結婚相談所に行ってみた その7
今まで会ってきた3人とも、プロフィール写真と全然違う、ということはなかった。
写真D子さんは、まず笑顔がすごくよかった。一方、実物D子さんを見ると同じ笑顔を浮かべそうな感じはない。
もしかしたら緊張しているのかもしれない。もしかしたら、化粧に慣れていなくて違和感があるのかもしれない。あるいは、カメラマンとメイクの方の技量がすごかったのかもしれない。
次に、顔のお肌が違う。写真では、透明というか真っ白というか、100点満点だった。ただ、実際は、頬から寝不足なのが伝わってきた。他の人の肌を、特に女性のをどうこう言いたくないが、写真があまりにも完璧だったため、完璧ではないところに気付いてしまった。
ただ、その完璧な写真は、本人が意図したものじゃないことはなんとなく察した。不必要に加工して、いわゆる「いいね」をもらおうとするような性格ではなさそうだった。
きっと、写真スタジオが自分たちの判断でしたことなのだろう。
正直、この時点で「ありがとうございました」と言って別れたかったところだったが、さすがにそうもいかないので、事前に調べていたカフェへと二人で向かった。
「ひどいな」とZ君が言った。
「ひどいのはどっちだよ」と僕は反論した。「スタジオが頑張りすぎたせいで、写真詐欺に遭ったんだよ」
「会った瞬間『ありがとうございました』はやべえだろ」
「もちろん、実際にそうはしなかったって。ちゃんとカフェ行って、お笑いの話をしまくって、それなりに盛り上がったよ」
「お笑いね」
「あ、俺たちの同級生で吉本興業に入った芸人いるじゃん。あいつまだまだ無名なのにさ、D子さん知ってたんだよ。びっくりしてさ、中学の文化祭でそいつとコントをした話とか自慢気に披露して、喜んでくれたよ」
「って言ってもあれでしょ。そうやって盛り上がった後にさ、家に帰ってさ、無表情でウェブサイトにログインしてさ、無表情で『NO』っていうボタンクリックしたんでしょ」
「無表情ってなんだよ。まあ・・・そんな感じだけど」
「そんな感じなんじゃん。こえーわ。理由はなんて書いたんだ?」
「『話が盛り上がりましたが、もう一度会う魅力を感じませんでした』」
「あ、写真とか見た目のことは正直に書かなかったんだ」
「まあ、書こうかとも思ったけどさ・・・」
「なんだよ」
「見た目でやめた、って書くと、自分の株が下がる気がして」
「笑うわ。そっちの評判気にしているんだ」
「『なんだよ、こいつ結局見た目かよ』って思われたらさ、担当者さんが応援したくなくなっちゃうじゃん」
「多少はそういうのあるかもな」
「あ、でも、『寝不足そうでした』とは書いたわ」
正直、D子さんの理由にそこまで時間は割けなかった。
B子さんとのデートが、2時間後に控えていたからだ。
行きつけの中華料理屋でランチを済ませ、軽く昼寝をしようとし、結局緊張で寝られず、支度をし、走って駅に向かって電車に乗った。
事前に合わせていた予定はこうだった。
14時に駅で待ち合わせ。歩いて新聞博物館へ。次に展望台へ。それからアンティークショップへ行き、17時ごろには解散。
ただ、目的地等はその場の気分で適当に。
これに対し、B子さんは「素晴らしい提案、ありがとうございます!」と好印象だった。
「ちょっと待て、新聞博物館?」と、Z君は「聞き間違えじゃないよな?」と言わんばかりに確認してきた。
「そうだよ。新聞博物館」
「前はスターバックスでコーヒーだろ。その次が、新聞博物館? 他になかったのかよ」
「まあまず、B子さんとは一緒に歩きたかったんだよね。背が高くて、顔が近くにある感覚をもっと長く味わいたくて。そんで、美術館とかかな・・・あ、新聞博物館に行きたかったんだ、って思い出して」
「デートってさ、もっと楽しいところ行くもんじゃない?」
「いや、そんなに楽しくないところに行って、どういう態度をするかな、っていうか、盛り上がれるか、試したくて」
「めっちゃ相手を試してんじゃねえか。発想がすごいな」
「相手っていうか、二人でどうなるかを試しているのよ。それと、C子さんと会ってな、なんか思ったのよ。あんまり良くない状況というか、二人でうまくいっていない状況っていつか必ず来るわけじゃん。なかなかカフェが見つからない的な。その時に、相手がどういう態度でいるのか、不貞腐れるのか、ポジティブでいられるのか、サポートしてくれるのか、それを早めに知っておきたい、って思いたくなっちゃった。スターバックスでの第一印象があまりにも良かったから、なんか逆に気になっちゃって」
ただ、新聞博物館でそのような状況はやってこなかった。
ちょうど、特別展示で前年の一面記事をずらーっと並べており、それを一つ一つ見て、この時何してた、とか、これについてどう思った、などと昨年話していた。お互いスポーツを見るのが好きなので、特にスポーツ記事について話が盛り上がった。
僕は政治ネタや国際ネタも好きなので、それについて僕が語っても、B子さんはよく聞いてくれた。
これはお互いのことを知るのにとても良い場所だと、新聞博物館を選んだ自分を褒めたくなった。
そんなことをしてたら、特別展示だけで1時間半も経っていた。
1時間半も立ちっぱなし! 自分でも信じられなかった。さすがの僕も足が疲れてきた。
きっとB子さんも疲れていると思ったので、常設展示には行かずに、「外のカフェで座りますか?」と提案してみた。
「え、常設展示に行かなくていいんですか?」と元気そうに聞き返してきた。
僕は「えっ、カフェに行かなくて良いんですか?」「座りたくないんですか?」とさらに聞き返したくなった。
「あれだっけ、B子さんはスポーツとかしてたんだっけ」とZ君は聞いてきた。
何人も女性が出てきているので、覚えきれてないのも無理はない。
「そう。今も頻繁にバスケやってるみたい」
「おそらく全っ然興味もないであろう新聞博物館なのに、すごいね、休みもなく」
「俺ん中でな、『間接的に知る』ってのはこういうことなのよ。『あなたはどういう人ですか?』みたいな抽象的なことを質問するよりも、こういう具体例を経験することの方が相手のことを知れるし、ついでに思い出になるしな、もしうまく行ったら」
「最初のデートが新聞博物館でした、なんてクセが強いのよ、思い出にしては」
僕らは常設展示も一通り楽しんだ。
飲み物を持ち込めず、入り口でペットボトルを没収されたので喉がカラカラになっていた僕は、大して掲示物を読まずに急ぎ目で周った。
それに対してB子さんは「常設展示はずい分駆け足なんですね」と余裕そうに笑ってくれた。
「とにかく早く出て水を飲みたい僕」と「せっかくだから全部見てみたいB子さん」どちらを優先するか少し悩んだ結果が、「駆け足で周る」だった。
そうして、ようやく博物館を出た。すぐ目の前にカフェがあったが、混んでいてすぐに座れなさそうだったので、近くの公園で自動販売機の水を飲もう、と乾いた頭を働かせた。
「なんで新聞博物館に行こうと思ったんですか?」
歩き始めてすぐ、至極真っ当なことをB子さんは聞いてきた。
具体的には、「常設展示はすっ飛ばしても良い程度の中途半端な興味を、このマイナーな博物館にどうして持ったんですか?」ということだろう。
「前から父が薦めてたんですよね。面白いから一回は行ってみろ、って。父は全国紙と経済新聞二つを購読しているほどで。夜帰ってきたら、新聞とテレビを眺めるんですよ」
あ、そういえば父と言ったら、と、僕はスマートフォンを取り出し、最近帰省した時に見つけた、昔の新聞記事の写真を画面に出した。
「ちなみに、たまたま父と母の昔の写真を最近見つけたんですよね。地元紙に載った時ので。近くの新幹線駅が開業した時の、初めての乗客だったらしく」
若い母の顔と髪型が山口百恵に似ていて好きなのだ、と言おうとしたが、さすがに言わないことにした。
B子さんは僕のスマートフォンを興味深そうに覗き込んだ。
もしかしたら「え、こんな初デートで親の写真を見せる?」とでも思われたかもしれない。ただ、そんなことが吹っ飛ぶほどのことを、B子さんはこの記事に見つけた。
「え、W男さんのお母さんって、和枝さんっていうんですか?」
「あ、はい」
「うちの母も同じ名前なんですよ」
「えええ!」
「すごい偶然!」
父の名前は今も昔もよくあるメジャーなものだったが、母の和枝は他に見たことも聞いたこともなかった。それが、まさかこんなところで遭遇するとは。
しかも、生年月日がわずか21日しか変わらないことも判明した。お互い、衝撃で会話が少し止まった。
同級生で同じ月生まれ、そして同じ下の名前。
そこから、他に家族の偶然の一致がないか色々と探して盛り上がった。
話が途切れないまま公園に着き、自販機で一本ずつ飲み物を買って、空いていたベンチに座った。
僕は天然水で、B子さんはレモン風味のついた炭酸水だった。
乾いていた喉に水を流し込んだ僕は、すぐに元気になった。お手洗いにも行ったらさらにホッとした。
ベンチに座って早々、ペットボトルを飲み干してしまった僕が再び立ち上がり、「すいません、もう一本買ってきます」と言うと、もう飲んだんですか、とB子さんは驚いた表情をした。それが可愛らしかった。
それから少しして立ち上がり、B子さんが「あっちに行ってみたいです」と言ってくれたので、そちらの方面に向かった。
展望台のことやアンティークショップのことは忘れていたようだったが、別に絶対行きたい訳ではなかった。また、B子さんが予定をこちら任せではなく、行きたいところを言ってくれるのがありがたかった。
それからも話は弾み、もう時間は16時半に近くなっていた。
予定通り17時解散ならば、もう30分しかない。
楽しく散策を続けていたものの、会話を続けながら、これからどうするべきか少し焦ってきた。
駅はそこそこ離れているので、そろそろ駅に向かわなければ間に合わない。
ここで、たまたま話題はお酒のことになっていた。
B子さんはお酒を飲むのが好きらしい。
「今日、予定まで1時間くらい空いていたので、クラフトビールの店に行こうかと思いましたよ」
「え、一人で?」
「結局、カフェに行きましたけど」
一瞬、A子さんと行ったクラフトビールの店の話をしようと思ったが、ここは、これからどうするかを切り出すのに良いタイミングだと思った。
僕は緊張したが、息をついている暇はなかった。
「あの、17時まで、って言っていましたが、もしこの後予定がなかったら、夕飯も一緒にどうですか? ビールって聞いたら、なんか、ちょっと飲みたくなってきて」