「よいビジネス」を考える。3月はB Corp Month。
合同会社ティーアクティビストはBコープ認証取得を目指しております。
Bコープとは何ぞや?という方においては、
こちらの本や
こちらの本
また、Webページではこちら
を参考にされると良いかと思います。
ただ、もう少し詳しく知りたい人にとっては意外と日本語で書かれたものが少ないのが現状です。
毎年3月は国際的にBコープ月間とされており、世界中でさまざまな活動が予定されています。
そんな3月。Bコープに関する情報や話題が少しでも増えれば良いなと思い、恐縮ながら昨年秋から今年にかけて大学で私が書いた長い文章「Bコープ認証取得における企業の期待と認証取得後の変化に関する研究」のⅠ章からⅢ章(概要と先行研究をまとめた箇所)を下に貼り付けております。
最後の参考文献リストだけでも今後Bコープについて勉強したい方や研究したい方への参考になるかと思います。
ご質問等ある方はteaactivists@gmail.comまで気軽にご連絡下さい。また本文において誤った解釈や情報がある場合は全て著者である私の責任です。その点も事前にご了承頂けたらと思います。
「Bコープ認証取得における企業の期待と認証取得後の変化に関する研究」
Ⅰ. はじめに
企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility:CSR、以下CSRと表記)は近年その対象範囲を広げ、より複雑になってきている。従来議論されてきた企業不祥事、地球環境問題に加え、人権と多様性への配慮、国家間の戦闘における技術提供などその対象は広がりを見せる。さらにはグリーンウォッシングやピンクウォッシング[1]などCSR活動の実態に関しても社会から評価の目が向けられるようになった。
Carroll(1999)はBowen(1953)による著書『ビジネスマンの社会的責任』の功績からBowenを「CSRの父」と呼ぶべきだとしたが、CSRの議論は100年前のSheldon(1924)『経営管理の哲学』までさかのぼることができる(田村, 2015; 加賀田, 2006)。CSRは社会の変化に合わせてその姿を変える。Frederick(2016, 2008)は時代ごとのCSRの変化を5つにまとめた。2000年以降は「サステナビリティ」と名付けられたコンセプトの時代だと説明する。「サステナビリティとは、企業、政府、環境活動家、そして個人が一体となって、地球の暗い未来を覆すために行動することに焦点を当てたもの」(Woldeamanuel & Devi, 2021)だとされる。また、価値創造の機会として「受け身のCSR」から「攻めのCSR」への変化を訴える議論のなか「共通価値の創造(CSV)」や「コレクティヴ・インパクト」(Porter & Kramer, 2006, Kania & Kramer, 2011)といったコンセプトが提唱されている。
このような時代に注目を集めているものが本論文で取り上げるBコープ認証である。Bコープ認証は米国のNPOであるBラボが「社会や環境によい会社」に与える国際認証である。2007年の認証開始以降、取得企業が世界中で急増している。このBコープの躍進は認証制度だけに留まらない。株式会社や合同会社に続く新しい法人形態としても波及し、日本国内においても岸田内閣の主要政策である「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(令和4年6月7日)」にて言及されたことは記憶に新しい。本論文ではこのように注目を集めるBコープ認証についての先行研究を整理し、そこで不十分だった点を指摘し、独自の調査により認証企業の実態と認証が企業に与える影響を明らかにしていく。
本論文の構成は以下のとおりである。次のⅡ章ではBコープの概要、現状、直近のトピックスを整理し説明する。Ⅲ章では、Bコープ認証に関する先行研究の調査を行う。Ⅳ章にて研究課題と仮説の設定をする。Ⅴ章では仮説検証のために設計したアンケート調査について説明し、Ⅵ章にて調査結果、Ⅶ章に調査をふまえた考察を記し、Ⅷ章に本論文の限界と今後の課題を述べる。
Ⅱ. Bコープとは
1. Bコープ認証
Bコープ認証(Certified B Corporation)は2006年米国ペンシルベニア州で生まれた非営利団体「Bラボ」による環境や社会に配慮した企業に対する認証制度である。Bラボは「Make business a force for good」をビジョンに元実業家のコーエン・ギルバート氏、バート・ホウラハン氏、アンドリュー・カッソイ氏の3人により2006年に設立された。彼らの認証制度は株主以外の利益も考慮すべきだとするステークホルダーモデルの実現を目指して作られている(Marqius, 2020)。
Bコープの「B」は“Benefit”の頭文字を表している。2007年より認証制度が始まり初年度は42社だった企業数は2024年1月4日時点で8,025社[2]、世界95カ国にまで広がっている。アパレル、化粧品、食品、製造業、金融、コンサルティングなど160を超える幅広い産業の企業が認証を受けており、代表的な企業としてパタゴニア(アウトドア)、ダノン(食品)、イソップ(スキンケア)、コンチャイトロ(ワイン)などがある。また世界最大級の消費財メーカーであるユニリーバは子会社としてベン&ジェリーズ(アイスクリーム)、サー・ケンジントン(ケチャップ)、パッカ(ハーブティー)、T2(紅茶)など8つのBコープ認証企業を有している。
日本における取得企業は36社(2024年1月4日調べ)にとどまるが、2023年だけで18社も増えており急拡大を見せている。
2. 法人形態としてのBコープ
米国でベネフィットコーポレーション法によって制定されたPublic Benefit Corporation(以下、PBCと表記)と呼ばれる法人格がある。これはBラボが州政府に働きかけたことにより実現した新しい法人格である。PBCは営利法人である一方、公益の追求を目的としており、企業の取締役は株主の利益以外の利益を考慮することが義務付けられている。各州法によってその詳細が決められており、2010年にメリーランド州で初めて制定されたのを皮切りにデラウェア州(2013年制定)を含む37を超える州で立法化され、2017年12月までの間に7,704社のPBCが設立・移行により誕生している[3]。この公益を目的に含めた営利企業の形態は米国内だけに収まらず、イギリスのCommunity Interest Company (CIC)、フランスのEntreprise à Mission (ミッションを有する企業)、ドイツの公益有限責任会社(gGmbH)など世界中に広がっている。
Bコープ認証企業とPBCは理念や活動において重複する部分があるが、異なる制度である。法人格と認証制度を混ぜて議論することは混乱につながるため、本論文では1節で説明したBコープ認証企業にのみ着目し、論じていく。
3. Bインパクト・アセスメント
認証を受けるためにはBラボが実施するBインパクト・アセスメント(B Impact Assessment:BIA、以下BIAと表記)に回答し200点中80点以上を取得する必要がある。具体的には、ガバナンス、従業員、コミュニティ、環境、顧客の5つの分野に関する200の質問に答え、企業全体の社会・環境に対するパフォーマンスを数値化することが求められる。一般企業の平均スコアは50.9と発表されており、最終の認証取得率は2.5%と報道されている[4]。また認証を受けた企業のスコアはBラボのWebページで公開されており、誰でもそのスコアを確認できるように整備されている。
BIAは企業の社会・環境へのインパクトを計測し管理するためのツールとしても使われており、24万を超える企業が既にBIAを使用している。包括的な基準を持ったBIAの質問に答えることで、企業は信頼できる指針を計測し、管理し、向上させることができる。また、同業他社との比較、継続的なインパクト改善に使用できるとその効用をBラボは説明している。
このBIAは企業の属する産業やその規模によって各分野の採点割合が変わる。自らが置かれている産業や従業員の数などによって、企業が与える環境への負荷やコミュニティへの関わり合いなどが変わると考えられているからだ。それらが考慮され、社会・環境へのインパクトが適切に計測されるように設計されている。
認証期間は3年であり、更新するには再度審査を受けなくてはならない。またBIA自体も過去に5度内容を見直しており、その変更にはB Labから独立したStandards Advisory Councilと共に最新の研究内容や調査を踏まえた結果を取り入れ改良されている。現在は2019年に1月に改訂されたVer.6であるが、2025年に過去最大の変更が行われる予定である。今回の変更では総合で80点以上という認証基準が見直され、10のコアトピックに対して最低限の成績がないと取得できない仕組みとなる予定である。具体的には①Purpose & Stakeholder Governance ②Worker Engagement ③Fair Wages ④Justice Equity Diversity & Inclusion ⑤Human Rights ⑥Climate Action ⑦Circularity & Environmental Stewardship ⑧Collective Action ⑨Impact Management ⑩Risk Standards である[5]。
4. 現在の取得プロセス
現在実施されている申請の流れを具体的に説明する。Bコープ認証取得を希望する企業はまずオンラインで先述したBIAを実施する。80点以上を獲得した企業はその評価結果と回答の根拠となる資料を共にBラボに提出する。その後Bラボ担当者による電話やオンラインでの適正審査(Review Process)が複数回行わる。この審査では認証を受けるうえで禁止されているネガティブな事業や活動がないかの確認も含む。さらに年間売上が50億ドルを超える多国籍企業に関してはB Movement Builders programの受講が求められることに加えてBaseline requirementsと呼ばれる人権や納税の方針など、第3者機関に認められた透明性のあるレポートの提出が必要となる。このような厳密なプロセスを経て最終結果が通知される。現在申請企業が急増しており認証までに1年以上必要になるケースもある。これら全ての資料作成、面接は英語で行わなければならない。申請費用は無料であり、認証後年会費が必要となる。売上によって異なり500ドルから50,000ドルとされている[6]。
また、現在申請が急激に増えており「本部からの審査が開始されるまで一時期は1年以上(2022年9月時点では半年強だった)」[7]必要になっている。この状況を打破するためにBラボは本部メンバーの増員だけでなく2022年2月にはGenashtim社と審査での連携を発表している[8]。
取得を助けるBコープ・コンサルタントも誕生しており、多くがISOなど環境マネジメントのコンサルタントが兼任している。日本国内では10名程度が業務についているとのことである[9]。認証を取得するためにはアセスメントをどこのポイントを稼ぐか「コツ」が存在しており、複雑な取得プロセスだけでなく、そのノウハウを提供している。その人気は高まっているようである。
5. グローバルな展開
Bラボの活動は世界に広がっており、世界に13のグローバルパートナーが存在している(2023年10月時点)。設立当初、創立者たちはアメリカ国外での活動には興味がなかったが、南米の社会起業家たちの目に留まったことで「Sistema B」という名称にて2012年春にチリ、アルゼンチン、コロンビアの3か国に活動が広がった。他のグローバルパートナーとは異なる成長をしており現在では南米10の国と地域で「Sistema B」が活動しており7つの「B Local Communities」と500社を超える認証B Corp企業が存在している。この「Sistema B」を除くと地域内連携のために各国のBラボまたその準備団体としての「B Market Builder」が存在する。時系列で具体的に見ていくと2013年に「B Lab UK」「B Lab Europe」「B Lab Australia & NZ」、アジアでは2016年にAsia Pacific B Corporation Associationが発足し「B Corp Taiwan」を皮切りに7つの拠点がある。日本では2019年に日本支部の準備団体である「B Market Builder Japan」として設立されており、2024年に「B Lab Japan」が誕生する予定となっている[10]。
6. 直近のトピックス
2023年6月、東京証券取引所のグロース市場に株式会社クラダシがBコープ認証企業として国内で初めて上場し話題となった。世界では46社(2022年末)のBコープ認証企業が上場している[11]。ハンドメイド商品の通販サイトを運営するEstyのように株主の理解を得られずに認証継続を諦めた企業もある。株式市場でのBコープ認証企業の動向は今後ますます注目されるだろう。
多国籍食品メーカーであるダノンは2025年までに全ての子会社がBコープ認証を取得することを宣言している(ダノンジャパンは、⽇本の大手消費財メーカー・⾷品業界で初めて、2020年5⽉にBコープ認証を取得済)。Bコープ認証をどのように戦略や企業文化に組み込んでいくかが注目されたが、2021年3月には業績不振を理由にファベールCEOは解任された。パーパス経営やESG経営の難しさが問われる事案となった[12]。
Bコープの活動が拡大するに伴い、認証制度自体への厳しい目も向けられ始めている。ダノンと同じく多国籍企業であるネスレ・グループのネスプレッソによるBコープ認証取得(2022年4月取得)は人権や環境問題を隠すグリーンウォッシュであると30社を超えるBコープ認証企業より批判され、Bラボへ抗議文書が送られた[13]。また英国の人気クラフトビールメーカーであるBrew Dogは2021年2月にBコープ認証を受けていたものの、従業員からの労働環境に関する告発が問題となり2年を経たずに資格を失うこととなった[14]。認証制度の信頼が問われる出来事となっている。
最後に日本でのBコミュニティについて触れておきたい。2023年3月11日に東京・渋谷にてBラボの支援のもと国内15社以上[15]のBコープ認証企業が一堂に集まる国内初のイベント「Meet the B」が開かれた[16]。会場ではトークイベントと企業の担当者と実際に話ができるブースが設置された。Bコープの理念を伝える機会として運営されているだけではなく、参加者間での自由なネットワーキングも目的とされた。筆者もこのイベントに参加したが会場は人が溢れ、関心の高さが感じられるイベントであった。関西では2023年11月8日から12日までルクア大阪にてBコープ認証企業の商品を集めた「B Corp認証のいいものマルシェ」が開催された[17]。フロアの一角での展開であったがBコープ取得を目指す企業の相談会などもあり、関西でのBコープの認知度を高める貴重な機会となっていた。
Ⅲ. 先行研究調査
1. 「取得の動機」と「経済・社会的な変化」
Bコープ認証企業について研究の歴史はまだ浅い。BラボによるAnnual Repot 2022では過去に64の学術論文が発表されたと記されている。しかし認証企業の増加に伴い論文の数も年々増加している。本章では先行研究をまとめ、本論文での研究課題と仮説につなげる。
Elsa Diez-Busto et al.(2021)は2020年までの先行研究を調査し50の論文を取り上げ、執筆時点での総括を行なっている。Bコープ研究を「大きな可能性を秘めた未開拓な分野」としながら、先行研究を大きく2つのトピックに分類している。1つは認証を受けた企業の「取得の動機」について。もう1つは認証企業の「経済・社会的な変化」についてだと記している。
「取得の動機」における研究はKim et al.(2016)の論文が筆頭にあげられる。この論文では、企業が環境やコミュニティなど多様なステークホルダーへの配慮を公に主張するために認証を目指したということ、それによって競合他社と異なる独自のアイデンティティを獲得することに魅力を感じたことを明らかにしている。またHarjoto et al.(2019)は賃金が低い企業ほど認証を早期に導入する傾向があることに加え、法人格としてベネフィットコーポレーションの設立が認められている州、失業率の高い州、女性オーナー企業でより多くのBコープ認証が生まれていることを指摘している。組織内部の動機だけでなく外部環境も取得に影響を与えていることはHickman, L(2014)や Putnam & Matthews(2020)によっても指摘されている。Kim & Schifeling(2022)によると大量解雇や経営者と従業員との所得格差、自社株買いなどが見られる業界ではBコープになる企業が多いことを新たに示した。またBラボのWebページなどからテキスト分析を行い認証取得の動機を2つ明らかにしている。その1つは利益最大化を目的とする既存ビジネスへの反対・挑戦を強調するためということ、もう1つは過大広告ではなく本物の社会活動をしているという自社の誠実さ・真正性(Authenticity)を獲得するためだという。
認証後の「経済・社会的な変化」に関してはChen and Kelly(2015)による調査が第一にあげられる。この調査では認証企業と競合の業績を比較したところ、生産性に違いは見られなかったが、認証企業の方がより高い売上成長率を達成できたと記している。Romi et al.(2018)も同様に売上高成長率が同業他社より著しく高いことを指摘しているが、先述のChen and Kelly(2015)と異なり、従業員への待遇が良い企業においては生産性も競合と比べ高い結果になったと記している。Paelman et al.(2020, 2021)は認証前と認証後の1年の売上を比較して、認証が売上を増加させる影響があることに加え、経済的効果は認証取得後時間が経過するにつれて増加するため、効果が十分に現れるにはある程度の時間が必要であることを指摘している。また、新型コロナウイルスの影響下におけるイタリアのファッション業界におけるBコープ認証企業の経済的影響について調べた研究(Ferioli et al., 2022)では上場企業よりも良好な財務指数(ROA)であったことを検証している。
その一方でGazzola et al.(2019)はイタリアの認証企業を対象にBIAスコアと利益額との関係を調査したが、確かな結論までには至らなかったとしている。また、Gamble et al.(2019)においては認証を取得することによってむしろ経済的成長が遅くなったと記している。Patel P C , & Dahlin P(2022)においてもBコープ認証後の経済的利益は限定的であり、株式保有者の参加も減少していることを明らかにした。
これらの議論の最も新しいものとして2023年にBラボが公式に発表した財務とレジリエンスに関する調査報告書がある。2019年と2020年、2020年と2021年の両方の期間でBコープ企業の売上の伸びを調べた際、その他の企業と比べて20%以上高い成長率が見られたと記している。また新型コロナウイルスのパンデミック前後の期間における企業の残存率に関してもBコープは優位な結果であったことを発表している。
2. その他の視点
Elsa Diez-Busto(2021)によると初期の先行研究では、法人格のPBCとBコープ認証企業が一緒になって議論されることが多く、そもそも用語の正確な使い分けがなされていなかったことを指摘している。
その他の視点として企業側からの研究だけでなく、消費者がBコープ認証の商品を購入する際の主な動機についても調査が行われている(Bianchi et al. 2020)。これによると南米チリで20名の消費者を対象にした調査ではBコープ製品を社会に良い貢献をしているものとして好意的に評価しているということである。イタリアのファッション業界について調査した先述のFerioli(2022)においても消費者は持続可能なエコファッションに関心を持ち、プレミアム価格を支払うことが記されている。
Villela et al. (2021)は認証取得後のBIAスコアへの取り組みについて記している。ブラジルの認証企業4社を対象にしたこの調査は、取得時には高得点を獲得していたにも関わらず、4社全てがスコアを向上させるロードマップを作成していなかったことを明らかにしている。そして、この4社にとってBコープ認証取得の中心的な目的は、投資家、顧客、消費者からの対外的な評価を高めることであったこと指摘している。この結果をもとにステークホルダーによるチェックや監査の重要性を訴えている。また、そのスコアを測定するアセスメント自体の脆弱性を指摘する研究もある(Silva et al. 2022)。これによると5つの評価項目の中で特に「Governance」と「Customer」の指標と尺度に課題があり、改善する余地があるとしている。
またBコープ認証企業を対象に社会的責任を実行することによる戦略的優位性について研究されたものもある(Chauhan, Y.; O’Neill, H.M, 2020)。これによるとBラボという外部からの承認であるBコープ認証は社会的・商業的目標へのコミットメントを向上させ、従業員の組織的アイデンティフィケーションを向上し、自社のカテゴリーを確立することに寄与する。さらにそれは収益性と社会福祉という2つの論理(logics)を強化し、維持できる可能性があることを述べている。
認証制度を外部や内部とのつながりという視点から考えるとシグナリング理論が興味深い。ISO26000を事例に調査された先行研究(Moratis, 2018)では、CSRは観察可能性が低いため企業とステークホルダーの関係には情報の非対称性が生じると指摘し、CSR規格(認証)を採用し、これをシグナリング・デバイスとして利用することは、企業が真のCSRの質を明らかにすることにつながり、情報の非対称性を軽減する戦略として活用できることを指摘している。
Bコープ認証企業と離脱した(認証の更新を止めた)企業に関する研究もあった。Kim, Y.(2021)は従業員10人以下の会社がB Corp認証から離脱することが多く、認証を続けている企業の方が総じてスコアが高いという結果が見られた。また、それ以外の違いは確認できなかったと記す。また、ファイナンス・サプライチェーンとエージェンシー理論からBコープについて研究したMorais(2022)やトリプルボトムライン理論から認証企業の環境への影響に着目したLiute et al.(2022)など、いま世界中で様々な視点からの研究が進められている。
最後にそのトリプルボトムライン(以下TBLとする)の「リコール」について触れておきたい(Elkington, 2018)。1994年にElkingtonは企業の活動を財務パフォーマンスだけでなく「環境」「社会」「経済」の側面から評価するべきだと考えるTBLを提唱した。その後のESG投資やCSR(企業の社会的責任)、環境レポートに影響を与えたが、現実での活用において形式的なコンセプトになっており問題解決に繋がっていないとして2018年、Elkington自身によって突如TBLの撤回が発表された。その発表を宣言した論文内に「希望の光」「勢いのある活動」と記されたのがベネフィットコーポレーション並びにBコープ認証についてであった。このことからもBコープ認証の先進性と高い期待が理解できるかと思う。
3. 日本での先行研究
Cii Niiにて“Bコープ”、“B Corp”、”ベネフィットコーポレーション”、“Benefit Corporation”をキーワードとして先行研究を検索したところ(2023年10月17日実施)36の学術論文・紀要雑誌論文・研究ノート・報告書を確認することができた。そのうち過半数を超える22の先行研究では法人格としてのベネフィットコーポレーションについて述べられており、アメリカでの法制度の動向(林, 2021)や日本での導入にあたっての示唆(長畑, 2021)そして企業買収や取締役の責任など実務視点(畠田, 2019,2020,2021)などを確認できる。法制度と共に認証制度についても触れられているものもあるが(藤田 ,2016)その違いを紹介するにとどまっており、多くが法制度の設計やその背景となるステークホルダー主義の思想を解説した(田村 ,2016)ものとなっている。
Bコープ認証企業について取り上げられた10の文献においては、ムーブメントとしての概要と課題(藤田,2017)、日本で普及しない理由についても言及された(Jones, 2021)、そして事例研究として鈴木(2022)、高橋(2023)が確認できる。しかしながら依然として研究数は少ない状況であり、認証企業数の増加に合わせて今後のさらなる探求が期待される分野と言えるだろう。
[1] グリーンウォッシュが環境に配慮していると見せかける広告であるのに対しピンクウォッシュはLGBTQ+に関する見せかけのイメージ戦略とされる(https://ideasforgood.jp/glossary/pinkwash/)。社会的側面を偽って強調したブルーウォッシングも存在する。
[2]このレポートの執筆を始めた2023年10月8日時点では7,554社。3ヶ月間で500社の増加があった。
[3] 内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局 令和4年4月「基礎資料」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai6/shiryou1.pdf
[4] 東京新聞2023年8月7日「環境配慮で目指せ 国際認証 広がる「Bコープ」 企業・商品 信頼に直結」https://www.tokyo-np.co.jp/article/268448
[5] B lab「Frequently Asked Questions about the Evolution of the Standards for B Corp Certification」https://kb.bimpactassessment.net/support/solutions/articles/43000651678-frequently-asked-questions-about-b-corporation-performance-requirements-2020-2021-review
[6] B lab 「B Corp Certification Fees outside」https://pardot.bcorporation.net/l/39792/2019-08-14/93tdtb/39792/212837/B_Lab_Direct_B_Corp_Pricing_One_Pager__1_.pdf?_ga=2.193531370.69685000.1618028143-1569591884.1610120248
[7] Be The Change Japan 2022年2月26日「行列のできる認証B Corp、その裏で」https://bthechgjapan.net/certification-backlog/
[8] B lab 2022年2月9日「B Lab taps verification partner Genashtim to address growth and wait times in the B Corp Certification process」https://www.bcorporation.net/en-us/news/press/blab-genashtim-verification-partnership/1
[9] 2023年11月に大阪でのイベント時に著者がBコープコンサルタントへ直接ヒアリングした。
[10] 日経ヴェリタス2023年10月31日「企業の環境配慮「Bコープ」、認証機関が日本拠点設立へ」https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK248VD0U3A021C2000000/
[11] B lab 2022年Annual Report https://infogram.com/1te9x6k1pgzx0lbwo7490melglizo4md81
[12]日経ESG 2021年5月19日「仏ダノン、パーパス経営のCEOを解任」 https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/column/00005/051200078/
[13] https://fairworldproject.org/the-b-corp-standard-is-at-risk/
[14] FAIR WORLD PROJECT 2022年6月15日「The B Corp Standard is at Risk」 https://www.theguardian.com/business/2022/dec/01/brewdog-loses-its-ethical-b-corp-certificate
[15] イベント開催時点で日本の認証企業は20社であった。
[16] PR TIMES 2023年2月28日「日本で初めてB Corpが一堂に会する参加型フェア「Meet the B」イベント詳細発表!」https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000115934.html
[17] PR TIMES 2023年10月25日「「B Corp認証のいいものマルシェ」をルクア大阪で初開催!」
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