【東日本実業団駅伝注目チーム② SUBARU】
昨年の途中棄権をきっかけにチームとして大きく成長
5000m今季日本2位記録の清水は代表選手たちと区間賞争いも
前回途中棄権に終わったSUBARUが明らかに変わった。東日本実業団駅伝が11月3日、埼玉県熊谷スポーツ文化公園陸上競技場及び公園内特設周回コース、7区間76.4kmで行われる。ともに東京五輪代表選手を2人以上擁する富士通とHondaが2強と言われているが、前回5区で途中棄権したSUBARUも注目されている。前回のリベンジに挑むチーム、というだけではない。5000mで13分22秒25の今季日本2位記録をマークした清水歓太(25)ら、この1年で戦力的にも大きく成長しているのだ。前回の途中棄権をステップに、チームはどんな変貌を遂げたのだろうか。
●全日本実業団陸上5000mでのサプライズ
9月の全日本実業団陸上男子5000mは、残り1周までトップ集団は12人で形成されていた。そのほとんどはアフリカ人選手だったが、3人の日本選手が加わっていた。青木涼真(Honda・24)は3000m障害が本職だが、東京五輪に出場した実績を持つ。だが清水歓太と新人の小袖英人(Honda・23)が残っていたことは、予想以上の好走だった。
ラスト1周でジャスティス・ソゲット(Honda・22)が猛スパートを見せ、13分17秒21で優勝。青木が13分21秒81の今季日本最高タイムで2位。アフリカ選手2人をはさみ清水が13分22秒25で5位、小袖が13分23秒94で6位。自己記録を14秒近く更新した清水は「練習の水準は悪くなかったのでタイムを狙っていきたいと思っていましたが、思っていた以上の記録が出てびっくりしています」と自社ホームページでコメントしている。
清水の競技歴を簡単に紹介しておく。
群馬県中央中等高3年時(14年)に5000m14分08秒97をマークし、全国都道府県対抗男子駅伝5区では区間2位。すでに全国レベルの選手に成長していた。早大では5000mの自己記録は更新できず、10000mも29分24秒33とトラックでは今ひとつだったが、駅伝ではしっかりと走っていた。3年時に箱根駅伝9区区間賞、4年時には4区区間3位。SUBARU入社1年目(19年)の東日本実業団駅伝でも7区で区間賞。設楽悠太(Honda)の持っていた区間記録を更新して、当時もちょっとした驚きを周囲に与えていた。
だが翌20年は、1月の全国都道府県対抗男子駅伝(7区区間13位)が唯一も試合出場で、その後21年5月まで1年4カ月の間、レースにはまったく出場できなかった。
●動きを見直したことで故障が減り、全レースで自己新
奥谷亘監督によれば東日本実業団駅伝後から股関節に痛みが出始め、ニューイヤー駅伝(6区区間7位)、全国都道府県対抗男子駅伝は不安を抱えながら走ったようだ。その後は試合に出られる状態に、なかなか戻らなかったという。
昨年の東日本実業団駅伝も欠場。責任を痛感した清水は「けがをした原因を、根本から直そう。小手先だけ変えていても、けがを繰り返すだけだ」(SUBARUホームページ)と、走る動作を一から見直した。早大の先輩になる五味宏生トレーナーのもとで、動きや筋肉の使い方を修正した。
奥谷監督が故障の原因と、克服したプロセスを説明してくれた。
「清水は速いピッチの走りですが、厚底シューズを履くと体が浮いてしまって地面を上手くとらえられませんでした。疲労が蓄積すると股関節に痛みが出てしまう。五味さんにアドバイスをもらって動きづくりやフィジカルトレーニングを徹底して行いました。今年も厚底は履いていますが、ケガまではいかない動きと、ケアの仕方がわかってきた」
清水本人は走りの変化を「補強運動などで付けた筋肉を、走る動作になじませるような感覚」だと自社ホームページで話している。その成果は今季の出場レース全てで自己新という結果に現れた。全日本実業団陸上に向けての練習も「大事な練習は完璧にこなしていた」(奥谷監督)という。本人も周囲も驚く大幅な記録更新ではあったが、その裏付けはしっかりあった。
●梶谷、住吉、移籍の鈴木も区間上位の期待
今季大きく成長したのは、清水だけではない。キャプテンの梶谷瑠哉(25)はシーズン初戦の金栗記念5000mで13分38秒94と、その時点ではチーム新記録で走った。住吉秀昭(25)は4月以降の8試合中、5試合で自己記録を更新。10000mは28分20秒台で2回走った。
「チームとして以前ほど(奥谷監督が現役時代に行ったような)走り込みに重点を置いていませんが、住吉はマラソンを見据えて自主的に距離を踏み始めました。昨年の途中棄権の悔しさを受け止めて、取り組みを変えた選手の1人です。梶谷も清水と一緒に五味さんのアドバイスを受け始めたのですが、結果を先に出したのは梶谷でした。チームへの思いも強いですし、愛されキャラなのでキャプテンを任せました」
そして10月に加入した鈴木勝彦(24)は、9月の全日本実業団陸上5000mで13分39秒94の自己新を出した。清水、梶谷、住吉、鈴木の4人は区間上位の走りが期待できる。
4月以降の自己新記録こそないものの、副キャプテンの藤原滋記(26)と2月に移籍してきた照井明人(27)は、前向きな姿勢で競技に取り組みチームの雰囲気を変えた。藤原は「予選敗退で沈んでいる現状を変えたい。チームにとってプラスになることがしたい」(SUBARUホームページ)と、2月の全日本実業団ハーフマラソンで1時間01分51秒の好記録をマークした。全選手がベストコンディションで臨んでくる試合ではないが、名前のある選手たちに先着した。
照井も「強くなりたい気持ちを前面に出して、誰に言われるわけでもなく前向きに取り組んで、変わろうとしていた選手たちの背中を押しました」(奥谷監督)という。
●群馬拠点チームの選手としての自覚
チーム全体が競技に取り組む意識を変えられた。それが今季のSUBARU勢の快進撃につながった。
奥谷監督は「途中棄権はその区間を走った選手が脱水症状を起こしたからですが、チーム全体でも走れていなかった」と、選手個人ではなくチームの問題として捉えた。その要因をコロナや監督が設定する目標が高すぎたこと、棄権した選手のアクシデントと考える選手もいたが、自分たちの中に原因があると考えた選手が増えていった。
「選手がスタッフ、会社とも話し合う中で、自分たちの存在意義、会社から求められている役割を明確にできました。本当に悔しいと思った選手たちが、自分を変えるための行動を起こしたから今年のチームは強くなったんです」
東日本実業団駅伝の目標は「5位以内がマスト」だと、新チームになったときに選手たちが立てたという。
「群馬県を拠点とするチームとして、ニューイヤー駅伝(1月1日に前橋市の群馬県庁を発着点とし、群馬県内を周回するコースで実施)を盛り上げる、そのために入賞することが自分たちの役割です。13年大会で初入賞(6位)できましたが、その後は入賞への気持ちが徐々に希薄になってきていました。会社とも話し合う中でもう一度、ニューイヤー駅伝の入賞にフォーカスしていく自覚が高まった。そのためには東日本実業団駅伝は絶対に5位以内に入る。今年はその目標をぶらすことなく求めていきます」
清水は1区か3区に起用されそうだが、富士通やHondaの代表選手たちと区間賞争いも期待できる。そこから上位の流れに乗って最後まで押し切る。個人種目で次々に結果を出したSUBARUは、駅伝でも上位戦線の台風の目となる可能性がある。
TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト
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