絵を買う、ということ。
最近、人生で初めて絵を買った。
「絵のオーナー」になったのだ。
以前から「いつか絵を買ってみたい」と思っていたのだが、その「いつか」は不意にやってきた。
とあるギャラリースペースにて期間限定で開かれていた展示会。
そのギャラリーを貸し出している某店舗のインスタグラムでその展示会を知り、休日覗きに行った。
さらっと覗いて楽しませてもらおう。
それくらいの軽い気持ちで訪れていたので、絵を買うなんてことはまったく考えていなかった。
そもそも、その展示会は、画家ではなく木工芸作家が開いていた。
そこにいくつか絵も展示されていて、そうちの1枚になぜか強烈に惹かれてしまったのだ。
小さな会場をうろうろしては、その絵の前で何度も足を止めていた私の動きは、さぞかし不審だっただろう。
ギャラリーには、作家さんもおられた。
せっかくの機会なのでお声掛けし、少しお話もさせてもらった。
作家さんは、作品の雰囲気と同じく優しく、温かく、そしてとてもかわいらしい方だった。
例の絵に惹かれたことを素直に打ち明けると、とても喜んでくださった。
ただ、1点物の原画ゆえ、衝動買いで気安く買える価格ではなかった。なので、同じ絵柄のポストカードを購入して自分を満足させておくことにした。
そして、会期中にまた来るかもしれませんと作家さんに伝えて家路についた。
家に帰ってからも、あの絵のことが頭から離れなかった。
夜になってベッドに入っても、あの絵を思い出していた。
「もし、あの絵を他の誰かが買ってしまったら、私はきっと後悔する。」
けれど、まだ決心はできなかった。
「明日の朝、この気持ちが消えていなかったら、あの絵を迎えに行こう。」
そう決めて、眠りについた。
翌日、私はまっすぐギャラリーに向かっていた。
「あの絵が人手に渡ってしまったら、絶対に後悔する。」
目が覚めてすぐ、そう思ったのだ。
ギャラリーに入ると作家さんが私に気づき、手を振ってくださった。
「あの絵を迎えに来ました。」
そう告げると、作家さんは飛び上がらんばかりに驚き、そして、今にも泣きだしそうなくらい喜んでくださった。
絵を持ち帰る道中、今までに味わったことのない幸福感で体がポカポカしていた。全身から湯気が立ち上っていたんじゃないだろうか。
もちろん、頬は緩みっぱなし。マスクをしていなかったら、完全にヤバい奴に認定されるような顔をしていたはずだ。
誰にも渡したくないと思えるほど気に入った絵に出会えたことも、そして、その絵を手に入れられたことも、初めての経験だった。
自分の絵を買っていただいた(オーダーをいただいた)経験はあったのでその喜びは知っていたが、買う側もこんなにもうれしいものなのかとシンプルに驚いた。行為としては「買い物をした」というだけのことだが、それによって得られたものは物質としての質量以上に大きかったのだ。
絵画は、生活するうえでの必需品ではないかもしれない。
けれど、絵画を手に入れる行為で味わえる人生の機微は、要・不要だけで片付けられないほどに面白くて奥深かった。
新しい歩みを始めたタイミングで出会えた1枚の絵。そこには、こちらをまっすぐを見つめてくる強くて真剣なまなざしが描かれている。
そのまなざしは、まるで私を見守ってくれているようにも、厳しく見張っているようにも感じられる。
そのまなざしに恥じない生き方をしていきたい。
ちょっと大げさかもしれないけれど、そんなふうなことを思いながら、この瞬間を生きている。そんな自分が、ちょっと誇らしい。