時ギリギリで、B子さんが急いでやってきた。
大きな紙袋を持っていて、息も少し荒かった。
その紙袋の中身はそう、僕のコートである。
「これ、ありがとうございました」と差し出してくれた。
「いえいえ、こんな丁寧に。あ、もうもらっちゃいますよ」
「ありがとうございます」
紙袋を覗き込むと、確かに自分のコートが入っていた。
駅の照明が明るいからか、コートに付いているホコリが目についた。
「やっべ、こんなにホコリが付いてたんだ」
「あー、コロコロで取ろうと思ったんですが」
一瞬、B子さんの部屋がホコリっぽいために、コートにホコリがたくさん付いたのでは、と疑ったが、おそらく違う、とその疑惑を頭から消し去るように努めた。
「あ、もしかして、デートの時から気付いてましたか?」
「・・・まあ」
デートに着て行ったコートにこんなにホコリが付いていたとは、コロコロをすれば良かった、と僕は急に後悔の念が出てきた。
コートを貸してせっかく良いところを見せられたのに、評価が下がることをしてしまった。
「財布も、そのままポケットに入っています」とB子さんが指を差して言った、
「ああ、どうも」
「それと、お礼のチョコレートも入っています」
「おお、ありがとうございます!」
すごいな、プラスアルファを持ってくるのか、と嬉しくなった。
僕たちはイギリスの居酒屋パブに行った。いつか誰かとのデートで行きたいと思っていた場所だ。
B子さんはかなり汗をかいていた。
「私、暑がりなんですよね」と言いながら上着を脱ぐと、髪を一つにまとめて腕をまくった。
そこから見えた腕は、上腕二頭筋の在処がよく分かる、逞しい腕だった。
さすがバスケットボール選手、腕をよく上げるだけある。
ビールを数杯飲み、食事もたくさん頼んだ。店員さんとおすすめのメニューなどの会話をしたりをした。
開放感のある金曜日の夜、僕は素敵な女性と素敵な時間を過ごしていた。
たくさん飲み食いして、たくさん笑っていた。
僕は純粋に、この楽しさを、この開放感を味わっていたかった。
「カラオケに行きませんか?」
細かい話の流れは忘れたが、ビールも食事も一通り済んでから、僕はそう切り出した
そう切り出して全く問題のない文脈と関係性だと、自信があった。
「え? 良いですよ」
B子さんは少し驚いていたが、了承してくれた。
近くにあるカラオケチェーン店に行くと、まだ時間が早かったからか、すんなり入ることができた。
それなりに広い部屋で、フカフカしたソファだった。
そして気付いた。ここは密室である、と。
急に緊張してきてしまった。
B子さんはそんなことお構いなしで、「え〜久しぶりだ。何を歌おう。あ、このストロベリーパフェ、美味しそう」と食事のメニューを見ていた。
僕は酔いに任せて、自分の好きな昭和の歌謡曲を中心に声を大きく出して歌い、B子さんは最近の曲を中心に歌って、その合間に、大きなストロベリーパフェを二人で食べていた。
8時を過ぎていたので、僕は2口ほど食べてやめた。
1時間半ほど経ってからカラオケ店を出た。それなりに夜は深くなり、二人で駅に向かった。
酔っている頭を働かせながら、次の予定をどうしようか、考えていた。
もちろん、ここでお別れして、メッセージのやり取りで予定を決めても良いが、A子さんの時に見たように、メッセージのやり取りが億劫で苦手な僕は、別れる前に次の予定を決めたかった。
次の週末、僕は実家に帰って、ハーフマラソンを走る予定がある。
だから、いつものように週末に会うことができない。
じゃあ、二週間後に会うのか?
それは、間が空きすぎる。
それとも・・・。
「あの、来週末の次の火曜日、春分の日に会いませんか?」
それなら、今日が金曜日なので、中10日で会える。
「あ、私の会社、祝日は出勤日なんで」
「ああ、そうだった・・・じゃあ二週間後か・・・遠いなぁ」
僕は、つい心の声が漏れてしまっていた。
中14日以上は、きついな。
「あはは」とB子さんは笑ってくれた。会いたがることに、悪い印象は与えていないようだった。
あ、じゃあ、と僕は名案を思いついた。
「来週の水曜日とか、軽く散歩でもどうですか? 今日みたいに、仕事終わりで、でも、そんなに遅くならない時間に」
それなら、中4日だ。
「良いですよ」
「よし!」
再び、心の声が出てしまった。
「心の声出過ぎだろ」とZ君はツッコミを入れた。
「しょうがない、酔っているから」
「怖いな、なんか、酔いを理由になんでもしちゃいそうで」
「なんだろうな・・・なんか、B子さんにはなんでも言えるような、そんな心の広さがあるわ。なんか、好きアピールができそうな感じが」
「B子さんラブだねぇ。B子さん、良いことしか聞いてないもんね。めっちゃ美人に見えるよ」
「はは、俺の話から想像するとそうなるか」
「俺の中では、勝手に北川景子。キリッとしている感じの美人」
「いや、まあ北川景子は俺のタイプじゃないんだけど」
「違うんかい」
そんな夜が明けた土曜日、無事に二日酔いもなく起きた僕は、E子さんに会いに行った。
たまたま、C子さんと会った時と同じ場所で会うことになった。
だが、C子さんと違い、待ち合わせ場所に中々E子さんらしき人がいない。
僕がしばらく周りを見渡し、歩き回ると、プロフィールで見たような印象の女性が、僕と同じように周りを見渡していた。
少し待ち合わせ場所からズレているが、見た目がイメージ通りだ。
マスクをしているからそこまで確信は持てないものの、話しかけみた。
「こんにちは。E子さんですか?」
「ああ、W男さんですか?」
B子さんと過ごした楽しい夜から切り替えられていなかったものの、さすがに再び名前を間違えることはなかった。
こんにちは、はじめまして、と挨拶を交わした。
その時、にこやかにハッキリと声を出したE子さんは、第一印象が良かった。
すごく感じの良い店員さん、という具合だ。
背は160センチでそこまで高くないものの、姿勢が良くて、きっと仕事でも頼もしい存在なのだろうと、勝手に想像した。
プロフィールの紹介文には、「何をするかより、誰とするかの方が大事だと思っています」とあった。
良い人に違いないと、心が綺麗な人なのだとは思っていたけど、それを超えてくる好印象だった。
歩き始めて、適当に天気の話をしながら、これからどうするかを考え始めた。
AからD子さん、どれも、最初はお店に入って話をする、という形だった。
今回、E子さんとの待ち合わせに向かう道中、車窓の景色を見ながら、今回もそれではつまらないな、と思っていた。
今日は天気が良くて、青空が広がっている。
そんな時にしたいこととは。
「あの、河川敷まで行って、座ってお話ししませんか?」
プロフィールには、探検が好き、と書いてあったのも頭にあった。
「本来は、カフェに行ったりするべきだと思うんですが、今日は天気が良いので」
「良いですね! すごく良いと思います。でも、近くにあるんですか?」
「そうですね、割と近いですよ」
「え、すごく意外」
「あれ、E子さんの住んでいる方向的に、この駅に着く前に、川を渡りませんでしたか?」
「あ、そうだったかも」
「たまにはですね、スマホから目を離して、景色を楽しまなきゃダメですよ」
E子さんは吹き出し、「そうですね」と笑顔で言ってくれた。
そういう茶化しも笑ってくれそうだったので、早速冗談を入れさせてもらった。
僕たちは、河川敷に入れる場所まで歩いて行った。
これが、割と長かった。
E子さんは明るく、興味もいろいろ持ってくれるし、冗談も笑ってくれるので、話が尽きることはなさそうだった。
だが、道のりが長い。
以前、この辺りを走った時、「駅から河川敷まで近いな」と感じていたが、走りではなく歩きだと長いな、と思った。
「外の景色を見るだけではなく、スマホで距離を測っておけば良かったです」とE子さんに言ったら、再び笑ってくれた。
ここで、視線を落とし、E子さんの靴を確認した。
歩きやすい靴をしているかな、と。
すると、どうやら3センチほどのヒールの付いたおしゃれ靴のようだった。
ああ、まずい。
外の景色を見るだけではなく、足元も見るべきだった。
「あの、すいません、今日ヒールでしたね。大丈夫ですか? やっぱり、近くのカフェに」
「ああ、全然! 大丈夫ですよ。ぜひ、川に行きたいです」
本当に大丈夫そうな言い方をしたので、ああ、よかった、と歩き続けることにした。
それから無事に河川敷に着いた。
電車が通る線路の近くで、少しうるさかったが、人も少なくて景色も良く、気持ちよかった。
「え、ここ、良いですね〜」と言ってくれた。
そこで座りながら、E子さんの地元である徳島の話で盛り上がり、僕が知っている徳島ネタを披露した。
電気で走る鉄道が県に無いので、全てを汽車と呼ぶ。
大塚製薬を始めとする大塚グループが発祥した場所。
なぜ知っているというと、Jリーグ、徳島ヴォルティスのホームがポカリスエットスタジアムだから。
母の友人が徳島に住んでいて、柑橘のすだちを送ってくれる。
それがきっかけで、父が何にでもすだちをかける、異常なすだち好きになった。
などなど。
それらを話してから、騒がしい電車の線路から離れようと、一つ隣のエリアまで移動してみた。
ただ、そこに行くまでにちゃんとした階段が無く、川岸にありがちなジグザクのコンクリートしか無かった。なので、僕が下に降り、E子さんの柔らかくて暖かい手を取って、ヒールの靴でも安全に降りられるようにした。
初対面の時から手を触れてしまい、少し申し訳なかった。
そこで、E子さんの足が目に入った。
なんと、足のかかとがうっすらと赤くなっていて、靴擦れを起こしているようだった。
ああ、まずい。
初対面の時から痛い思いをさせしまい、かなり申し訳なかった。