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西尾久テクノ

みなさんは、このタイトルを見て何を想像しますか。

下町の中小企業?

子供の習い事の教室?

若い人たちのボランティアグループ?

先日あった出来事を。

 ◇ ◇ ◇

去年、近所に串揚げのお店ができた。

もともと串揚げのお店だったが、経営者が代わった。

開店してまもなく、近所の英会話教室の先生でイギリス出身の人が、感想を教えてくれた。

彼は日本人と結婚されていて、人生の半分以上日本で暮らしていて、西尾久にも長いので、西尾久ネイティブだ。

「センスの良い音楽を流していて、雰囲気もいいし、お酒の種類もたくさんあるし、ツマミもうまい。音響もいいし、子供もOKの居酒屋タイムと、夜のDJタイムが分かれていて、夜は照明も落ち着いて音量が上がって、子どもは駄目で、煙草がOKになる。」

ふじ天さんにピッタリだ、と上機嫌で満面の笑みで帰っていった。

(私はタバコは吸わないが、それ以外はまさに…)

 ◇ ◇ ◇

先日、少し小柄だけどパワーとオーラに溢れている人が満面の笑顔で来られた。

見覚えはあるが、誰だっけと一瞬戸惑う。

最近、人の顔が覚えられない。

弥栄いやさかです!」と、その串揚げ屋さんの名前を聞いて、あっ!と分かった。

「東翔さんが、明日の日曜日、DJをやるから是非来てください!」、と。

「東翔」さんとは、千住市場内のお店の名前で、魚介類を売りながら、まったく別にDJをしていると聞いていた。

不思議だなぁと思っていたのだが、近所の「弥栄」さんとは、DJ仲間としてのお付き合いがあり、魚の仕入れもされていると。

私の店も、東翔さんには何度となくお世話になっている。

まさか、共通の知人がいるとは…

 ◇ ◇ ◇

当日、私の都合で予定よりも大幅に遅れてお店に行ったため、東翔さんのDJタイムは終わっていたがお会いすることはできた。

DJブースはお店のオーナーに変わっていて、彼の音楽の世界に次第に浸かっていく。


おしゃれだけど、家庭的

同じようなメロディーが何度も繰り返されつつ、少しずつ変化して、気がつくと別の曲に移行している。

まるで一つの曲が永遠に形を変えて流れているようであり、お酒が進んでくると、ボーッとしてきて時間の流れが遅くなるというか、時間の感覚すらなくなってくる。

昔、「地獄の黙示録」というベトナム戦争の映画があった。主人公は海沿いにある米軍の基地から川をずっとさかのぼりながら上流の村に住むある人の殺害任務につく、というもの。

何度となくその映画を見たが、川を遡るにつれて、どんどんプリミティブな世界になっていって、川を遡っているんだか、自分の表層心理から深層心理に遡っているのか分からない感覚に陥る。

オーナーの選曲してつないでいく音楽を聴きながら、地獄の黙示録を観ている時を思い出した。

まるで、少しずつ自分の心の奥にドンドン遡っていくような感覚。

一緒に顔を出した知り合いにそのことを言ったら、「だからマリファナに合うんですよ!」と知ったかぶっていた。

 ◇ ◇ ◇

お店の雰囲気も音楽もお客さんも精練されているのに、どこか西尾久っぽいゆるやかで、DJ空間初体験のわたしでも居心地が良かった。


お酒の種類も価格帯も素晴らしい

お店の人もお客さんも、お互いに好きな音楽を楽しみ合う関係で、一人で没入する人はそれでよし、会話を楽しむ人はそれで良し、お互いに対し、フラットにリスペクトし合っている感じが素敵だった。

そこにいる人たちだけでも「音楽」だった。

一期一会一曲

いま書いている感想は、後からジワジワ言葉として出て来たもので、お店にいる時は、もっと平たく単純に感想をマスターに伝えると、彼は「西尾久テクノ!」と何度となく言われていた。

ジョン・カビラさんみたいに良い声

(西尾久テクノ?、あれっ、なんだっけ、この言い回し、聞いたことあるぞ)

思い出せなかったが、あとで思い出した。

「デトロイトテクノだ!」

いわゆるテクノと呼ばれるダンス・ミュージックはアメリカはミシガン州のデトロイトが発祥の地とされており、その地から誕生したテクノやアーティストたちによるダンス・ミュージックを「デトロイト・テクノ」と呼んでいます。
シカゴ・ハウスに影響を受けながらも独自の解釈で新たなダンス・ミュージックを作り上げ、主にホアン・アトキンスさん、デリック・メイさん、ケビン・サンダーソンさんといった3人のDJ~プロデューサーたちがオリジネイターとして知られています。

https://www.ragnet.co.jp/detroit-techno-songs?disp=more

 テクノがデトロイトから生まれたように、西尾久から、新たなミュージックシーンを作り上げようとしているのだろうか!?

このプリミティブな町から…

 ◇ ◇ ◇

西尾久はプリミティブな町だ。

他県に行くと、大きなショッピングエリアとロードサイド店舗しかなくなってきていて、程よいプリミティブな場所は無くなりつつある。

家族経営の路面店で、昭和な対面販売の残る、それでいて大きな資本も入らず、うら悲しさもスパイスになっている町。

若くして、西尾久を気に入って店舗を開いてくれる人達は、このプリミティブさがポイントになっているのかもしれない。

そこから生まれる何かがあるか、どうか、

 ◇ ◇ ◇

「西尾久」という地名は、ずっとダサくてなんの魅力も感じない文字列だと思っていたが、新しく来てくれる彼らが積極的に使ってくれるのが、心底うれしい。

最近、「西尾久」の名前に命が吹きかかった気がする。

息子の受験が終わったら家族で、西尾久テクノを聴きに行こう。乾杯だ。

Instagramにアップした投稿でお別れ。