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【金栗記念2022レビュー②】

伊藤vs.相澤のライバル対決は伊藤が快勝
2人とも世界陸上標準記録突破に手応え

東京五輪10000mに出場した伊藤達彦(Honda・24)と相澤晃(旭化成・24)。トラックと駅伝で何度も好勝負を繰り広げてきた2人が、金栗記念選抜中長距離熊本大会(4月9日。熊本えがお健康スタジアム)10000mにそろって出場した。目的はともに7月の世界陸上オレゴン大会の参加標準記録(27分28秒00)を突破すること。だが、ペースメーカーが予定のラップから後れてしまった。日本人トップの伊藤は27分42秒48の2位、同2位の相澤は27分45秒26の全体5位。目的は達成できなかったが、走りの内容には2人とも手応えを感じていた。

●勝負よりも記録優先だったレース

伊藤は一番のライバルに先着したにもかかわらず、「うれしくありません」と硬い表情のまま話した。
「27分28秒を突破したかったのですが、ペースメーカーが速くなくて。(かといって)自分でなんとかすることもできなくて」
 400 m毎が66秒なら標準記録に届くが、67~68秒かかる周回が多かった。伊藤は6000m過ぎで2番手まで上がりとペースアップをうながしたが、ペースメーカーもいっぱいの状態だった。8000m手前で伊藤が先頭に立ってペースを上げると、先頭集団はケニア選手6人と伊藤、相澤、市田孝(旭化成・29)の9人に。
 しかしこのあたりで伊藤も相澤も、標準記録突破は難しいと考えていた。
「記録は切れないので、日本選手権(5月7日)のために足を取っておこう」(伊藤)
「今日はペースが遅かったので、ラスト勝負でどれだけ走れるかを考えました」(相澤)
 2人の違いもあった。相澤が記録はあきらめても、ラスト勝負を試そうとしていた。それに対して伊藤は、そこまで勝敗にこだわっていなかった。
 だが、残り700mから相澤が前に出ると、伊藤の気持ちに火が点いてしまった。残り400 mでギアを一気に切り換えると、フィニッシュ直前でエバンス・ケイタニー(トヨタ紡織・22)に0.02秒競り負けはしたが、ラスト1周を56秒4のスピードでカバーしてみせた。
「負けず嫌いを発揮してしまいました。あれが相澤じゃなかったら、日本選手権のことを考えて出なかったと思います。最後もエバンスに勝てませんでしたし。世界で戦うには、あそこまで行ったら勝たないと」
 伊藤からライバルに勝った喜びの言葉は発せられなかった。

●冬期には山登りやウエイトに取り組んだ伊藤

ニューイヤー駅伝の伊藤はエース区間の4区(22.4km)で区間5位ではあったが、9人抜きで流れを変え、Hondaの初優勝に貢献した。昨年はニューイヤー駅伝で疲労骨折をしてしまったが、今年は駅伝後にしっかりと練習を積んだ。
「往復16kmくらいの登山道を走って登る練習を、2月には週1回くらいの頻度で取り入れましたし、ウエイトトレーニングも2月は週に2回くらい取り組みました。3月に入ってスピード練習に移行してきています。体重は少し増えていますが、重い感じはありません」
 金栗記念で標準記録を破ることはできなかったが、練習の成果は感じられたようだ。「全体的にペースに余裕を持てていました。無理なく上げ下げにも対応できた。序盤と中盤もしっかりペースを刻めば、標準記録を突破できます」
 当面の目標は5月の日本選手権だが、一番意識しているのは7月の世界陸上オレゴンである。
「東京五輪(22位)で課題がしっかり見えて、少しずつですが、克服しようと頑張ってきました。日本選手権に優勝し、標準記録を切って、世界陸上代表をしっかり決め、オレゴンで世界と勝負することが目標です」
 金栗記念の収穫は大きかった。

●スピード練習とスタミナ練習の割合を試行錯誤している相澤

相澤はレース途中で「ラスト勝負」に意識を切り換えた。苦手とする部分でどれだけ戦えるか。そこを試したかったが、結果としては伊藤との違いがはっきりした。
「(余裕があり)もっと早めに行こうかな、とも考えましたが、ラスト勝負に行きました。ラスト600 mから“伊藤に勝とう”と思ってスパートしたんですが…」
 相澤は東京五輪(17位)後に、スピードに特化した練習に取り組んだが、11月の八王子ロングディスタンスは27分58秒38と結果につながらなかった。川嶋伸次コーチは「スタミナ的な練習とスピード練習の割合で悩んでいた時期がありましたが、八王子の後は両方からアプローチしています」と説明する。
 東京五輪で感じた世界とのスピードの違いが大きかった。400 mを何本も行うメニューで、タイム設定をかなり速くした。その点は少し改めたが、スタミナ的な練習も重視しつつ、スピード練習のタイムは上げていく。シーズン前半は無理でも、「秋に向けてはやっていきたい」と言う。
 そのために年明けから、元ハードル選手のコーチを付け、動きづくりにも取り組んでいる。「足さばきにもう少しキレを出すためです」と川嶋コーチ。それがラストのキレにもつながるというが、金栗記念ではまだ十分な効果は現れていなかった。シーズン前半は、残り1周での勝負には持ち込まないだろう。
 日本選手権に向けて相澤は「伊藤は最後のキレがあるので、今日みたいな展開にはしないように、と思っています」と話した。
 金栗記念後に相澤は、SNSに「標準記録には届きませんでしたが、日本選手権に向けていい弾みになりました!次は伊藤をはじめ、他の選手に絶対勝ちます」とコメント。それに対し伊藤も「二人で標準突破や!勝つのは俺だけどな!!」と反応した。
 東京五輪では2人とも不発に終わったが、同じ国立競技場開催の日本選手権で熱い戦いが期待できる。その先のオレゴンで、世界に挑戦できる戦いをしておきたい。

TEXT by 寺田辰朗

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