求血-
何もわからない暗闇の中を長く、長く、気を遠くするほど長く。
身動きがとれているのかもわからない状態で、
自分はその場に、確かに存在している。
何が原因だったのか、今に至る前に何があったのか。
そんなことはもう覚えていないし、
そもそも、そういう過去と言える記憶があったのだろうか、
とも思いはする。
気が付いた時には何の音もしなかった筈の、
粘り付くような暗闇の中に、
いつの間にやら音が増えた。
小さく、小さく、なお、より小さく。
一滴分の水音が、どこからか響くようになった。
別段、特段、何かしら動いたわけでもないし、
何かに助けを求めたわけでもない。
いつの間にか、かすかというには強すぎるほど、
けれど集中しなければ聴けないほどの音がそこには発現、生成されていた。
歩いても歩いても先は見えず、
ただ、しつこく身体に絡みついてくる液体のような感覚を、
ひたすらに感じながら、方向を視認することもできず、
なんとなく前だと思ったところをそのように進み、進み、
違和感を感じればなんとなく戻ることを繰り返していく。
だんだんと壊れていく感覚に、諦観をみて、
決断をしようとするたびに、何処からか熱があがってくる。
もうすでに壊れているのかもしれないし、
そもそもがこれは残滓、残り香、
すり減った後、消えた後の塵なのかもしれないのに。
何も考えきれなくなっても、自分はなんとなく動いて止まるのだ。
思考は消えているはずなのに何かが自分を動かしている。
水音は遠い、遠い、遥かに遠いはず。
ひかりもなく傷もなく、水もなく、
燃えることもない今の場所をひたすらに。
暗闇の中に絶えずいれば何もかもおかしくなってくるのは当たり前の話だったが、遥か昔に、壊れていたのか、平静だったのか。
なんとなく思考のとまっていた部分に隙間があったのだ。
まるで駆動する屍のようだった自分がなにもわからなくとも、
なにかを求めてこの場所を歩いている。
滑稽か、光景を探しているのか、それも軽軽か。
そんなことを考えている間に、
いくつかの季節が過ぎ去っていくのが微かに見えた。
自分の時間は確かに動いているのだけれど、
それが自分の食欲を満たしている時だったと、
気が付いたのはもうしばらくしてからのことだった。
今日も暗闇の中を、進む。
進んで進んで、また音を聴く。
あ、近くに水音が響いたのを確認して、
自分はそこに向かってゆっくりと歩いた。
近づいてなぞると水音は消えた。
なんだが、満たされた気がした。
この調子なら、自分が暗闇から抜け出せるのも、
もしかしたら、あと少しかもしれない。
途端に、また身体が乾いた。