自分史コラム ジョニー・デップ最新作 『MINAMATA』を観る前に知ってほしいこと(ネタバレなし)
ハリウッドスター ジョニー・デップさんが現在、日本でどれくらい有名なのか、私は知るすべもありませんが、彼はこれまでどちらかいうとキワモノ的な役が多く、好き嫌いは別として認知度は高いはず。
そんな彼が最新作のテーマとして選んだのはなんと「水俣病」だと知り、とても驚きました。
つい先日、彼自身が製作し、この公害病を追い続けたフォトジャーナリスト、ユージン・スミスさんを演じた9月23日公開の映画 「MINAMATA」を観てきました。
このコラムは、これからこの映画を観る方や、水俣病についてあまり知らないという方にむけて書こうと思います。
水俣病について
水俣病は、1956年(昭和31年)に熊本県水俣市で発生した公害病。発生が公式確認されてから、50年以上たった今も、被害者である住民と、加害者である新日本窒素肥料株式会社(現在のチッソ株式会社 以下「チッソ」)および国との補償問題は続いています。
この病気は、チッソ水俣工場がプラスチックの原料であるアセトアルデヒドの生産工程で、当時無処理で海に放出していたメチル水銀廃液が原因。
それが食物連鎖によって水俣湾の魚や貝に蓄積され、最終的に食べた地元住民に痙攣やしびれ、ふるえなどの神経症状が出るというものです。
この病気を治せる薬は存在していません。
さらに酷いのは、汚染された魚貝類を食べた母親のお腹にいる赤ちゃんに水銀が入り、生まれたときから寝たきりの患者さんもおり、この映画にも大きな意味をもって登場します。
問題はいまもこれからも
その後、水俣病発生の責任はチッソにあると、患者とその家族ら住民が団結して立ち上がり提訴。それを写真で世界に伝えたユージンさんらの活動により、ようやく社会が注目し、調査が行われるようになりました。
1968年(昭和43年)、チッソは原因となるアセトアルデヒドの製造を停止、水俣病は厚生省(現厚労省)によって公害病と認定。
その後全国の3,000名を越える原告団は、国と県といった行政に対しても責任を追及。
しかし当時の環境庁長官だった石原慎太郎氏などは、患者の書いた直訴文を「IQの低い人が書いたような字だ」、また「ニセ患者もいる」と発言し、追及されたあげくに患者さんの前で土下座をしています。
しかし氏のその後も失言や言動を見る限り、この反省が生かされているとは到底思えません。
ともあれ、こうした原告団の努力により、2011年にほぼ勝利和解したものの、未だ救済されない人たちもおり、つい昨年、福岡高裁で全員敗訴という判決が出され、たたかいは最高裁へ持ち越されました。
水俣病訴訟は継続しているのです。
その反面、汚染された水俣湾は、1968年以来有機水銀は減り続け、現在は国の基準を超える魚貝類はいなくなり、水質も回復。
市も先進的に環境美化に取り組み、2008年に環境モデル都市として認定。現在はすばらしい景観を取り戻しています。
ここにも水俣を深く愛し、そこに住まう人々の尽力があったことは間違いありません。
しかし、それ以前に湾内の海底に溜まった大量の水銀ヘドロを封じ込めるために14年、485億円をかけた58ヘクタールの埋立地は「エコパーク水俣」となりました。この公園の地下には未だ水銀は存在しており、漏れ出したりしないような監視も半永久的に必要となります。
つまり、この映画で描かれた水俣病の問題は、50年以上経ったいまも進行中であり、今後も続いていくということなのです。
そして、すでに亡くなった人も含め、この病気で苦しんだ人の生命とはなんだったのかということも。
世界中、日本中で同じことが
このコラムを書きながら、私のあたまの中で、水俣と10年前のある事故が、完全にオーバラップしていることに気づきました。
そう、「福島原発事故」です。
・経済優先のために自然を破壊し、起こるべくして起きた人災であること。
・その被害を証明し、責任を追及するために被害者が人生の貴重な時間を奪われ費やさねばならない事実。
・深刻な被害が証明されたにも関わらず、責任を認めない企業や国の姿勢。
・患者や避難者に対する、一般の人々による差別や無関心、忘却。
どうでしょうか。あまりにも同じ過ちを、私たちは再び繰り返し、そしてまた忘れ去ろうとしているのではないでしょうか。
デップさんはこの映画のインタビューでこう語っています。
彼の写真に出会い、写真家の名前を調べたらスミスだった。
彼は戦争写真家だった。
死んだり負傷したりする可能性のある仕事だ。
一歩間違えば死ぬなんてあまりにも過酷な状況だ。
でも彼は献身的で、情熱的なアーティストだった。
自分を犠牲にしてでも真実を追い求めた。
真実の瞬間をとらえ、それを永遠に残すためにね。
彼は写真を通して意見を表明し、次の世代に影響を与えたんだ。
沢山の戦争写真家やジャーナリストがスミスの写真に刺激を受けてリスクを恐れなくなった。
私は、人々の持つ力を絶対的に信じているんだ。
組織のリーダーたちや上流階級は本来なら、みんなを助けるべき立場だ。
人々はいつか気づくと思う。
団結すれば強くなると。
どんな上流階級者や億万長者よりも強いのは人々だ。
人々には大企業の製品を買わない力や、彼らの宣伝文句を聞かない力があるからね。
僕が尊敬するのはユージン・スミスのような人々だ。
反動を恐れることなく闘い続ける人々だよ。
彼がこの映画で問いたかったことは「この映画で問題は解決したわけではなく、未だに世界中で同じような問題は続いていることを忘れるな。そして行動しよう」ということだと私は感じました。
私はこうした厳しい現実に、しょっちゅう絶望しそうになります。
しかし、私など比べものにならない絶望の底にありながらも、尊厳をかけてたたかっている人々がいること、またデップさんのように心ある著名人もまだたくさんいるんだという一縷の希望をこの映画は感じさせてくれました。
同作品は、イギリスほか世界各地でも高い評価を得ているそうです。
もう経済優先、利益追求、弱肉強食の時代は限界を迎えている。それに人類は向き合わねばならない。
現実に向き合うことは大変だけど、そうでないと人類は本当に滅びてしまうところまできているのです。
世界中の人がこうした作品を観て、感じた思いを可視化し、行動へ移していく。それを続けることで、世界は必ず変わっていくはず。
人間はそこまで愚かじゃない。
もう何千回も言い聞かせた思いを新たに、また歩きたいと思います。
参考映像:MINAMATA~ユージン・スミスの遺志~【テレメンタリー2020】
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