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漫画家森薫と入江亜季展に行ってきた(東京、世田谷文学館)

Twitter/Xに書いたやつにちょっと加筆。

世田谷文学館の「漫画家・森薫と入江亜季展 ―ペン先が描く緻密なる世界―」見てきた

行ってきたよ!

うちの人がどちらの作家さんも好きで、会期が終わる前に見に行こうぜってことで車に詰め込まれて運搬いただきました。

地下駐車場に貼ってあったポスター
分かれ道(会場内はスマホであれば撮影可)
入江亜季さん紹介文
森薫さん紹介文

鑑賞のポイント面白い。
寄せ書きに『香川から』というコメントが散見されたのだけど入江さんのご出身地だというのもあるのかしら。

入江亜季 シバと朝顔観音
森薫 カラカルと砂漠の姫

美術展のメインビジュアル。
「朝顔観音」という名付けが良い。

コメントが楽しい

会場内には展示の至るところに作家さんご本人のコメントがあってとても楽しい。

『エマ』関連展示

こちらは漫画『エマ』の展示から。
イギリスのドアは内開きなのに外開きで描いてしまって悩んでそのままにしたというもの。確かにこれは不意の事故という芝居の根幹に絡んでいるので直すのは困難だねぇ。

『群青学舎』より
第34話スパイ・アンド・スパイ原画
単行本を読んでてもこの話(の絵)はインパクトあった
絵の下にあるキャプション

「何か変なことやってよ二頭身とか」
『群青学舎』第34話スパイ・アンド・スパイ

森さんは長めの丁寧な解説が多く、入江さんはざくっと切れ味の良い短文が目につきました。

『群青学舎』第23話原画と
第15話、第23話のキャプション

『「死ぬってどういうことか答えが出たら出てこい」と言われビジネスホテルにぶちこまれた思い出のある作品。(入江)』
薄明という物語についての作者コメント。
作家の缶詰って今も実際にあるんだ…
なお写真にある原画は別作品(第23話 北の十剣)のものです。

アンケート楽しい

『エマ』アンケート葉書原稿


アンケート葉書が面白くて原稿展示を結構じっくり眺めてしまった。

作家さんが自由にお題を設定できるのか、わりと「聞きたいこと」が違ったり変遷していくのが興味深かったです。

『エマ3巻』と『「エマ」ヴィクトリアンガイド』用のアンケート葉書原稿


森薫さん『エマ』のアンケートはキャラへの印象や好きなシーンを聞いたり次回作はどのネタが読みたいかといった、読者の作品への反応を見て次に繋げようとしているのが伝わってくる内容。あくまで作品アンケートの性質が強い。

『乱と灰色の世界6巻』アンケート葉書原稿
『北北西に雲と往け4巻』アンケート葉書原稿

一方で入江さんは読者自身についての質問が多い。
『乱と灰色の世界』の頃はまだしも『北北西に雲と往け』になると作品に関する質問自体が消えている。

特に『乱と…』アンケートに出てくる、あなたのお国自慢をして、とか、自分自慢をして、とかの質問がすごくいいなぁと思いました。
世界は美しくて素敵だよねそれシェアしたいよねという哲学がとても強い方なのだということが他の展示からも伝わってきました。身の回りの悪意も強く感じながら、それにかかずらわってるヒマなくない!?というオーラがほの見えるような、ネガティブに答えようのない質問設置。写真を撮らなかったけど展示の最後の方にあった漫画家を目指す人向けのコメントでも近いお話をされていたと思います。
今検索したら、テイラー・スウィフトのShake It Offが2014年リリース、『乱と灰色の世界』が2008年から2015年。ヘイトという言葉が一般化していった時代。何か底通するものを感じます。

翻って再び森さんの話。
入江さんが「森さんは死ぬまで読者に奉仕すると思う」と評していたり(この評がとても良かった※)、同人活動時代の森さんがコミケの男性向けジャンルに戸惑ったのち制服推しで描けるコスチューム系の?イベントに活動の場を置いたという話を見たりして、森さんは読者と応答する人なのだなと感じた。

※事前募集した質問にお二人に答えてもらう企画があり、その中の「お互いの作品について、魅力的だと思うところや印象的な作品(シーンや絵)などを語っていただきたいです!」という質問に対する回答。
以下に回答全文の引用を失礼します。作家森薫評として完璧だと思う。ヘドバン同意だった。

入江:盤石の安定感。読むことにストレスを感じないよう極力配慮されていて、それに気づく間もなく没入させてくれる。なにもかも、明らかにわかるように描いてくれている。キャラクターの性格と外見の同一性、変にひねったキャラを出さない。読者を決して裏切らないように、作者を安心して信じられるように配慮されている。ひたすらやさしい。森さんの読者への深い愛を感じます。信じていい作家です。森さんは文字通り死ぬまで読者に奉仕すると思います。森さんは作品のほうが本体で、人間の身体はただの装置なのかなと思うことがあります。心底尊敬します。

漫画家森薫と入江亜季展「Q&A①」質問④より

お二方とも趣味突っ走り型というか、自分のフェチや愛から出発するタイプなのかと思っていたので、森さんが読者にどう見えるかを注視しているというのはちょっとした感銘がありました。

『SCRIBBLES①』アンケート葉書原稿
『SCRIBBLES②』アンケート葉書原稿


森薫さん『SCRIBBLES』(2022〜)のアンケートではだいぶその傾向が減少して、入江さんのように読者自身のことを尋ねる内容へ移行しているように見えます。
このアンケートの添えられる本が一本の物語ではなく画集だからなのか、もう読者の期待に強めに寄せていく段階を通過したのかは不明。

近い時期にデビューした二人の作家、執筆/掲載時期は『エマ』→『乱と…』→『北北西…』→『SCRIBBLES』の順番でほとんど重ならないと思うので、作家のステップとして、お客さんの反応を見る時期から(売れていけば)過度に気にしなくてよくなっていくというシンプルな変遷が程度の差こそあれ誰にでもあるだけという可能性もあります。

北の地

『北北西に曇と往け』表紙原画

入江亜季さんの原画、色がめちゃくちゃきれいだった。写真にはうまく映らないね。別の場所で試行錯誤している段階の原稿もありました。

入江亜季 アイスランド取材写真

アイスランドの現地取材写真すごく良かった。作為的に美しく映そうとしている感じではなくて、資料的で、でも美しい。

入江さんの作品には、おにぎりやちくわ、レジのクレジットカードリーダーや屋外でコーヒーを沸かす道具など実写レベルの日用品の色付きスケッチがたくさんあり、そのまま単行本の裏表紙に採用されています。

森さんが端々で入江さんを「実体験主義/ジャーナリスト体質」とか「自然物は背景だが入江さんが描くと主役の存在感」と評していて、本当にその通りだと思います。


紫堂恭子『辺境警備』のために描かれた販売告知チラシの原稿(入江亜季)

辺境警備!
販促協力してたんだ!?

展示に入る前は絶対『ファイブスター物語』とか好きそうだからその辺に言及あるかもとか勝手に予想してたんですが、『辺境警備』が挙がるとは。入江さんが辺境警備好きって納得感すごい。
愛蔵書の棚もお二人の個性や姿勢が見えて面白かったです。

コーヒーアソート3種入り1200円

一階のショップにて。
『北北西に雲と往け』のコーヒーアソート。
そうだよねえ、あの作品ならコーヒーだよねえ!素敵だなちくしょう『エマ』や『シャーリー』のコラボでヴィクトリアンなお紅茶を出してくださってもよろしいのよ!?(紅茶党の嘆き)

お紅茶
壁面ビジュアル

うちの人が「弟さんいないんだ…」と呟いてた。
悪役や悪をどう描くかは作家性が出るね。

(ちなみにコーヒーには三知嵩ブレンドあったよ。POP曰く「深いダークさが瞬く間にフルーティーに変化する移り気な三知嵩ブレンド」とのこと)

その他あれこれ

『乱と灰色の世界5巻』背表紙原画

この絵、藤色というか、淡い紫の色がとても綺麗でした。
乱ってなんとなく、ひみつのアッコちゃんよりもふしぎなメルモの系譜のようなイメージだけど、直接的にはクリミーマミだなーと思った(個人の感想です)

実際のイラストはもっと色がめちゃくちゃ綺麗です。ちっとも映らないや。
入江さんの絵は紙で見てこそですねぇ。
線も色も繊細で全身像が多く顔が小さい。書籍での発色とかはとても良いと思います。

森薫「萌える眼鏡っ娘の描き方」描きおろし
ほとばしるメガネ愛

対して森薫さんは電子媒体でもよく映える。
輪郭線が太めでくっきりしていて見せたいものが分かりやすい。

『エマ』ドールハウス風イラスト

これは確かポスターかタペストリーみたいなものの原画。ミニキャラが可愛くて描き込みが愛らしくて所有欲くすぐってくる。持ち帰りたい感じすごい。出力形態や企画意図をよくよく理解されている。

『エマ』登場人物年齢番付番付

かわゆい。
年齢ではなく人生度。そこそこ、ぼちぼち、それなり、だいぶ、その他(年齢不詳と本人希望により辞退)。

展示に連れてきてくれた同行者によると、入江さんについては会場の寄せ書き用クロッキー帳に熱心にコメントを書いている人が多く、森さんについてはSNSに感想を書いている人が多い印象だったそうです。面白いですね。それを聞いて、入江さんのファンはフォロワー、森さんのファンは同志なのかなとちょっと思いました。ちなみに私はどちらの作家さんの作品も同程度に好きで、同程度にど真ん中ではない感じです。

自分は漫画や絵を描きたいという欲がないのであまり絵には目がいかず、ついつい文面や感情、人となり、エピソードの面から展示を見ましたが、絵を描く人だといっそう見るものが多そうです。
漫画の描き方のコーナーや使っている道具、製作過程のプロットやラフや下書き、クロッキーや資料、アマチュア時代の同人誌、その他の私物なども潤沢にあり、大変なボリュームでした。(これ入場料1,000円なの実質無料の枠だと思う)

入江さんが原稿を入れて遅刻提出したとおぼしきKADOKAWAハルタの封筒
大人の極道入稿

この封筒かわいかった。
封筒の上に見えてるのはのし紙で、美味しいもの食べて頑張ってください的なメッセージが入っていました。

後から同じ会を見に行った人の発信を見たら建物入口のドアにもばーんとビジュアルがあったみたい。地下からそのまま上がっちゃったので見逃した(笑)

とっても楽しかったです。
クリエイターが二人いるだけでこんなに膨大なものが生まれ来るんだなぁと圧倒されました。

会期は2月24日まで。


#漫画家森薫と入江亜季展

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