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しまなみ海道から来た手紙

二十歳になる頃。

日本アドベンチャーサイクリストクラブ(以後JACC)に入会した。

自転車で海外を走って世界中の人と交流しよう、という団体。

戦後、日本は1ドル360円という固定の時代が続いていて、日本円の外国への持ち出し額にも制限があった。

情報もない、お金もない、そんな時代に自転車で世界に飛び出して、地球を一周した猛者達がいた。

その先駆者が作った組織であり、その後に続いた先駆者たちがほぼ勢揃いの団体だった。

そんな先駆者達の海外レポートは、サイクリング誌で連載されていて、10代の私も読んで発奮させられた。

 ◇ ◇ ◇

私は大学でサイクリング部に入り、国内での長期キャンプツーリングに慣れた頃、JACCで2歳くらい上の人のアメリカ自転車横断の文章を読んで、脳内が沸点に達し、その場でその人に電話をした。

すぐにJACCに入会し、情報を集めて、春休みにニュージーランド南島を一周することを決めた。

 ◇ ◇ ◇

一ヶ月に1回、新橋で行われていたミーティングでは、雑誌で連載されているような自転車世界一周レジェンド達が普通に顔を出していた。

本当にすごい人は、一見普通なんだと驚いた。

その活動のおかげで、インターネットはない時代でも、かなり情報が増えていた。

私が二十歳の頃は、日本がバブルに向かっている時期であり、学生で海外に行くのが当たり前、と言うくらい海外ブームで、自転車を持って外国に行くことも、そんなに障壁はなかった。

そうなると、自転車で世界一周を予定する人も増えてきて、中には更に新しくびっくりするような旅の仕方を考える人も出てくる。

私と同じ頃に入会して、同じくらいの年の人。

彼は、タンデム(二人乗り自転車)で世界一周をすると言い出した。

前代未聞だ。

日本では二人乗り自転車の走行可能な自治体が確か2つしか無かったから、相当マイナーな自転車の乗り方だ。

さらに、相方である奥さんは、全く体力がなく、自転車の経験もほとんどない。

「無理に決まっているじゃん」

私は思った。多くの人もそうだっただろう。

彼は資金を貯めるために、猛烈に働いていた。

そして、旅立ちの日が決まった。

 ◇ ◇

彼の熱い夢に負けたくない。

そんな気持ちで、自分の夢を持たないと恥ずかしい気持ちになっていた。

彼は夫婦での二人乗り自転車の世界一周が夢。

私は彼に「外国人向けのゲストハウス経営が夢」、と告げて、彼らのゴールとどちらが先に達成できるか競争しよう、と、どちらからともなく言った。

結局。

彼は、日本人で初めて二人乗り自転車での世界一周を成し遂げた。

私は何も成し遂げていない。

それだけでない。

彼が夢を達成した前後、彼の故郷に「しまなみ海道」が完成した。本州と四国を繋ぐ、自転車も利用できる橋。

いま世界中のサイクリストが、ここを目指してやってくる世界トップクラスのサイクリングルート。

彼は日本に帰ってきてから、地元であるしまなみ海道を、国内外の全ての旅行者を対象に自転車の観光で活性化するようなNPOを始め、ガイドはもちろん、ゲストハウスにも関わっている記事を見かけた。

かつての夢の競争は…

圧倒的な完敗だ。完敗。

世界一周だけでなく、ゲストハウスまで。

 ◇ ◇ ◇

彼らが日本に帰ってからも、お互いの夢を語り合った昔のことはずっと頭にあった。

その後も、私は淡々と生きて、自転車仲間の誰もが予想しなかった結婚をし、息子は、そろそろ大学入試が終わる。

息子はこれが終わったら、しまなみ海道を自転車で走りたい、と言う。

こんな親子旅も最後か。

いろいろスマホで現地のことを調べてみた。

単発での情報はいくらでも入手出来るが、総合的、俯瞰的に見ることが難しい。

「やっぱり本かなぁ」と検索してみると、ちょうど良いサイクリングガイド本があった。

Amazonでポチる直前、その本の著者を見ると、まさに彼だった。

しまなみ海道のシクロツーリズムではレジェンドになっていた。

今日、本が届いた。

送り主はAmazonではなく、NPOから始まっていた。住所はしまなみ海道の南のゴールの今治市。

「あれっ、まさか?」

封筒がパンパンだったので、ハサミで注意深く口を開ける。

本の頭が見えた。

何か貼ってある。

納品書だろう、しかし、随分立派な紙だなぁ。

取り出してみると。

なんと、手紙。

30年会ってないんだよ。

Amazon経由だよ。

何で俺の名前を覚えていて、手紙まで書いてくれるの。

「是非、しまなみ海道を走る時には連絡をください」と、連絡先が。

こんなこと、あるのか…

 ◇ ◇ ◇

しまなみ海道で、宇都宮くんに偶然会えたら、息子にも自分の今まで来た人生を語れる時として最高だと思っていたが、こんなメッセージが…

理系を目指し勉強する息子。

数式の受験勉強だけでは学べないものを、しまなみ海道旅で伝えたかった。

例え、何かの理由で彼に会えなくても、この手紙だけで、伝えられるものが絶対にある。

ありがとう。

でも、

いま、すごく困っている。

 ◇ ◇ ◇

嬉しくて、飲みすぎている…

おやすみなさい。