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東京音楽大学付属高等学校 2022年度卒業式 校長告辞

東京音楽大学附属高等学校卒業生の皆さん、そして卒業生のご家族の皆様。本日はご卒業、誠におめでとうございます。

皆さんは、コロナウイルスの感染拡大が始まって間もなく入学し、コロナと闘いながら高校生活の3年間を過ごされました。大変なことが多かったと思いますが、皆さんはその大きな仕事をやり抜きました。僕は皆さんの忍耐力と行動力に感謝し、若者らしい朗らかさとバイタリティーで高校生活を全うした皆さんを尊敬します。

そして、皆さんは私が校長に就任したときの入学生です。いってみれば、僕は皆さんと一緒に入学し、皆さんは僕と、この3年間を一緒に走ってくれました。ありがとう。

皆さんの入学式は8月でしたね。夏休み前は感染対策で学校に来る事が出来ず、このホールで、約4ヶ月遅れの入学式を行いました。時季外れの入学式でしたが、昨年5月に急逝された野島稔学長もご参列下さり、皆さんの高校生活のスタートを見守って下さいました。

僕が入学式でお話ししたことを覚えているでしょうか。僕は「遊んで下さい」というお話をしました。ドイツの文豪フリードリヒ・シラーの遊戯衝動の話をしたと思います。「人間は遊んでいるときだけ、完全に人間でいられる。そして本当の意味で人間でいるときだけ、遊ぼうとする」というシラーの言葉を紹介しました。

人間らしくいるために遊ぶ。ちょっと言い換えると、これは「皆さんが皆さんらしくいるために遊ぶ」ということであり、「あなたがあなたらしくいられるために遊ぶ」、ということでもあります。人間らしく、貴方らしく。自由でいて欲しい。と言う願いを込めました。これはいわゆるリベラルアーツの考え方にも繋がって行きます。皆さんの「遊び」は、この3年間、どうだったでしょうか?

貴方らしく、人間らしく、自由に、と言われても具体的にはどうしたら良いのか、ちょっと分かりにくいと思う人もいるかも知れません。これをすごく単純に言ってしまえば「好きな事をやる」ということです。
音羽祭で、皆さんの生き生きとした様子に本当に驚きました。本校ではかなりの数の生徒が自分の専門の領域で文化祭に参加しますよね。皆さんの本業に近い。でも何が違って、僕がそんなに驚いたかと言うと、スタンス、態度が全然違うんです。本気で遊べていたんです。

音羽祭の閉会式で、僕が「Everyday音羽祭でいて欲しい」と言っていたのは、とっても本気でした。

コロナが加速させた、社会の変動、変革については、何度かお話しして来ました。ビジネスの世界では、終身雇用がなくなり、数回のライフシフトが当たり前になって行くと言われています。

今月頭の日経新聞の記事によれば、就職活動をしている人たちの半分以上が転職を前提に会社を選んでいます。

古典経済学者の考え方では労働というのは苦役。つまらない嫌なこと。だからその苦役の対価としてお金をいただく。そういう考え方でした。それが今は変わり、ライフワークバランス、ライフワークインテグレーションと言う言葉が当たり前に聞かれます。そして、YouTuber、インフルエンサー、ソーシャルビジネスなど、好きなことを仕事にして幸せになれる、と言う例がどんどん増えています。

我々音楽家というのは、そもそも好きな事を仕事にしているわけですが、今までは、ある意味で、主流派でなく、変わった職業でした。それがいま、好きな事を仕事にすることが当たり前になってきているのです。ビジネスがアートに追いついて来た、と思います。音楽家にとっては大チャンスです。
皆さんへのお願いです。ぜひこれからも好きなことをやって、遊び続けてください。あなたらしくいつづけてください。大切なのは、「お遊び」をやるのではなくて大真面目に「遊び抜く」ことです。

僕にとっては、歌うことは大好きなことです。またそれだけでなく、自分が世界と社会と繋がる、一番太いチャンネルを作ってくれる行為です。ですから今日も歌います。

今日演奏する「歌うこと、平和へのソネット」というのは、僕が敬愛する同僚のバリトン歌手宮本益光さんの作詞作曲です。

宮本さんとは同じオペラやオペレッタの違う役だったり、同じ役をダブルキャストであったり、非常に多く共演してきました。また、彼は、桐朋学園大学の准教授でもあり、大学やオペラ研修所で教鞭をとりながら、日本中で舞台に立ち続ける、演奏と教育両方を大切にしている同志です。でもこういう彼の作品を歌うという、そういう繋がりは今までありませんでした。今回皆さんの前でこれを歌えること、作曲家としての宮本さんと皆さんをつなげることを非常に嬉しく思います。

そしてこの曲は、この学校の中では僕と皆さんを繋いでくれたし今日は音楽科主任の國分先生にピアノ弾いていただきますけども國分先生と僕の音楽的コネクションも作ってくれました。

また、実はこの曲を僕にもたらしてくれたのは僕の東京音楽大学の門下生でした。宮本さんの曲をレッスンで歌ってくれた。素晴らしい曲だったので、ぜひ僕も歌いたいと思いました。この生徒さんが僕と宮本さんをこの形で繋いでくれました。

皆さんもご存知のように戦争は終わっていません。

どうやったら世界は平和になるでしょうか?僕なりに考えて、今思っていることは違う立場、違う考え、違う価値観の人たちが繋がり、お互いの気持に橋を架けられれば良いのだと思います。

相手の立場、相手の健康や安全、相手の気持ちというものが深く理解できればいつか戦争はなくなるんじゃないかと思います。多様性の受容ですね。この宮本さんの曲はまさにその多様性の受容の表現だと思います。
ちょっと詩を読んでみます。

いろいろな名前の海があるけど、元は一つの水だった。
魚はそれを知っていて、だから自由に泳ぐのさ。
いろいろな名前の国があるけど、元は一つの土だった。
鳥はそれを知っていて、だから自由に渡るのさ。
せめて僕らはこの空気。自由に吸おうか。
誰かが小さな嘘ついた。誰かが鼻歌歌ってた。
僕らと同じ空気を吸って

僕がとてもすごいなと思うのは宮本さんという方が、歌手でもあられるのにこうして詩も書いて作曲もしてしまうという、それこそ「多様」な才能を持ってらっしゃる。

この歌は嘘をついた人、小さな嘘ついた人も、鼻歌を歌って気楽に歌と向き合ってる人も、「同じ空気」を吸ってるっていうことなんですよね。それを単純に許容しよう、喜ぼう、ということかと思います。

それでは最後に歌います。これをもって、皆さんへのお祝いの言葉といたします。



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