見出し画像

【#3】産地型産業クラスターとしての燕三条

前回の記事では、中小企業のサステナブル経営の難しさについてマクロな視点で論じてみました。今回はその続きで、「じゃあ中小企業のサステナブル経営を考えるにはどうしたらいいの!?」という問いに対する答えとして、燕三条地域に代表される「産地型産業クラスター」に着目していきたいと思います。

前回記事はコチラ↓

産業クラスターとは?

燕三条の金属加工産業を中心とした地域産業は、「産業クラスター」の一つとして定義されています。
「産業クラスター」とは、米国の経営学者マイケル・E・ポーターが提示した概念です。「特定分野における関連企業、専門性の高い供給業者、サービス提供者、関連業界に属する企業、関連機関(大学、規格団体、業界団体など)が地理的に集中し、競争しつつ同時に協力している状態」のことで、クラスターとは本来は「群れ」「(ぶどうの)房(ふさ)」などを意味しています。その名のとおり「産業クラスター」は、ぶどうの房のように企業、大学、研究機関、自治体などが地理的に集積し、相互の連携・競争を通じて新たな付加価値(イノベーション)を創出する状態と述べられています。

産業クラスターと従来の産業組織との違い
http://www.npo-rsc.org/cluster/green_cluster_01.htm

産業クラスターの類型と燕三条の位置づけは?

産業クラスターの類型
出所 2006年版 中小企業白書 第2部 第4章 第1節 地域産業集積の類型と分析の枠組 より編集

2006年度版 中小企業白書において、地域産業集積(いわゆる産業クラスター)はその形成の歴史的背景や、特徴によっていくつかのタイプに類型化することができるとされています。そしてその類型として〔1〕企業城下町型集積〔2〕産地型集積〔3〕都市型複合集積〔4〕誘致型複合集積の4類型に分類されています。

今回テーマとして着目している新潟県の燕三条地域は、白書において代表地域にも挙げられている通り、「産地型集積(産地型産業クラスター)」に該当します。

それでは燕三条をはじめとする産地型産業クラスターは、今までどの程度持続的に発展してきたのでしょうか?同じ産地型産業クラスターとして白書で例示されている、福井県鯖江地域(めがね産業)、北海道旭川地域(家具産業)と共に、統計データを確認してみましょう。

※出所:経済産業省 工業統計調査より
抽出した産業分類名(製造業):
燕三条(燕市・三条市の合算) :金属製品製造業
旭川市 :家具装備品製造業
鯖江市 :その他の製造業(眼鏡はここに分類)

上記のグラフは、2008年から2019年までの燕三条・旭川・鯖江の各クラスターの事業所数、従業員数、製造品出荷額、粗付加価値額の変遷を示したものです。
いずれの産業クラスターも、事業所数こそ微減傾向ではあるもの、他の指標値は2009年から維持、もしくは、微増しており、近年の中小ものづくり産業の衰退傾向の中で健闘していると考えられます。
そして赤色の折れ線グラフで示す燕三条地域は、他の2地域を引き離した規模で持続的発展を実現していることが、統計上も明らかです。

産地型産業クラスターに着目することで、中小企業のサステナブル経営の要諦の一般化につながる?

前の記事「中小企業のサステナブル経営の難しさ」において、保有する経営資源に限りがあり、特定の経営者の性質や意思決定の内容に依存する中小企業は、サステナブル経営の要諦の一般化が難しい と述べました。

そこで、個々の中小企業に着目するのではなく、
多くの中小企業に近接距離で立地し相互依存することで成り立つ、産地型産業クラスターに着目することで、6つの資本によるサステナブル経営の要諦を一般化することができるのではないかと考えました。

それでは、産地型産業クラスターに着目する有効性は何でしょうか?
以下の3つの理由が挙げられます。

①複数の中小企業の集合体で成り立つことにより、一定の組織規模が確保できる
産地型産業クラスターでは多くの近接した中小企業が分業という形で相互依存し、地域の自治体、商工会議所、大学など産学も連携して、特定の産業の発展を支えている構造にあります。燕三条を例にとると実に4,000社もの企業体が集積して成り立っていることから、産業クラスター規模で見ると大企業に伍する一定の組織規模が確保できているといえます。
よって、中小企業の組織単位では困難だった、サステナブル経営に不可欠な6つの資本の網羅的な定義・蓄積が、産業クラスターレベルでは可能ではないかという仮説が成り立ちます。

②経営者の個性や意思の要素が薄まり、組織行動として一般化できる。
中小企業単体で見ると、特定経営者の個性や意思決定がもたらす影響力は絶大であり、組織行動として一般化できない難所がありました。しかし産業クラスター規模で考えると、多くの中小企業・地方自治体などの集合体であるため、個々の経営者の個性や意思決定の要素は薄まり、より組織行動として一般化できるという長所が存在します。

③特定の大企業や大都市など特殊要因に依存する他の産業クラスターの形態とは異なり、産地型産業クラスターは地域内の相互依存のみで成り立つ産業クラスターである
産業クラスターの4類型の中で、なぜ「産地型産業クラスター」なのでしょうか?それは「企業城下町型」「都市型」「誘致型」の3つの類型が、いずれも特定大企業や大都市など、特殊要因に依存する形態であるからです。これら特殊要因に依存する以上、サステナブル経営の要諦の一般化という命題に対して答えることができません。
一方、産地型産業クラスターの場合、その地域内の相互依存のみで成り立つことから、他の類型に比べてサステナブル経営の要諦を一般化しやすいといえます。

以上の理由により、産地型産業クラスターに着目することが、中小企業のサステナブル経営の要諦の一般化に有効であると考えられます

企業と産地型産業クラスターの経営システムの違いは?

これまで国際統合報告フレームワークによる価値創造プロセスは企業で用いられていました。
今回の新たな仮説として、同一のフレームワークを企業と同様に産地型産業クラスターにも適用できるのではないかと考えました。ただ、1企業と産地型産業クラスターは当然異なることから、両者の経営システムの差を理解する必要があります。
さて、1企業と産地型産業クラスターでは経営システムにおいて、どのような違いがあるのでしょうか?
主な違いとして下記3点があげられると考えられます。

企業と産地型産業クラスターの経営システムの違い

①使命とビジョンを指し示す機能の不在
通常、1企業では企業のトップである経営者がこれまでの原体験から生まれた価値観に基づいて使命やビジョンを指し示します。そして従業員は個々人によって程度の差はあるが、自社の使命やビジョンを認識・共感し、共通の使命やビジョンに向かって、日々の業務に取り組みます。このことから、1企業には使命とビジョンを指し示す機能が存在していると言えます。
一方で産地型産業クラスターはいくつもの企業の集合体であることから、異なる使命とビジョンを有した企業同士が集まっています。企業城下町型集積では特定の大企業がリーダーシップを発揮し、使命とビジョンを指し示し、下請け企業群が合わせていくという明確な意思決定構造ができていますが、産地型産業クラスターでは同じような規模感の企業が集まっていることから、特定企業が代表して使命とビジョンを指し示すことが難しい構造にあります。以上のことから、産地型産業クラスターでは使命とビジョンを指し示す機能が不在であると考えられます。

②リスクと機会のバランスに基づく、全体としての戦略・資源配分の決定者の不在
1企業では経営トップが自社を取り巻く環境の変化や自社の経営状況をもとにどの事業には注力し、どの事業には注力しないのかといった意思決定が可能です。一方で産地型産業クラスターでは、注力しない事業領域を意思決定すると、その事業領域に従事していた企業が倒産してしまうリスクがあり、強い反発が生まれてしまいます。産地型産業クラスターでは相互依存が成長のための鍵であることから、みんなにとって良い戦略・資源配分を選ばざるを得ません。このことから、産地型産業クラスターではリスクと機会のバランスに基づく、全体としての戦略・資源配分の決定機能が不在であると言えるでしょう。

③人事制度等の不在によるガバナンス欠如
1企業では評価報酬制度や共通の社内ルールを形成し、企業にとって望ましい行動をすると評価し報酬を上げる、一方で企業にとって望ましくない行動をすると評価を下げ、報酬を下げる、場合によっては罰則を設けることによって、従業員の行動を一定レベル管理することができます。そのため、ガバナンスが機能しやすい状況にあります。
一方で産地型産業クラスターでは企業によって評価報酬制度や社内ルールが異なるため、産地型産業クラスターで全体でガバナンスを利かせることは困難です。

以上のように、「使命とビジョンを指し示す機能の不在」「リスクと機会のバランスに基づく、全体としての戦略・資源配分の決定者の存在」「人事制度等の不在によるガバナンスの欠如」といった産地型産業クラスター特有の特徴があることから、価値創造プロセスを構成する6つの資本の概念だけでは収まりきらない必要要素があるのではないかと考えました。産地型産業クラスターでは6つの資本に加えて、意思決定者や諸制度の不在を補う、地域産業クラスター全体における強い共通理念や共通価値観のような要素が不可欠なのではないかと仮説を立て、その点も含めて検証したいと思います。

産地型産業クラスターのサステナブル経営の問いは?

産地型産業クラスターのサステナブル経営の問い

これまで論じてきたように、一企業単位では難しいとされる中小企業のサステナブル経営の要諦の一般化には、産地型産業クラスターに着目することが良さそうだと考えています。そしてその具体的題材として、産地型産業クラスターの国内代表例である「燕三条地域」に着目して、今後の記事において、下記2点の問いのポイントを掘り下げていきたいと思います。
①産地型産業クラスターにおける6つの資本の存在・定義は何か?
②産地型産業クラスターの経営システムならではの難しさに対して、どのような要素が作用することで克服しているか?

さて、前回記事同様、今回も、マクロな視点で中小企業のサステナブル経営についてディープに語ってしまいました。

次回記事では、再び燕三条にフォーカスして、同地域の先天的な要素を掘り下げていきたいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?