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~ハロウィン短編小説~ だから仮装はきらいだ

『だから仮装はきらいだ』慈耆じきもか

「とりっくおあとりぃとぉ!」
 
 夜の十一時だっていうのに、我が家の玄関には、満面の笑みで両腕をぶんぶん振る小さなヴァンパイアがいた。
 地毛のようなくせ毛の金髪のウィッグに、違和感のない赤いカラーコンタクト。なかなかハイクオリティーな仮装だ。テレビでゾンビメイクとかもよく見るけど、正直あれは怖くないしな……。

「うちボロアパートなんで静かにしてもらっていいすか」
「とり~っくおあ~とりぃとぉ~!!」
「分かったから話聞いて?」

 俺の膝より少し上くらいの背丈を見るに、小学生かそれ以下だろうが、この子の親はこんなことになっていると知っているのだろうか。
 で、目線を合わせつつ、諭すように少年に話しかける。

「ガキがこんな時間に出歩いたら危ないだろ? ご両親も心配してるだろうし、面倒だから早く帰れ」
「ほんねもれてるし! あと、おれ、にひゃくねんいきてるからこどもじゃない!」
「あー、はいはい、おとなおとなー」
「おまえよりとしうえだぞ!」 と柔らかそうなほっぺをぷくっと膨らませる様は、どこからどう見ても低年齢な怒り方だった。ってか実際子どもだろ、嘘のつき方下手か。

「おかしくれなきゃ『ち』すっちゃうぞ!」
「肉くらいしかないけど」
「『ち』でもだいじょぶです」
「俺がだいじょばないです」
 
 すっと表情を消してのたまう姿は本物のヴァンパイアそのもので、押しかけてきた時間と相まって、本気でなり切って楽しんでいるようで少し腹立たしい。ハロウィンは平日だ馬鹿野郎。

「大体ヴァンパイアなら綺麗な女性を襲うのがセオリーだろ? 何が悲しくて生気もない独り身の成人男性訪ねてんだよ」
「きれいなおねえさんはころすためではなく、たのしむためにいるのです!」
「妙に納得するけどガキが言うセリフじゃねぇ」

 なんだこいつ。こっちの話も聞かないし声はデカいし……声の振動で脳みそがぐるぐるする。

「勘弁してくれ……これから仕事だってのに、遅刻したら給料減るだろ……」
「『ち』をぜんぶぬけばおかねいらないですよ?」
「殺す気じゃんやめろよ」

 いい加減お帰り願いたいが、子供にやれるような食べ物がないのは事実だ。かといってこのガキの為だけに買いに行くなんてしたくない。
 何か渡せるものはないかと周りを見渡す。ふと靴箱の上にのど飴が一つ置いてあるのが目についた。そういえば昨日大家さんにもらったっけな。食べないからそのまま置いといたやつだ。

「ほら、これ持ってとっとと帰れ」
「あめいっこて……」
「もらう側なんだから文句言うなよ」
 
 目の前に飴を乗せた掌を突き出すと、ガキも渋々といった様子でそれに手を伸ばす。

「すきありっ!」

 が、伸ばされた手は飴ではなく、その下の俺の手をがっしりと掴む。
子供とは思えない力で引っ張られ、耐える間もなくよろけてしまう。

「ちょ、待てっ! 俺は……」

 制止も虚しく、鋭い八重歯が手首の血管に突き刺さる。ニコニコしながら吸い付いたが、一口飲むとみるみる顔が歪み、やがて耐えられないとでも言うようにがばっと仰向けにひっくり返ってしまった。

「うええええ! この『ち』、くさってる~!」
「だから嫌だったのに……」

 引っ張られ過ぎて痛む腕をさする。あの力で引っ張られて千切れなかったのは奇跡だ。
 ガキが手で口を払いながらのたうち回る間にも、俺の手首からは黒くよどんだ液体が滴り落ちている。地面にたまった液体からは鼻をつくような腐臭が漂う。隣人に苦情を出される前に早く片付けなければ。

「なにこれ! おまえ、なんなの!?」
「何って言われても、ゾンビだし……」
「……まじで?」

 神様、どうか来年は、化け物を化け物の家に送らないでください。
                               (終)

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