人形に魂を吹き込む作業
甚五郎の人形が完成してからチームにジョインしたオカダは、まずこの甚五郎という人形がストップモーションのアニメートに向いていなさすぎる人形であることに非常に驚いたという。第一印象は「コマ撮りできなくはない人形だが、これはコマ撮り用の人形なのだろうか...?」だったとか。
規格外の人形
現実問題、この人形をアニメートするのは大変なのだ。脚がプラプラしていて自立できない甚五郎の場合、人形を立たせるために複数の突き出しが必要となるのだが、まずは甚五郎の固定、そしてボリュームのある義手用の固定がデフォルトで必要になる。更に甚五郎の左手の手首の関節は磁石でできており、何かものを持たせようとすると重さで手首が取れてしまう構造のため、左手用にも別に突き出しが必要だったのだ。1体の人形に複数の突き出しが必要になるのは稀なことであり、実際に人形を触ってみて、オカダはこれは通常よりも時間がかかりそうだと感じた。そして実際に撮影がスタートすると、動かせば動かすほど大変さを実感したそうだ。
何が大変だったのか
ストップモーションの場合、例えばA君が歩いているだけのアニメよりも、A君とBさんが2人で歩いてるアニメの方が2倍手間がかかるというのは想像がつくだろう。しかしその2人が手を繋いで歩いているアニメーションをする場合は、A君を動かして、Bさんを動かして、手を繋ぎ直して...という風に作業が倍増する。これと同じように、甚五郎の場合は、体を動かして、義手を動かして、ポージングを修正して...という作業を、甚五郎1体に対して毎コマやり続けるのだ。つまり、1体の人形を動かすのに、2倍3倍の労力を使う。朝に撮影をスタートしてコツコツ撮影し続けて、あっという間に12時間経っていたという日もあったが、時間の割に進んでいないことにオカダは日々とても焦りを感じたという。
その大変さはやはり木彫の人形を使用している点が大きいという。通常ストップモーションで使用している人形はシリコン製であることが多く、手は取り外しが可能で、腕の中に入っているワイヤーがいつ折れてもすぐに差し替えが効くよう、ワイヤーのストックも用意されている。しかし今回は弾性のない木を素材とした人形を使用したストップモーション作品なのだ。甚五郎の人形はオカダ用、稲積用の2体しか存在しておらず、仮に撮影中に壊れてしまった場合のスペアもない。そういう極限の状況で人形でアニメートさせるのは、いつも以上に神経を使う作業だった。
オカダが苦労したのは甚五郎だけではない。犬丸ロボが完成したのはクランクインした後だったので、日々甚五郎パートの撮影に集中していたオカダは、ロボを動かして慣れるという時間が全く取れなかったのだ。
甚五郎対犬丸は、武器的にはチェーンソー対巨大ロボとなる。稲積の撮影したチェーンソーシーンのテスト映像を見たオカダは、あのチェーンソーの派手さに対して、犬丸ロボは作りがシンプルで動かせるパーツが少ないと感じたという。しかし出番が短い犬丸ロボのインパクトをできるだけ強めるため、動かせるところは全て動かすことに決めた。このシーンの撮影直前の監督との会話では、時間的に動かせる余裕があるかわらかないと話していた箇所もあったが、それも全て動かし切って、終わった頃には日付が変わっている日もあった。無理をしてでもやり切りたかった理由は、見る人の目も厳しい中で「ストップモーションだから仕方ない」と言われたくなかったからだ。動かせるところは全部動かして「ストップモーションでもいけるんだ」というのを見せたかったという強い気持ちがあったという。そのおかげで武器としての異常さや重量感、兵器感などリアリティを出すことができた。
演技の考え方
一言で言ってしまえば大変な現場ではあったが、ライブ感のある熱量の高い現場はやりがいも多かったという。ドラマパートを担当したオカダは、甚五郎、犬丸、手下、眠り猫、肘掛犬のアニメーションを手掛けており、特にまだ誰もキャラクターづけしていない犬丸の動きを作るのはとてもやりがいがあり楽しかったそうだ。オカダは、川村監督が最初に言っていた「犬丸は悪いチワワみたいなかんじ」という言葉を受けて、喜怒哀楽がすごく素直に表現されてて、何か一言言うだけでもすごいオーバーに喋る男というイメージを抱いた。今回の話の中で犬丸は胡座をかいて座っており、動くのは上半身だけだったので、何を喋るにしても体を動かして、肩や手も動かして、何かしら必ず動きがついてくるようなキャラクターに仕上げることにした。
今回のフィルムにおいて清涼剤となった眠り猫や肘掛犬もオカダが手掛けている。猫らしさ、犬らしさを出せば自然に魅力的な感じになると感じ、動物たちの動きはあえてかわいい動きにはしなかったのだそう。
猫はあくびをする時に、最初ふわっと口が開いて、その後更にもっとグァッと開くような2段階の動きなのだが、今回の猫の人形は口の開閉しかすることができず、下顎全体が動くような仕組みもなかった。いかにも猫らしい動きを出したかったオカダは、最初に口を開けて、2段階目は首と口の両方を動かすことで、木彫の人形とは思えない猫感を演出した。腕を伸ばしてボタンを押すシーンも、いかに少ない稼働で柔らかな猫っぽい動きを出すかを考えるのが本当に楽しかったのだという。
予定外に誕生した肘掛犬が飼い主である犬丸に駆け寄った後に走り去るカットは「ドリーム」と呼ばれていた。香盤が押した場合には諦めると制作部から宣告されており、常に当落線上のカットだったのだ。しかし、八代が一晩のうちに動かない犬の形の肘掛から、動かせる肘掛犬を生んだのだ。オカダは絶対にこのカットを撮りたいと心に決めていた。「僕もう行くね」と言わんばかりにカメラにお尻側を見せる動きは、尻尾も動かせる人形を作ってくれた八代へのお返しなのだ。
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