村を育てる学力
タイトルにある「村を育てる学力」という本を知ったのは、離島である海士町に出向中のときです。
東京の大手企業を辞めて、島前高校魅力化プロジェクトの立ち上げメンバーとして活躍し、公営塾である隠岐國学習センターのセンター長として地域の人材育成に取り組んでいる豊田庄吾氏から紹介してもらったのが、この本との出会いでした。
60年前に出版された本で、現在は絶版となっているのですが、兵庫県にある東井義雄記念館のホームページに冊数限定で販売されていたので、見つけてすぐに購入しました。
本の概要は知っていたのですが、改めて本を手に取って読み進めると、半世紀以上前の内容であるにも関わらず、まったく色褪せていない、その普遍性に目から鱗が落ちる感覚で読むことができます。
兵庫県の貧しい地域で教師をやっていた東井氏は、当時の進学するためだけの学力を「村を捨てる学力」と表現し、地域を豊かにする「村を育てる学力」が必要だと訴えます。
戦後すぐの貧しい村で教師をしていた東井氏の下には「農家の跡継ぎにしたいから長男には勉強を教えないでほしい」といった切実な声が届けられます。
また、逆に「次男以下は食扶持がないから村から出ていって就職できるように勉強させてほしい」といった悲痛な声も聞こえる中で、勉強すると村から出ていく、村を出ていくために勉強する、といった教育の在り方に強く疑問を持ち、実践を通して教育改革を行っていきます。
詳しくは本著に譲りますが、その中でも私が特に注目しているところが2つあります。
1つは、以下の記述です。朝早くから夕方まで働いても働いても豊かにならない農家の現状に直面しながらも、実践を通して東井氏がたどり着いた学習の在り方です。
村の貧困も、この調子でいけば、絶対にどうにもならないというものではないと思われはじめた。そして、今の日本のみじめさだって、教育によって、打開できるものだ、と思われはじめた。でも、そのためには、学校は、各教科の在り方を、全面的に考え直さなければならないだろう。ものしりをつくりあげる教育体系でなしに、身のまわりの物事を、算数は算数の立場で、はてな?と不思議がり、こうかもしれないぞと考え、こうしてみたらどうか、と実際にやってみ、なるほどとうなずき、でも、いつでもどこでもそうなるか、とためしてみるというような行き方を、もっともっとだいじにしなければならないし、理科は、理科の立場から、はてな、おやおや、なぜだろう、こうかもしれないぞ、こうしてみたらどうなるか、なるほど、でも・・・・・・、と考え、考えてやってみる、というような在り方をだいじにしなければならぬ。国語も、社会も、そういうふうな、生きて働いていくものに育て上げることで、宿命にさえ見える現実の壁をつき破ることができるのだ。学習は、そういう学習にならねばならぬ。そうすることで、村の子どもの学力が低いという非難もふきとばすことができる、私はそう信じる。しかし、学習がこのようなものになるためには、学校だけがどんなにがんばっていてもむだだ。親たち、いや村の人たちみんなが、こういう学習を、ほんとうにほしがってくれるようになり、自分でも、頭を働かせる働き方を展開してくれるようにならなければならない。
この部分を読んだとき、私は、2020年から段階的に実施されている新学習指導要領と60年以上前に書かれた教師の実践の方向性との見事な一致に驚きました。
東井氏は、新学習指導要領が示している教科特有の見方・考え方を働かせる学習であり、それを実現するための「社会に開かれた教育課程」の必要性について明確に論じています。
私が注目したもう一つが以下の記述です。
近代産業の興る条件のほとんどを欠いているデンマークが、今日の繁栄を築き得たのはなぜであったか。すぐれた指導者によって、「愛」が育てられたからではなかったろうか。「愛」とは何か。「わたしのもの」という意識のことだ。私はそう思う。…(略)…「こと」が「人ごと」ではなくて「自分のこと」になると、無い力まで出てくる。…(略)…主体的な「愛」は、ものを、自分のものとしてかわいがり、しらべていく、行動的な学習を通してのみ、育て得るものだと私は信じている。それは、身のまわりの物事を、自分のこととして考え、処理していくような算数の形によっても育て得るだろうし、かわいがる理科、育てる理科、製作する理科というような形でも、育てられなければならない。…(略)…「村を育てる学力」は、何よりも、まずその底に、このような「愛」の支えを持っていなければならない。そこが単なる「進学用の学力」あるいは「就職用の学力」とちがうところであり、「村を捨てる学力」と本質的に違う点だと、私は思っている。そして、こういう学力こそ、村に残る子どもにとっても、町で働く子どもにとっても「しあわせを築く力」となり、子どもたちの、この世に生まれてきた生れがいを発揮してくれる力になっていくのだと、私は信じる。
この部分は、新学習指導要領が示している主体的・対話的で深い学びと同じだと感じるとともに、教師をしていた頃の自分にここまでの覚悟や理念を持って授業に向かっていたのか、大いに反省させられました。
東井氏は、自分の故郷ではない、でもその地域にある学校の教師として、その村を愛し、その村を豊かにすることを自分ごととして捉え、そして、村の未来の担い手である子ども達と向き合っていたのだと思います。それも、教師としての専門性を最大限に発揮しながら。
私が離島である海士町のまちづくりで学んだことも、この当事者意識であり、きっとそれは「愛」なんだと思います。
最後に、東井氏のこの言葉で締めたいと思います。絶版となっていて、なかなか手に入りませんが、是非、多くの教育関係者にこの本と出会ってほしいと願っています。
せまく、貧しい村の物事も、じっと愛情の目を注いでやれば、生き生きと身動いてくるに違いない。そしてそれがまた逆に、子どもたちを育ててくれるに違いない。私は、子どもたちの目をそのように育てることによって「村を育てる学力」を高めたいのだが、なお、どこが間違っているであろうか。村を愛し、自分の毎日の生活を愛し、大じにしている学習によって、子どもたちに主体性を確立してやることができることだし、それによって「学力」の高揚をはかることができるばかりか、子らに生きがいを目ざめさせることもできると思うのである。「村を育てる学力」は、子どもを村にしばりつけておくための学力ではなくて、子どもに、生きがいを育てる学力なのである。