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北口欠場も盛り上がる男女やり投。10年ぶり自己新と標準記録突破に意欲を見せるディーンは“安定性”も強調【全日本実業団陸上2022プレビュー⑤】

 男女やり投が全日本実業団陸上(9月23~25日・岐阜メモリアルセンター長良川競技場)の注目種目に挙げられる。世界陸上オレゴン女子銅メダルの北口榛花(JAL・24)はダイヤモンドリーグ連戦の疲れで欠場するが、オレゴンで11位と健闘した武本紗栄(佐賀県スポーツ協会・22)が出場する。女子やり投で日本人2人が決勝を戦ったのは世界陸上では初、五輪を含めても58年ぶりの快挙だった。男子にはオレゴン9位のディーン元気(ミズノ・30)と、やはりオレゴン代表だった小椋健司(栃木県スポーツ協会・27)が出場する。実業団トップ選手たちが代表選手と対等の戦いができれば、やり投は世界と戦っていく種目に定着する。


●オレゴン11位の武本が出場する女子

世界陸上オレゴンは、北口の女子フィールド種目史上初のメダル獲得だけでなく、11位の武本と2人が決勝を戦った点においても、日本の女子やり投にとって歴史的な大会になった。オレゴンでは上田百寧(ゼンリン・23)も代表入りし、3人のフルエントリーを実現した。五輪では男女ともやり投のフルエントリーはないが、世界陸上では17年ロンドン大会で女子のフルエントリーがあった。海老原有希が11年テグ大会で8位入賞するなど、女子やり投は世界で戦える種目だ。
 全日本実業団陸上に出場する武本はオレゴンの予選を11番目、59m15できわどく通過すると、決勝でも57m93で11位。自己記録は昨年マークした62m39(日本歴代4位、学生歴代2位)だが、やり投は大舞台での自己新は極めて難しい。60m84のシーズンベストは今季世界30位前後。客観的に見れば大健闘だった。
 だが武本自身はオレゴンで次のように話していた。
「初めての世界陸上でファイナルに行けたことは、『自分も世界で戦えるようになったんだ』と、成長を感じられた部分でした。しかしファイナルに行くだけじゃなくて、そこで戦えないと…。一発を投げることができれば61m台や62m台は絶対に行くのに、そこを出せないことが悔しかった。(北口選手は)もう本当にすごい。(自身はベストエイトに進めず4回目以降は)応援に回って、ほかの国の選手と一緒に見ていました。やっぱり決めきるところがすごいなと思いました。海外の選手のこともしっかり観察させてもらいました。脚の使い方などが間近に見られますから、今がチャンスやと思って。“ここがやっぱり大事なんや”とか、自分に足りていないパワーの差など、今まで逃げてきたことに直面するときが今日だったのかなと思うので、また帰って頑張りたいです」
 技術的にすぐに変更できる部分なら、今回の全日本実業団陸上でも出すことができるかもしれないが、中・長期的に変更をする部分が現れるのは来季以降だろう。
 だが日本の女子やり投界にとっては、武本が国内大会の場にいることが重要だ。北口に比べれば武本はそこまで突出した存在ではない。全日本実業団陸上出場選手でも、佐藤友佳(ニコニコのり・30)は武本より上の自己記録を持ち、国際経験も積んでいる。長麻尋(国士大教)も今季59m37と自己記録を伸ばし、シーズンベストでは武本と1m半の差だ。
 全日本実業団陸上で武本に勝てば、世界の決勝で戦うことがイメージできる。国内大会でも世界との距離を感じられるのが、今の女子やり投に好選手が現れ続ける理由だろう。

●男子もブダペストではフルエントリーを

男子は世界陸上オレゴン9位と、入賞に迫ったディーンの記録に注目したい。
 オレゴンの予選で82m34の今季日本最高を投げたが、帰国後初戦のAthlete Night Games in FUKUI(8月20日)では79m80。82m99とディーンの今季日本最高を更新した新井涼平(スズキ・31)に敗れている。オレゴンの前から痛みがあった内転筋の治療を優先したため、練習不足の状態だった。
 ディーンと新井は同学年で、ディーンが12年ロンドン五輪(9位)後に低迷した間、新井が14年アジア大会銀メダル、15年世界陸上9位、16年リオ五輪11位と、日本の男子やり投を牽引し続けた。しかしディーンが20年に84m05を投げて復活すると、その頃から新井が低迷し始めた。その新井が復活したことで、ディーンのモチベーションが爆上がりしているのだ。
「今シーズンの残り試合は全て、最低でも80mは投げるつもりでした。準備不足でも今日(Athlete Night Games in FUKUI)79mをケガなく投げられたのは収穫です。ここから状態を良くしていけばシーズンベストだけでなく、自己記録(12年の84m28)は実現できる」
 世界陸上ブダペストの標準記録は85m20だが、やり投は少しの技術やタイミングの違いで記録が大きく伸びるので、自己記録を出せば同時に標準記録を破る可能性はある。10年ぶりに自己記録更新と、同時に成し遂げたいところだ。
 ディーンは「標準記録はしっかり狙いつつ、安定した投げを続けていきたい」とも話している。これは世界ランキングを考えてのことだ。東京五輪から五輪&世界陸上の出場資格が、標準記録と世界ランキングの併用制に変わった。標準記録がかなり高く設定され、各種目の出場人数枠の半分程度しか埋まらないこともある。世界ランキングのポイントをしっかり積み上げて行くことが出場資格を得ることに直結する。
「(世界ランキングに必要な高いポイントの)5試合を来シーズンに揃えないといけない状態にするのでなく、(標準記録適用期間の7月31日以降で)今年3試合くらいはしっかり投げておいて、来年は1~2試合でいい、という状態にしたい。そうなれば、年明けからフィンランドに行く予定ですが、そのままヨーロッパで転戦する選択もできます」
 全日本実業団陸上でも標準記録を期待したいが、世界ランキングのことを考えたら、安定して82m以上を投げることもブダペストに向けて重要になる。
 そして女子と同様、他の選手たちにとっては世界陸上9位のディーンの存在が、世界との距離を測る絶好の目安となる。新井と東京五輪代表だった小南拓人(染めQ)は出場しないが、オレゴン代表だった小椋に加え、シーズンベストが80m51の崎山雄太(愛媛県競技力向上対策)、79m11の坂本達哉(修文大学教)がディーンとの対決に意欲を見せるだろう。
 村上幸史が09年世界陸上ベルリン大会で銅メダルを取るなど、以前は男子が世界で戦い、女子がその背中を追っていたが、今は「北口の活躍に刺激を受けています。ついて行けるように頑張りたい」(ディーン)と、男子が女子を追いかける。
「来年のブダペストの、男子のフルエントリーに向けてハイレベルの試合をしていきます」とディーン。男女ともフルエントリーができれば五輪を含めても、日本のやり投史上初の快挙になる。
 全日本実業団陸上の男女やり投は、その快挙に向けての第一歩となる大会だ。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト


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