フェスティバルショートショート

オレンジティー

「ねぇ~」

亜美は亮介に言った。

「んっ」

「実は、迷ってたりしてない」

「う~ん。その~。実はなんだよね。」

「やっぱり」

亜美は呆れたように言った。

今二人はイギリスに来ている。亜美がどうしても行きたいと言ったからだ。噂で聞いた話みたいだが、シチューを食べているかのように感じるオレンジティーがあるそうだ。オレンジティー好きの亜美にとっては無視できないものらしい。

「飲めなかったら、もう生きていくことができないかも」

この言葉を一ヶ月の間に何回聞いたことか。数えるだけでも疲れる。

「一回休憩しよう」

亮介は、提案した。

「もう、さっきから休憩ばっかりじゃん」

亜美が言っていることは間違っていない。

「ごめん」

素直に謝る。反抗しても勝ったことがない。

「まぁ~良いんだけどね。楽しいし。」

二人は公園のベンチに腰掛け、景色をしばらく眺めた。海外に来たのは二人とも初めてだ。雰囲気そして建物、何から何までも日本と違う。

「なんか……」

「どうした」

「日本の匂いと違うね」

「あっそういえば」

本当に来てよかったのか。立ち入ってはいけないのでは。そんなことを思いながら過ごしていると、もう六時を回っている。空は、だんだん夜の色へと塗り替わっていく。

「行こうか」

「うん」

二人は半分あきらめかけている。朝九時ごろから探し回っても見つからない。現地の人らしき方に聞いても知らないとしか言わない。二人はしばらく歩き続けた。

「亮介。ごめんね。私が飲みたいと言わなければこんな大変なことにならなかったのに……。」

亜美は悲しそうに言った。

「そんな顔するなって。まだ少し時間があるからギリギリまで探そ」

亮介のやさしさに涙があふれてきた。

「泣くなって」

「泣いてない」

亮介は、焦っている。地図通りに行ってもたどり着かないのだ。もう八時だ。時間がない。閉店が八時二十分なのだ。残り二十分で着かなければ、亜美を悲しませてしまう。それだけは何とか避けたい。

「あれ」

亜美は顔を上げた。

「オレンジの香りがする」

亮介には分からない。

「どこだ」

「こっち」

亜美は微かな匂いを頼りに歩いた。

「あっ。本当だ」

亮介にも分かるくらい近づいてきている。

亜美もいつもの亜美に戻ったようだった。

ビルのような建物が見えてきた。

「ここだ」

看板を見ると。

「パイナップルティー」

「あれっ」

「違う」

「いや。ここでいいんじゃない」

「でもパイナップルって……」

二人はもう一度見た。

「オレンジティー」

突然看板が変わった。

二人は顔を見合わせて喜んだ。亮介はホット息を吐いた。

「どうぞ。中へお入りください」

空気が変わった。言葉にできないくらいの感じだ。

「いらっしゃいませ」

「うちは、うわさに聞いていると思いますが、シチューを食べているかのように感じるオレンジティーを提供させていただいております。お二人様でよろしいですね」

「はい」

「では、こちらになります」

意外にもすぐに出てきた。

「いい香り」

亜美は幸せそうにしている。

色は白く、見た目はシチューのようだが味はオレンジティー。何とも不思議な感覚だ。
「では、ごゆっくりどうぞ」

そう言うと別の人がやってきて。

「こちらにどうぞ」

二人はその人の後に続いた。

「どうぞお座りください。」

二人が座ると突然部屋が変わった。壁も何もない草原に来たみたいだった。亮介の隣にはさっきの案内してくれたおじさんが座っている。

「おいしいですか」

「はいっ。おいしいです」

今度は、夜から朝にそして昼、また夜と流れるように変わりだした。

「実は、私は疾うの昔に死んでおる。だからこんな不思議なことを起こせる。ここに来るのには時間がかかったろ。」

「はい」

「ここに来るには、本当にオレンジティーが好きな者しかたどり着けない。だが、お前さんたちはたどり着いた。よっぽどのオレンジティー好きなんじゃの。」

「はい。大好きです」

「勘助と同じだな」

「おじいちゃんのことを知っているんですか」

「知ってるも何もこのオレンジティーは勘助と作ったんだよ。」

亜美は驚いた。まさかおじいちゃんの味だとは。

「日本の唯一の友達。いやっ。親友だった。ある日、オレンジ屋だった私のところに訪ねてきてな。オレンジティーを作らないかと誘われた。面白い、日本人が来たなと思い私はその話に乗った。その後が大変だった。来る日も満足のいかない味でな。やっと完成したときは二人で喜んだのは今でも忘れない。じゃが、その半年後に勘助は死んでしまった。わしがここにおるのは勘助からの言葉をお前に伝えるためじゃ。」

「お前が来る日を待っていた。あの時の約束を覚えているか。これがおじいちゃんの味だ。やっぱりオレンジティーが好きな子になったんだな。いいお嫁さんになるんだぞ」

「おじいちゃん……。私にしてくれた約束守ってくれたんだ」

「じゃあ。わしは勘助の元へ行く」

するとさっきいた公園のベンチに座っていた。オレンジティーに一粒のしづくが落ちた。

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