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甚五郎を浮かび上がらせる光

納得がいかない…からのスタート

建て込みが始まり、照明技師の加藤が最初に苦労したのは、甚五郎の顔の見え方だった。甚五郎の体のシルエットはいつも様になっているのだが、顔に関しては、角度や光の当たり方次第で顔が膨らんで見えるなど、ヨリのためのライティングは課題が多かったのだ。実物の人形は木や衣装の質感がとても美しいので、作業中加藤は、自分の作る光が人形たちを活かせているのだろうか...という不安を抱えていたのだそう。
しかし撮影開始後すぐに取り掛かった飛んできたチェーンソーを受ける甚五郎のヨリのカットの撮影の際、ようやっと思い描いた雰囲気を作ることができた。かっこいい甚五郎を作るまでに思ったよりも時間がかかったというが、やっとしっくりきた瞬間だった。

ライティングの考え方

加藤はアクションパートとドラマパートの基本的なライティングの考え方を、
A.アクションパート=舞台の光(甚五郎が覚醒しているイメージ)
B.ドラマパート=現実世界の光(江戸時代/夜の室内)
と定義し、色の考え方を変えることにした。アクションパートはトップライトのシンプルな光で、古典的な舞台のように仕上げた。対してドラマパートは蝋燭のオレンジと月光のブルーを使い、色のコントラストを感じるような作りにした。

アクションパートは黒バックの世界にスポットライトが当たっていて、その中で甚五郎と手下達の闘いが繰り広げられていく。闘いの迫力を強調するために、シーンの途中で長玉から超ワイドまで大胆にレンズを変えることで今回の映像にカ強さが出ているのだが、照明部としては、超ワイドレンズとなると映る範囲が広くなるため、ライトを設置できる場所がかなり限られるという制約もあった。そんな時はアニメーターの稲積と相談しながら、人形の後ろに隠れる小さなライトを設置して、シンプルながらも奥行きのある世界観を出せるよう工夫を凝らした。一般的に、絵の中に光芒が入ると絵的なカッコ良さは出るのだが、逆に照明が目立ちすぎてしまうため、今回は光芒を人形の後ろに隠している。そうすることで逆に人形のアウトラインが浮かび上がり、人形の木の艶感もしっかり出て立体的で力強い画にすることができた。

甚五郎の黒い衣装が暗闇に溶けて見えないよう1コマずつ照明を調整している

しかし本作は、カメラも人形も派手に立ち回るアクション作品。少しでも人形やカメラを動かすと、人形の後ろに隠れていた照明が見切れてしまい、その都度照明を細かく調整する作業が必要になってくる。普段関わっている実写の撮影では、一度セットした照明の位置をカットの中で動かすということはそうそうしない。しかしストップモーションの世界では、1つのカットの中で1コマずつ撮影を行うため、自由に照明の位置を動かすことができるのだ。同じように実写の撮影ではできないこととして、カメラに極限まで寄ったアクションの撮影も可能だ。稲積曰くカメラにチェーンソーが当たっていたこともあるとのことだが、これも実写のライブアクションでは絶対に出せない迫力を生み出している要因の一つである。

レンズにチェンソーを当てて撮影できるのもストップモーションならでは

1コマごとに照明を調整するのは骨の折れる作業だったが、こういったストップモーションならではのプロセスは加藤にとってとても新鮮な経験だったという。加藤が作った光に合わせて稲積が甚五郎の鋸の角度を調整してギラリと光らせるなど、セッションしながら撮影を進めていったという。

空間を広く見せるコツ

ドラマパートは、甚五郎と犬丸の対峙する屋敷の世界である。セットが立ち上がって初めて川村監督がスタジオに入った際に、人形に対してセットが少し小さく感じるというコメントがあった。それを聞いていた加藤は少しでも空間を広く見せたいと考え、奥行き感をどう演出するかを特に意識したという。
芝居する場所はしっかり見えて、奥に行くにつれて薄暗くなるようにしつつもディティールは残せるよう、出来るだけ床に近い場所にだけベースライトが当たるような設計にした。そうして薄暗く照らされた床は、何年間も踏み締められて黒光りしているような雰囲気を醸し出している。

この世界では、蝋燭の光であたりがうっすら照らされているという設定だが、その中で奥行きを感じられるよう、人物の近くには行燈を床に置きフットライトを作り、背景となる柱の上部には行燈を灯しハイライトを作った。セットの奥には、行燈のついた柱をいくつか配置し、広く続く空間を感じさせている。これらの美術の配置は、演出部や美術部の意向だけでなく、照明部からのリクエストでもあったのである。こういった配置にすることで、ヒキだけではなくヨリのカットでも照明が映り込み、空間の広がりを感じさせる要因となっただけでなく、木材の凹凸や人形の質感をより一層引き立てた。

実は1コマずつ揺らめいている!

蝋燭の光の演出もぜひ注目して見ていただきたいポイントのひとつだ。実は1コマずつ火の光が揺らめいているのだが、これを実現するために、それぞれの行燈にLEDを一粒単位で仕込んで、DMX(照明器具の調光や調色などの制御を行うための通信規格)で制御し、1コマ1コマ光が揺らぐように調光している。

犬丸ロボの裏側

最後に登場する犬丸ロボも、印象的な映りになるようたくさんのLEDライトが仕込まれている。実は後ろ側を見ると犬丸ロボは配線だらけで、現実世界で見るととても動きづらそうだったのは内緒の話である。アニメーションを担当したオカダも配線の取り回しに苦労していたが、あの怪しい光り方や浮かび上がり方で、ロボのディティールやクレイジーさを伝えられたのではないだろうか。


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