見出し画像

田中希実が14分58秒60の自己新、ラストの猛スパートで世界陸上ブダペスト標準記録に肉薄【全日本実業団陸上2022レビュー③】

 全日本実業団陸上(9月23~25日・岐阜メモリアルセンター長良川競技場)の女子5000mが見応え十分だった。田中希実(豊田自動織機・23)が世界を想定したレースで残り1周手前でトップに立つと、バックストレートでは数mの差をつけ優勝を期待できる走りを見せた。最後の直線でテレシア・ムッソーニ(ダイソー・20)に逆転されたが、14分58秒60の自己新で2位。来年の世界陸上ブダペスト参加標準記録の14分57秒00には惜しくも届かなかったが、「このメンバーの中でどう勝負するかで力が確認できる」と考えていた田中にとって、世界での戦いをより具体的にイメージできたレースになった。

●今回レベルでは過去最速のラスト1周

2000m通過は5分58秒0(筆者計測。以下同)と標準記録突破も狙えるペースで進んだが、次の1000mが3分08秒9と大きくペースダウンした。その次の1000mは3分02秒2に上がったが、4000m通過は12分09秒0。走っている田中も「15分ヒト桁台かな」と予測していた。
 4400mからアフリカ勢がペースを上げたが、田中には余裕があった。残り1周(4600m)手前でトップに出ると4800mまでの200 mが強烈だった。30秒0と、その前の200 mより約5秒もペースを上げた。アフリカ勢を10m近く引き離すレース展開は、まさに世界レベルを感じさせた。
 最後の100 mでムッソーニに抜かれて2位に終わったが、ムッソーニは昨年のU20世界陸上優勝者。将来のメダリスト候補の選手である。田中のタイムは14分58秒60でラスト1000mは2分49秒6、最後の1周は61秒9だった。ラスト1000mは東京五輪5000m予選の2分48秒0に及ばないが、ラスト400 mは東京五輪の5000mよりも、そして8位入賞した東京五輪1500mよりも速い。
「地力がついていることが確認できました。勝てなかったことは悔しいですが、乗り越える課題が見えるところまで来ました」
 一定の自己評価を自身に与えたが、不満も見せていた。
「残り1周で前に出たからには、行き切らないといけなった。ラストが伸びきりませんでしたね。東京五輪では前の選手に食い下がった結果、ラストまで加速できました。今日は国内にいながら国際レースの感じになったのに、変に自分のレースを押し通そうとしてしまった。卑屈になる必要はないと思いますが、もっと出し方を考えないといけません」
 乗り越える課題がイメージでき始めたが、「おごらずにやっていきたい」というひと言も、田中は付け加えていた。


●アフリカ勢を相手にラストの戦いに挑めたことに意味

田中はこのレースは「タイムはいつか良いレースがあれば、と割り切って、勝負に徹していた」という。
 メンバーはムッソーニとカリウキ・ナオミ・ムッソーニ(ユニバーサルエンターテインメント・23)が、日本記録(14分52秒84)を上回る14分40秒台の自己ベストを持つ。2年前の今大会に14分55秒32で優勝したムワンギ・レベッカ(ダイソー・21)、自己記録が14分53秒73のアグネス・ムカリ(京セラ・19)ら、世界陸上と同じとはいえないまでも、それに近いレベルだった。
 そのメンバーの集団で走ることを実行し、位置取りも「先頭にピッタリ付かなかった」と、国際大会スタイルを実行した。
「外側になりすぎず、内側になりすぎず、という位置をつねに作りながら走れたので、揺さぶりで受ける影響を最小限にできたと思います。世界陸上みたいに上げ始めたら落ちない展開にはならず、先頭も少し引いては譲ることを繰り返していたので、リズムは作りやすかったですね」
 プレビュー記事でも紹介したように、田中は米国ニューヨークで9月11日に行われた1マイル(約1609m)に出場し、世界トップレベルの外国勢とレースをして5位に入った。
「前に出る自信がなくて、付くことしか考えられないレースでしたが、ラスト200 mで正確な距離がわかって、急いでスパートしたら最後まで駆け抜けられました。楽しかったし良いイメージのレースができたんです」
 全日本実業団陸上では最後まで食い下がるのでなく、自分からスパートした。それを田中自身は、前述のように「変に自分のレースを押し通そうとした。気持ちの余裕がないことの裏返しにもなってしまった」と反省材料に挙げている。だが勝負を仕掛け、ラスト1周が東京五輪よりも速かったことは、世界で戦っていく上で収穫と言っていい。田中がブダペストに向けて大きく前進した。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?