村竹ラシッドが標準記録にあと0.02秒と迫る13秒34
【GGP2022レビュー②村竹ラシッド&山川夏輝】
世界陸上標準記録に迫った110mハードルの村竹と走幅跳の山川
大学の先輩&後輩に続く世界陸上オレゴン候補に
世界トップレベルの選手が多数参加した陸上競技コンチネンタルツアーの1つ、ゴールデングランプリ(GGP)が5月8日、東京・国立競技場で行われた。残念ながら今夏の世界陸上オレゴン参加標準記録を突破した日本選手は出なかったが、よかったのは有力選手が欠場した種目で標準記録に迫る選手が現れたことだ。男子110mハードルでは村竹ラシッド(順大3年)が13秒34(+0.1)と、標準記録に0.02秒と迫るタイムで優勝。男子走幅跳でも山川夏輝(佐賀スポ協)が8m14と標準記録に8cmと迫る自己新で優勝した。7月のオレゴンに向けて期待できる選手が現れた。
●村竹が標準記録にあと0.02秒と迫る13秒34
男子110mハードルでは村竹ラシッドが、陳奎儒(チャイニーズタイペイ・28)とニコラス・ハウ(豪州・28)の外国勢2人に快勝した。2人とも東京五輪で準決勝まで進出した選手である。優勝は評価できたが村竹は、「タイムに納得いかない」と話した。
「この大会では標準記録を目標にしていました。織田記念(4月29日)では後半でスピードが上がったときに(インターバルの歩幅を)制御できませんでした。今日は後半の刻みを意識しましたが、思ったほどできなかったと思います」
昨年の日本選手権予選で13秒28(+0.5)をマークしたが、世界陸上の標準記録適用期間はその直後からだった。今季は4月の日本学生個人選手権、織田記念と2連勝したが、気象条件に恵まれなかった。日本学生個人選手権は雨天で13秒43(+2.6)、織田記念は低温と向かい風で13秒55(-1.5)にとどまった。
織田記念では「良いコンディションなら自己記録を超える力はついています。まずは自己記録を超えたい」と話した。自己記録を更新できる理由を次のように説明する。
「去年より体重も4㎏増えました。これまで上半身の筋肉がなさ過ぎたので、上手く釣り合ってきたと感じています。1台目までの歩数は(一般的な選手より1歩少ない)7歩で変わっていませんが、背中や腰回りの筋肉を使って力強いスタートができるようになりました。今日(GGP)も1台目から低く、突っ込んでいくことができたと思います」
前半は想定した走りとハードリングができている。後半のインターバルの刻み方が少しでもよくなれば、標準記録は当然、破ってくるだろう。
●山川が標準記録にあと8cmと迫る8m14
山川夏輝は5回目の試技で着地すると自己新を確信し、最初は人さし指を、次は拳を何度も突き上げた。そして8m14(+0.4)の記録を見ると、地面に片膝をつき顔を両手で覆った。確認はできなかったが、涙を拭いているようにも見えた。
8m07の自己記録は日大4年時の17年で、前年(8m00)もその年もシーズンで8m台は1試合だけだった。充実していたのは19年シーズンで、8m03~04を3試合で跳んだ。追い風参考(2.1m以上)記録でも8m台が2試合、そのうち1試合はベルギーの大会だった。反り跳びからシザース(はさみのように脚を交差させる空中フォーム)への変更が功を奏し、安定した強さを身につけた。
だが20年のコロナ禍による大会開催自粛期間が明けて3試合目で、「踏み切り脚(右脚)過伸展」(山川)の大ケガを負ってしまった。走幅跳では試技の前に踏切板への足合わせをするが、軽く踏み切った後は駆け抜けるような着地をする。そのとき砂場に大きめの穴があり、砂場の面の高さが通常と同じつもりで着地した山川はヒザ下が過伸展状態で突っ込むことになった。一時は車いすで生活するほどで、翌21年は東京五輪をあきらめきれずに試合には出たが、シーズンベストは7m68にとどまった。
20年もコロナ明けの2試合しか公認記録を残せず、2年連続7m60台が続いていた。山川が8m14の自己新に感極まったのは当然だった。
しかしペン取材のゾーンに来たときは冷静さを取り戻していて、5年ぶりの自己新の感想を問われ、「まだ標準記録(8m22)に届いていません」と答えた。だが「まずは目標だった8m10台に乗せることができてよかった」と続けた。
「(日大時代から指導を受けている)森長正樹先生と試行錯誤をして、助走が速くなったことを踏み切りに結びつけられました。8m14は助走から踏み切りに入る感じがこれまでで一番良かったですね。減速が少なかったです。米国で教わってきた腕の使い方ができるようになりました」
森長コーチによれば前日練習で「腰が前に進む踏み切りへの入り方ができるようになった」ことも大きかったという。
「スムーズな重心移動ができるようになりました。そこと腕の使い方がマッチした。しかし5本目の8m14も最後の1歩が近すぎて、腰が乗るというよりブレーキ気味に上に跳び出せた跳躍でした。そこは6本目の方が良かったかもしれません」
ノビシロを残した山川の8m14だった。
●後輩の橋岡と、先輩の泉谷を追って
男子走幅跳の大会前の今季日本最高記録は、東京五輪6位入賞の橋岡優輝(富士通・23。今大会は欠場)が4月に出した8m07。橋岡の自己記録は8m36なので、世界陸上に向けてまだまだ記録を伸ばすと思われるが、山川の8m14は日大の後輩を上回る今季日本最高でもあった。
2人は3学年違い。橋岡は17年に日大に入学し5月に自身初の8m(8m04)を跳んだが、山川はその前年に8mを超えていた(8m00)。勝負強さでは橋岡が5月の関東インカレも6月の日本選手権も優勝し、山川もその実力を認めざるを得なかった。だが記録では6月に8m05を跳んだ橋岡を、9月には山川が8m06で抜き返している。
ただ、18年以降の実績は国際大会も国内大会も、橋岡が大きくリードしていった。前述のように19年には山川も安定して8m台を跳んだが、橋岡は8m30台に記録を伸ばした。だが山川も、先輩として黙っているわけにはいかない。その気持ちが今季の躍進につながった。
「世界陸上に橋岡1人を行かせるのでなく、僕が先輩として、日本選手権に優勝して、しっかり彼を抜いて行くことが重要だと思っています」
山川は世界ランキングでも出場枠の32人に入っていくことができる位置にいるが、8m22の標準記録を跳べば日本選手権3位以内で世界陸上代表が決まる。
110mハードルの村竹も同じ状況で、世界ランキングでの出場も可能な位置につけているが、0.02秒に迫っている13秒32の標準記録を破って日本選手権3位以内に入れば代表入りできる。
この種目ではすでに泉谷駿介(住友電工)が13秒28(-0.2)と、昨年の東京五輪予選で標準記録を破っている。準決勝は突破できなかったが、ハードルに何台も引っかけながら13秒35(-0.1)の五輪日本人最高タイムを出した。昨年の日本選手権では13秒06(+1.2)と、21年世界5位タイの記録を出している。村竹にとっては順大の2学年違いの偉大な先輩である。
村竹も昨年の日本選手権予選で13秒28を出し、一時は自己記録で泉谷を上回った。今後の記録的な目標を問われると、「13秒0台を出したいです。あわよくば12秒台を」と織田記念の際に話していた。
偉大な先輩を“壁”と思わず挑戦していく。その意思表示だった。
TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト
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