古材を使ったセットデザイン
セットについて話し始めた頃は、プロットがまだパイロットフィルムのサイズに収まりきっておらず、戦いの舞台となる場所も賭場、敵の本拠地、蔵のようなスペースなど様々検討されていた。そんなある日、八代が世界観を示すコンセプトアートを描いてきた。
その際に八代から「厳密な日本家屋の作り方を守らなくてもいいから、エッセンスをうまく混ぜて、実は建築的には正しくなくても、雰囲気としては正しいものがいいのでは」という問いかけがあった。これに対してチームは満場一致でこの意見に賛同し、「正しさに頼らない」を合言葉に、具体的なセットデザインの作業がスタートした。土壁、木の梁、使い古されてつるんとした表面になっている木などのリファレンス資料を見ながら、TECARATチームからは古材を使ったセットデザインにしたいという話が何度か出ていた。
質感を優先したプロセス
普段セットを作る場合は、まず初めに図面を描いて、どのサイズの木材がどのくらい必要かを割り出してからその材料を探すが、今回はその逆で、先に材料となる木材を見つけて、この材料を使って作れるセットはどんなものかというのを考えていった。いつもはこんな珍しいプロセスを踏むことはないのだが、通常のやり方と順番を逆にした理由は、やはり質感を優先したかったのと、他の作品ではやらない作り方にすることが、他の作品にはない出来上がりにするための一番簡単な方法だからなのだという。
ということでまず初めに訪れたのは、長野県にある山翠舎という古材専門の会社。素材が一番多くある場所でまずはどのような素材があるのかをじっくり探ることからスタートした。セットに使用している巨大な木材の多くはここで仕入れている。
それから、セットの床材に使っている古材は、浅草のギャラリーエフが所有していた有形文化財の蔵を解体移築する際に、移築には使わなかった古材を譲っていただき使用した。この蔵は甚五郎が生きたとされる江戸時代の慶應4年に建てられたものだという。
木材は全て集まった。と思いきや、能勢の思いはまだ止まらない。更に良い質感の木材を求め、湖やダムなどにも赴き、丸太の流木を探し拾ってきたりもしたのだという。そしてそれらの加工に使われたのは、釿(ちょうな)と呼ばれる木の表面を削るための道具。古くは石器時代から使われてきたという「大工道具の化石」と呼ばれる道具である。現代の大工たちもあまり使わなくなっているとのことだが、今回木材の加工に敢えてこの釿を使うことにしたのだという。
やはり作られた質感は、どう頑張っても何百年もののリアルな質感には敵わないし、そのリアルな質感は必ずカメラに映り、観る人に届く。八代が初めに示した「縮尺<質感」という言葉の通り、例えば木材にハンマーで叩いた跡が残っていたとして、今回のミニチュアスケールのセットにおいては巨大なハンマーで叩かれた跡のように見えるが、それも質感のひとつと捉えて今回の美術は作られている。リアリティのある素材を組み合わせることで、サイズ感が違う跡があったとしてもそれが違和感なく感じられる美術に落ち着けることができた。
まずは模型
大きな木材を仕入れたところで、スタディ模型の製作に取り掛かった。演出上カメラはグルグルと動かしたいし、コンテにはローアングルの絵が多く、セットにも高さがあった方がよいのではという話も出ていたので、最初の模型は3階建てのものが作られた。そこでiPhoneを模型の中に入れて、横長のシネスコサイズでアングルを切ってみると、残念ながら1階だけしか映らなそうだったので、梁を残して上2フロアはカットすることになった。
この空間に天井や壁が必要か否かの議論もあったが、模型内に壁を設置したりした結果、抜けは暗く落として、壁や襖の代わりに犬丸組が盗んできた宝物とかが積まれてる空間を作ろうということになった。スタディ模型のおかげで小道具がどのくらい必要になるのかの判断もすることができ、サクサクと次のステップに移っていくことができた。
制約をアイディアで超える
こうして、江戸時代の頃の木材を使って江戸を舞台としたストーリーのセットを作り始めようとした頃、ひとつ大きな問題が発生した。期間内に全てのシーンを撮り終えるために、八代が2体の甚五郎を必要とされたのと同じように、セットも2ステージ分必要であるという話が出てきたのだ。
しかし、古材にこだわるというコンセプト的に、同じセットを2つ作るのも、同じ小道具を2セット準備するのも、現実的に無理があった。しかし何とかして2セット作らないと、今回のパイロットで描くストーリーのボリュームをまた更に削らないといけなくなってしまう...。これでは最低限のストーリーを成立させるのが難しくなってしまう。
床材だけならば何とか準備ができそうだという能勢のコメントを受けて、川村監督はバトルシーンの描き方を大胆に変更する決断を下した。元々甚五郎はこの蔵の中で戦う予定だったのだが、バトルシーンは世界を変えて、ゾーンに入った甚五郎を描くようなイメージに変えたのだ。具体的には、バトルシーンには床材だけ用意し、黒い世界でスポットライトを受けながら戦うというプランにしたのだ。
苦しい判断ではあったが、実はこれにより大きなメリットが生まれた。大きなセット内で戦う場合は、アクションの途中でカメラが動くとセットが見切れてしまう懸念があったが、黒い世界の中ではこれを気にしなくてよくなった。そしてカメラワークを検討する時に、柱や梁があるとカメラの自由度が制限されてしまうが、その心配もなくなりカメラは自由に動けるようになったのだ。最終的には「セットを二つ作れない」という制約がプラスに働くことになった。
ドラマパートのセット
こうしてドラマパートのために作られたセットのサイズは4m×4mで、現実世界の4.5分の1スケールになっている。今回は1ヶ月という長期間の撮影中、アニメーターの負担を少しでも減らせるよう、ステージの高さは一般家庭のテーブルと同じ700mmの高さに設定されている。
ストップモーションのセットの場合、アニメーターがセットに人形を置くことができ、その人形に手が届き、ポーズをつけた後にカメラのフレーム外に逃げられるような作りになっていなければならない。それが可能になるよう、このセットは半分に分割できる作りになっている他、一部の床は取り外し可能になっており、その中にアニメーターが入り込んで人形にアプローチできるようになっている。セット内にポコンと穴が開くので、現場では「お風呂」と呼ばれていた。
豪華絢爛な小物達
屋敷の中に敷き詰められた小物達。
大きなセットを埋めるにはかなりのプロップが必要だったため、実は既存のものと作り物を混ぜ込んでいる。ちなみに犬丸の背景の金屏風は五月人形のセットの一部だったり、それ以外の五月人形やミニチュアの置物などもセット内に置かれている。映像では暗くて見えにくいが、実は小さな仏像や壺など、よく見ると実は縮尺がちょっとおかしなものもあったりするのだが、これらも最初に掲げた「正しさに頼らない」に則って、質感と雰囲気を優先してセレクトされている。
アングルチェックが始まっても追加で制作されていたのは米俵である。購入したミニチュア米俵もあったのだが、素材がビニールだったため、質感重視の能勢の御眼鏡に適わず、藁を編み直して自作することになった。細かいところまで手を抜かない職人芸である。
セットの奥には、提灯のついた柱をいくつか配置した。今回のセットは壁で仕切られていないので、セットとしては不思議な作りだが、そうした柱を抜けに置くことで空間に奥行きが生まれた。決して仕切られた空間ではない、何か広がりを感じるおかげで、バトルシーンで甚五郎がゾーンに入った時との繋がりがスムーズになったと感じている。
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