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#007 自分で選択しないもの(ばたち美人日記)

美人7日目の話。(何日か前を振り返って書いています。)
私は49歳の1年間を美人と思い込んで過ごすことを実験中。
このnoteでは、美人として生きるばたちの365日間のあれやこれやをお届けします。

沖縄からの飛行機に乗っている間に、衝撃の出来事がおきていた。
みんなが知っているあの事件のことだ。

あんなに大きな影響力を持つことがでるわけではないが、正直、影響力を持つことが怖くなった。

いろんな事実といろんな憶測がこの世の中にはある。
私自身、全員の真実を知っているわけではないのだから、他の人も私の事実だけを見ていくれているわけではない。誤解もされるだろうし、見た目のイメージで判断されることも仕方ない。

分かってもらえないから、伝える努力をしなくなれば、ますます分かってもらえないけれど、全力で伝えたって分かってもらえるわけではない事実を目の前で見せられた気がした。

人は人がいないと生きていけない。でも、人は人によって傷つくこともある。

どう、生きていったらいいのか、一瞬わからなくなった。
世の中に存在することに動揺していた。

2日間グルグルした感情と向き合い、私の中で一つの答えが出た。
それは、死だけは自分で選択しないと言う決意だった。

選択できないと言ったほうが正しいだろうか。

命尽きる時、自分で選択をしなければ何が起きるかは分からない。
今回の出来事のように、大切な人に別れの言葉も言えずこの世を去ることになるかもしれない。それでも、私は自分で命の選択はしないと思っている。(少なくとも今は)

私は、自分で選択し生きる人生をこそ幸せだと思っている。

命ある限り、自分で選択して自分らしい人生を生き続けることこそが、私の幸せである。もし、私が命尽きる時、どんな状況であろうとも、自分らしく生きつづける幸せを最後まで味わい尽くしたいと思った。

生き方も人それぞれ。
人生の終わり方も人それぞれ。

他の人の人生を幸か不幸かと私が決められるものではないと思う。
だから、私の人生も他の人に決められるものではない。
私が決めるのだ。

最後まで、国のため、国民のためにご尽力いただきありがとうございました。
私にも、気付きをくださりありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。


美人でいる1年はつづく。


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