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日本選手権⑧ 泉谷がメダル争いを期待できる日本新!

“跳躍ハードラー”だからできる力強い踏み切りを武器に
日本記録を一気に0.10秒更新する今季世界3位の13秒06

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 日本選手権4日目(6月26日・大阪市ヤンマースタジアム長居)の男子110mハードルで、世界的な記録が誕生した。泉谷駿介(順大)が13秒06と今季世界3位、アジア歴代2位という日本記録を打ち立てた。日本記録は13秒16だから0.10秒も更新した。泉谷の自己記録は今年5月の関東インカレ予選で出した13秒30(+0.8)。驚くべき記録はどうやって生まれたのだろう。

●13秒06で“メダル争い”ができるデータ

 記録について感想を求められた泉谷は「ここまできたな」と話した。
「ここまでの記録はイメージできませんでした。(タイムを見たときは)やったー、ウォーーー、っと思いましたね」
 13秒06は今季世界3位。20年シーズンなら世界1位、19年なら世界4位、18年なら世界2位、17年なら世界4位、16年でも世界4位である。
 好記録を出した選手を報道するとき「○○五輪○位相当」という記述がよくあるが、これはアテにならないデータの見方である。その記録を五輪本番で出せるとは限らないからだ。選手は自己記録を他の大会で出した上で、それよりも低い記録で五輪や世界陸上を戦うことが多い。
 つまり世界の強豪選手と比較するなら、自己記録やシーズンベストで比べなければ意味がない。ということで、リオ五輪メダリスト3人のリオ五輪での記録、自己記録、シーズンベストを調べてみた。

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 気象条件などに恵まれれば五輪本番でシーズンベストや自己記録も出るが、そこは運である。少なくともリオ五輪110mハードルの記録は、メダリスト全員がシーズンベストを下回った。
 今回の泉谷の記録をリオ五輪メダリストの16年シーズンベストと比較すると、金メダルのMcLeodとは0.08秒差があるが、銀メダルのOrtegaとは0.01秒差しかない。銅メダルのBascouについては、自己記録も16年のシーズンベストも上回っている。ただ、自己記録13秒12の選手が五輪メダルを取るのは、かなりレアなケースだろう。Bascouが本番で驚異的な強さを発揮したといえる。
 とはいえ、上記のデータからも13秒06を持つ選手は、五輪本番でメダル争いに加わる可能性はあると断言できる。

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●追い風参考記録の13秒05がきっかけに

 13秒06を出せた理由を1つや2つに特定することはできないが、泉谷は思い当たることをいくつか話している。そのうちの1つが関東インカレの決勝で、追い風5.2mで参考記録になったが(追い風2.0mまでが公認)、13秒05で走っていることだ。
「あのときのタイムが公認で出るとは思いませんでした。関東インカレは風が強すぎて押されて出せたタイムです。全力でというか、スタートから行けませんでした。今回はしっかりと自分の力でインターバルを(小さなストライドで素早く)刻んで、ハードリングも自分の記憶ではハードルにぶつけていないので、そこがよかったと思います」
 風に助けられてできた動きが、今回は自力で、正確に行うことができた。
「関東インカレから上手くつながった感じです。(今回一番良かったと感じたのは)刻みの切り返しです」
 泉谷は2年前にも、追い風参考記録ですごい記録を出したことがあった。外国選手も出場した19年5月のゴールデングランプリに、13秒26(+2.9)で優勝した。当時の日本記録は13秒36で、泉谷の自己記録は13秒56だった。その1カ月後に公認で13秒36の日本タイ(当時)を出している。
 つまり泉谷は、追い風の力を借りて記録を出したときの動きを、次は自力で行うことができる。もちろん下地作りや動きづくりもしっかり行っているから可能になることだが、追い風で速い動きを経験することが、泉谷の潜在能力を引き出すきっかけになっているのは確かのようだ。

●跳躍力を生かしたハードリング

 泉谷が話した“切り返し”とは、蹴った脚が後方に残らず、素早く前に持ってくる動作のことだ。それが正確にできると速く走るだけでなく、次のハードルへ踏み切る位置を遠くに保つことができる。踏み切り位置が徐々にハードルに近くなり、ハードル上を高く跳ぶハードリングになってしまうと後半で大きく減速する。ハードルにぶつける要因にもなる。
 順大退官後も指導を続けている越川一紀氏は、泉谷の特徴として「踏み切りの強さ」を挙げる。泉谷は走幅跳で7m92、三段跳で16m08と学生トップレベルの記録を持つ。インカレに出れば優勝候補だ。
「泉谷の2台目の踏み切りから、着地までの距離を計測したら約4mでした。全員ではありませんが、他のトップ選手は3m50だったと聞いています。普通の選手とは圧倒的に違います」
 その特徴を生かすには、ハードルから遠い位置で踏み切る必要がある。そのために、泉谷が話しているハードル間の刻みが重要になる。冬期練習ではスプリント(短距離を速く走ること)能力の向上と並行して、30台のミニハードルのハードル間を1m、1m50、1m80、2m00の4種類で、それぞれ5本行う練習も取り入れた。ハードル間を刻むリズムを徹底して習得した。
 このように技術的な要素の強い110mハードルも、メンタル面の影響も出るのだと越川氏は指摘する。
「勝ちたい気持ちが強くなり過ぎると、ハードル種目は競り合うのが普通ですから、抜き脚動作を早くやろうとしてしまう。そうすると強い踏み切りができなくなるんです」
 自分のレーンだけに集中する、という言葉を選手はよく話すが、それが簡単なことでないのは明らかで、だから選手たちは意識して口にするのだろう。泉谷も織田記念で金井に敗れたときは、その傾向が出てハードルに何台も脚をぶつけている。泉谷のコメントにあるように今回は、ハードルにぶつけていない。スピードが落ちない程度のぶつけ方なら問題ない。
 スタート前は記録や勝敗について、越川氏はいっさい話さない。13秒06のレース前も1台目でハードルに当たっても気にしないこと、5台目からしっかり踏み切ること、10台目を越えてからでも逆転できることなど、局面毎の技術的なアドバイスや、自信を持っていいことなどを強調して送り出した。

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●12秒台への期待も

 最初に紹介したように13秒06は、東京五輪では決勝進出はもちろん、“メダル争いに加わる”レベルである。だが泉谷は、“メダルが取れる”と安易に考えてはいない。
「まだシニアの世界大会を経験していないので、このくらいのタイムを本番で出せるか不安なのですが、しっかり調整して出していければ、と思います」
 前日の26日には19年世界陸上金メダルのG・ホロウェイ(米国)が、12秒81(+1.8)の世界歴代2位を出している。その動画を見た泉谷は「スタートから5台目までが異次元でした。そういうレースにしっかりついて行けるようにしないとな、と思いました」と言う。
 越川氏は、記録はまだ縮められるという。「日本人だからどう、外国人だからどうではなく、どう走ったらタイムが出るか、に着目してやっていけばいい。今までのハードルの技術的な取り組みがあって、その上で泉谷は100mも速くなって、跳躍のトレーニングで力強い踏み切りができる。インターバルを刻めることでブレーキがかからない力強い踏み切りができ、どんどん加速していくイメージで走ることができます。色んな人が頑張ってきたことで、ここに来て一気に記録が伸びてきています。13秒06はすごい記録と言ってもらっていますが、まだ行くでしょう。13秒0台前半も、12秒台も行く」
 シーズンベストがそのレベルになったとき、“メダル争い”ができる日本人選手ではなく、“メダルが取れる”日本人選手が誕生する。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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