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5.2.3.2. インフォーマントによる茶道教室の教授内容
従来の茶道教室では,自身が師匠から受けてきた指導と同じ内容の指導を自身の生徒に施す。
しかし本稿のインフォーマントは, 師匠と全く同じようには教えていないと言ってもよいだろう。
「得意なところ」を教える
教授内容に個人的なこだわりを見せたのは洋平さんである。
自身の所属する流派の「茶道」を教えていると話す一方で,教えるのは「私が得意なところをベースにしたことでいいと思う」と語る。
教授内容は「(私が)特に興味のあること」「考え続けているところ」「私が本当にいいなと思うこと」であると続け,一貫して洋平さん本人の価値基準が反映されている。
同時に,「難しいね,先生と同じことはできないしね」と語る。
その理由を「少なくとも先生と自分は違うし,同じことを同じように話しても違うから」と説明した。
自信のなさを覗かせる一方で,足りない実力を補填する方法は,自分の得意な,教えたいところを教えることだと考えているようだ。
教授者のこだわりや好みを反映した内容
洋平さんの個人的な基準が,彼がベースにしている流派の教えと,どのように同居するのだろうか。
具体的な教授内容の一例としては,洋平さん自身のこだわりに基づき,生徒には棗(抹茶の粉を入れておく容器)を置く動作を何回も繰り返させるようだ。
これはむしろ,茶道教室の代名詞のように言われる「茶杓上げ下げ四〇年 [注68]」という考え方と重なっている。
茶道教室と洋平さんでは,道具の上げ下げが稽古の厳しさを象徴しているか,教授者のこだわりを示しているかが異なるのだろう。
自分が習ってきた稽古の再現を目指すのか,「私」による好みや取捨選択が滲み出た指導をするのかが異なる,とも言い換えられる。
「喧嘩」を避ける
その上で洋平さんは,流派の教えと個人的な考えを区別する必要性に触れた。
仏教の教え方のように「誰々いわく」と,教授内容の出処を明確にして生徒に伝えることが重要だと言い添える。
ある流派で勉強したけれど,そこから私が,こう考えてこうやりましたって,自分が責任を全部引き取れれば,それは誰とも喧嘩することはない。
自身の活動と流派の話をしているとき,洋平さんは何度も「喧嘩」という言葉を用いており,それは流派との衝突を意味している。
そして必ず,その「喧嘩」を避ける方法もセットにして話す。
つまり,流派との「喧嘩」を避けることが,必然的に求められていると考えているようだ。
従来の茶道教室の指導形式に倣っている人であれば,「喧嘩」について自ら語ることもないと考えられる。
彼の教授内容には何らかの衝突の恐れがあるのだろう。
自身の教え方が,流派に対してどういう立ち位置であればいいのか悩んでいると,本人も零していた。
彼の証言を敢えて明示的に整理するならば,「流派っていうお茶の方法」と「私のする好きなお茶」が反発し合うようだ。
洋平さんの発言に何回も登場した「私」や「自分」の表出が,「喧嘩」の原因であると考えられはしないだろうか。
教授者になっても「自分」が表出すること
流派に属し,許状を積み重ね教授者になっていく点は,その他大勢の茶道修練者もインフォーマントも同じだ。
しかし本稿の主要なインフォーマントが目指す地点は,他の教授者とは異なるといえる。
インフォーマントは,教授者になったとしても,自分が教わった通りに自分の生徒にも教えるという茶道教室の整然とした流れに乗ってはいない。
むしろ,自分が受けてきた指導とは違う方法(5.2.3.1.参照)で,自分なりの内容を教授している。
こうして会社員としての本業と茶道教室を並行して進めていった場合,次の段階として考えうるのは,これまでにも登場してきた茶道「専業」という在り方である。
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[注68] 点前の習得を重視する茶道教室に通っていた茶道修練者が「[私の先生は]二人ともお点前オンリー。茶杓の上げ下げだけ四〇年というのも,それなりによいかもしれないけど,それだけではつまらない」〔加藤 2004: 150〕と振り返る例もある。「点前重視」の茶道教室において,同じ動作の反復練習は代表的な指導法である。
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