A-SECRET、Rein-E
病室から見える景色は僕にとってご褒美だった。
いつの間にかこの白い部屋に運ばれてきて、
もう十五も歳を重ねてしまったようで、
決まった時間に身体を調べてくる白い服のヒト達を、
周りは天使だとか、先生だとか呼ぶけれど、
僕にはそれがわからなかった。
人が部屋に入ってこない時には揺らがない少しだけくすんだカーテンが、
開かれるのを待っているような気もするけど、
僕は、そこまでも移動できないんだ。
繋がれたチューブは読み途中の本を手に取ろうと伸ばすだけでも、
僕の生命線らしく、動くだけでも激痛が走るくらい僕はひ弱な存在らしい。
僕の状態とは打って変わって、
外の陽のヒカリは気持ちよさそうに、
腕を強く伸ばしているようにも見えて、
いつものことながら少しだけ羨ましくなる。
どんなことでも、慣れが来るなんて言った人は、
慣れが来ない人に、慣れることはなかったんだなあ。
少しだけ視界がぼやけてきた。
眼の中に映る景色が、ドットのように細かく、
ゆっくりと散らばって溶けていく。
疲れが出たんだ。
ちょうどいい、少しおねむといこう。
僕が完全に瞼を閉じる瞬間に、
まったく動かなかったカーテンが、
ゆっくりと揺れた気がした。
誰もいないんだ。
ゆれるはずもない……。
……ちょうのうりょくかもしれない…………。
誰かが僕の名前を呼んでいる気がする。
ゆっくりと瞼を開くと底には白い服の女性が一人。
おはようございます。とこぼして、
僕の身体がまたテキパキと確認されていく。
ああ、今日も綺麗なひとだ。
でも、天使だなんてわからない。
僕にはココに運ばれて来てからの記憶しかない。
それ以前がどうだったのか、まったく覚えてない。
だから、密かに、
天使だなんてなんてわからないというからには、
過去僕は天使にあったことがあるかもしれないと考えている。
そう、例えば、あたたかなひかりの中で、木にもたれて眠った時にでも。
頭を撫でてもらったりしたときに、でも。
気がつくと綺麗なひとは部屋から居なくなっていた。
ふわふわとした冷たい風がほっぺに当たる。
あれ、いつ開けたんだろう。
とても、心地いいから少しだけ布団を剥いで、
涼しさを堪能しよう。
ふわふわ、ゆるり。
ああ、今日も良い日だ。
眼を細めたり開いたりして遊んでいたら、
急に強い風がびゅおんと吹いてきて。
おわわと思っていたら、
風が止んで。
気がついたら、
とても綺麗なヒトが窓の前に立っていた。
雪のように真っ白な髪に、黒い翼。
僕は思った。
彼女のことを、天使だというのだと。
「ごきげんようですね。」
そのヒトの声はとても澄んでいて、
聴いたことがなかった色をしていた。
「あ、う、こんにちは。」
なんだか、緊張してしまって、
もごもごしちゃった。
そんな僕の様子をみて、
ちいさく笑うそのヒトはとてもきれいで。
「退屈でしたら、わたしとお話していただけませんか?」
なんて言われたのかわからないまま、
「はい。」と返事をしてしまった。
「綾徒さん、わたしの事はもこと呼んでくださいね。」
……このヒトが僕の名前を知っていたのは不思議だったけれど、
このヒトの名前の方がもっともっと不思議だった。
「柔らかそう……。」
そんなことがつい口に出てしまった。
新しい色が見えた。
ああ、今日はとても、いい日だ。
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