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クロスカントリー日本選手権 女子レビュー

萩谷が2周目で自身の殻を破るスパートを見せて快勝
五輪代表・田中の敗因は「集中力を欠いたこと」(父・田中コーチ)

日本選手権クロスカントリーは2月27日、福岡市の海の中道海浜公園で行われ、シニア女子(8km)は萩谷楓(エディオン・20)が25分54秒で優勝し、東京五輪5000m代表の田中希実(豊田自動織機TC・21)は4位と敗れた。昨年のトラックでは田中に敗れ続けた萩谷が、自身の殻をどう破ったのか。また、田中の敗因はどこにあったのか。

●「いつもと違うレースを」という決意で臨んだ萩谷

 1周(2km)の通過タイムは6分35秒(非公式)。特に速いペースではないが、例年に比べ遅かったわけでもない。2周目に入ったところで萩谷が集団の前に出た。
「1周目が楽だったので、自分で出て行きました。レース前から、いつもとは違うレースをしたいと、沢柳(厚志)監督と話し合っていたんです」
 3kmまでの1kmが3分11秒で、30m前後のリードを奪っていた。2周(4km)通過は12分35秒でスプリットタイムは6分20秒。15秒もペースアップした。3周(6km)通過は19分16秒でスプリットは6分21秒。後続との差は開く一方で、この大会では珍しく独走態勢に入った。
 昨年のトラックでは田中希実が先頭を走り、萩谷はその後ろを走るパターンだった。一定の距離を置いて勝機をうかがっても、田中は終盤でさらにペースアップする。まったく歯が立たなかった。
 それでも12月の日本選手権は3位。適用期間外だったが7月に、五輪参加標準記録(15分10秒00)も上回る15分05秒78(日本歴代7位)で走っている。
「いつも田中さんの後ろを走って最後も離されていましたが、今回、そういうレースはやめよう、と決めていました」
 沢柳監督によれば今大会は、トラックシーズンに向けての走り込み期間に、勝負よりもテーマを持って走ることを主眼としていた。
「練習が順調だったので、思い切ったレースをさせたかったのです。その結果が5番でも8番でも、春のレースにつながることをやろう」
 そうもちかけられた萩谷も、「そろそろそういうことも、しないといけないですよね」と応じたという。
 もちろん、練習内容の裏付けもあってのことだ。エディオンはウエイトトレーニングもチームの練習メニューに組み込んでいるが、萩谷はこの1年でより丁寧に、それを行うようになった。また年末年始の合宿でも、クロスカントリーを多く走ってきた。
 そうしたトレーニングの背景に、萩谷の“自身の殻を破るんだ”という強い意思が加わり、今回の独走劇が実現した。

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●どう走りたいか、が曖昧だった田中

 それに対して田中希実のレースぶりからは、そこまで強い意思は感じられなかった。
「3周目に入るところで萩谷さんと30mくらいの差でした。そこからの1周で差が同じくらいなら、最後1周でスパートしよう。そう思って走っていましたが、残り1周までに差が広がっていました。展開のミスというより、自分の力の無さが敗因です」
 萩谷だけに敗れたのなら、萩谷が強かったと結論づけられる。だが、田中は4位だった。田中自身に何らかの原因があったのは明らかだ。
 父親である田中健智コーチは、メンタル面の弱さを指摘している。
「このレースをどう位置づけるか、どう走りたいか、という点で集中力を欠いていました。漠然と走って綺麗にまとめたら、今回のメンバーなら勝てるんじゃないかと思っていたのでしょう。それに対して萩谷さんはやりたいテーマを明確に持っていました。今日の萩谷さんには鬼気迫るものがあったと思います」
 練習は、3000mと1500mで日本新を出した昨夏以上のものができていた。12月の日本選手権前と違い、ポイント練習(1週間に2~3回行う負荷の高い練習)の設定タイムをクリアできないことも、ほとんどなかった。だが、今大会前最後のポイント練習は「まったく思い通りにできなかった」(田中コーチ)という。
 原因は特定できていないが、身体的にはレベルの高い練習をやってきた疲労が出た可能性がある。メンタル的には、日本選手権5000mで激戦を繰り広げた廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ・20)の欠場が判明し、緊張感が途切れてしまったのかもしれない。
 今回は珍しく、田中はフィニッシュ後に倒れ込んでいる。日本選手権5000mで廣中とデッドヒートを展開した後も、意識が朦朧としながらも倒れ込むことはなかった。萩谷を追えないことに精神的な焦りが生じ、日本選手権5000mのとき以上に消耗したのだろうか。

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●同世代に恵まれて

 今回の結果を女子長距離界全体として見れば、若い世代の充実ぶりが現れていた。萩谷は高卒2年目で、廣中、日本選手権5000mで6位の田﨑優理(ヤマダホールディングス・20)、クイーンズ駅伝5区区間2位の小笠原朱里(デンソー・20)らもその学年だ。高卒3年目の田中と同学年には、この日3位に入った和田有菜(名城大3年)や日本選手権10000m5位の矢田みくに(デンソー・21)がいる。
 萩谷は「自己新を出しても輝けない」と言うが、そこを前向きにとらえている。
「田中さんが日本新を出していますから、自己新でもうれしい感覚にはなれないんです。その状況をつらく感じるときもありますが、満足しないで次を目指せるので、ありがたい世代にいると思っています」
 プラス思考は萩谷の特徴だ。昨年7月に五輪標準記録を上回りながら、新型コロナの世界的な感染拡大で世界陸連が適用期間外としていた。恨み言の一つも言いたくなるケースだが、「そこはまた切ればいいことなので、特には気にしていません。今回もすごく調子が良かったわけではないので、継続して練習していけばまた切れます。14分台も出せると思います」と言い切った。
 一方の田中は完璧主義のところがマイナスに働き、大会前に設定通りの練習ができないと神経質になってしまう。日本選手権5000m前がその典型例だったが、今回もわずか1回だが、ポイント練習を外したことで多少なりとも影響が出た可能性がある。
 しかし、完璧を求めるのは田中が、「自分は強い選手じゃない」という謙虚さを持っているからだ。その意識があるから中学チャンピオンになり、U20世界陸上で金メダリストになりながらも、さらに上を目指して努力を続けて来られた。
 レース後に田中は「いつも2月は悔しい思いをしていますが」とコメントしている。昨年は2月のニュージーランド遠征で1500mと5000mに出場したが、1500mは卜部蘭(積水化学・25)に僅差で敗れ、5000mは新谷仁美(同・33)に大差で敗れた。新谷に敗れた夜に田中コーチととことん話し合い、練習のレベルを上げることを決めた。その練習を継続したことで2種目の日本新と、東京五輪代表を得る昨シーズンの快進撃が実現した。
「次のシーズンに向けて喝を入れてもらっている感じです」
 田中コーチも、「何かを変えるには、負けることも必要」と認める。
 勝った萩谷も負けた田中も、日本選手権クロスカントリーが大きな意味を持ちそうだ。

TEXT・写真 by 寺田辰朗

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