世界陸上オレゴン3種目出場の田中が2種目に出場。ペース次第では5000m日本新の可能性も【全日本実業団陸上2022プレビュー③】
全日本実業団陸上(9月23~25日・岐阜メモリアルセンター長良川競技場)の田中希実(豊田自動織機・23)は、初日の1500mと3日目の5000mに出場する。6月の日本選手権では800mも加えた3種目5レースを4日間でこなし、7月の世界陸上オレゴンでも3種目5レースに挑戦した。東京五輪では1500mで8位入賞と日本人初の3分台(準決勝で3分59秒19)という快挙を達成していた。それに対し今年の世界陸上オレゴンは、「国際大会で初めて記録も成績も出せなかった」と悔しさが大きく残った。しかし世界陸上後には休養をはさんでイタリアと米国に遠征。想定以上の走りができ、精神的にも「やっと前向きに」(父親の田中健智コーチ)なった。全日本実業団陸上は「1500mを刺激にして、5000mが上手く(ペース的に)流れたら記録を狙う」(田中コーチ)ことが目的だ。
●オレゴン後にイタリアの3000mで自身の日本記録に迫る好走
25日の5000mには田中以外にも世界陸上オレゴン代表3人がエントリーしている。5000mの萩谷楓(エディオン・21)、10000mの五島莉乃(資生堂・24)、3000m障害の山中柚乃(愛媛銀行・21)で、さらには東京五輪10000m代表だった安藤友香(ワコール・28)、19年世界陸上ドーハ5000m代表だった木村友香(資生堂・27)も加わる。かなりの豪華メンバーだ。だが14分52秒84の日本記録更新ペース実現には、今回のメンバーでは外国勢の方が期待が高い。
2年前の全日本実業団陸上では今年も出場するムワンギ・レベッカ(ダイソー・21)が14分55秒32で優勝した。昨年はジュディ・ジェプングティチ(資生堂・19)が14分57秒55で優勝し、2位のレベッカと3位のカリウキ・ナオミ・ムッソーニ(ユニバーサルエンターテインメント・23)も14分台でフィニッシュ。今年ジェプングティッチは出ないが、参加資格記録ではテレシア・ムッソーニ(ダイソー・20)とカリウキ・ナオミ・ムッソーニの2人が14分40秒台を持ち、アグネス・ムカリ(京セラ・19)が14分53秒73、レベッカが14分57秒79である。
田中は東京五輪1500mと比較してしまうため、オレゴンの結果を低く自己評価をしているが、5000mは12位で東京五輪の予選落ちと19年世界陸上の14位を上回る。
8月30日のイタリア・ロベレートでの3000mでは8分41秒93と、自身の日本記録に0.89秒まで迫った。田中コーチによればペースメーカーが最初の1周を62~63秒と設定より速く入ってしまい、誰もつくことができなかったという。田中が集団を引っ張り、ラスト2周で最後まで走り続けたペースメーカーを逆転し、トップでフィニッシした。
オレゴンもロベレートも決して悪い内容ではない。来年の世界陸上ブダペスト大会標準記録の14分57秒00は、今大会の過去2年の記録からも可能性は十分ある。外国勢が作るペース次第では、日本記録も少しだけ期待していい。
●ニューヨークで取り戻した世界に向かって行く気持ち
世界陸上後の海外2連戦はロベレート3000mの優勝=8分41秒93と、ニューヨークのロード1マイルの5位=4分20秒だった。1マイルはダウンヒルコースと表記されていた。その分記録は良くなるが、4分20秒を1500mに換算したら4分02秒39になる。田中の1500mの記録は東京五輪の3レース(予選、準決勝、決勝)が上位3番目までを占めるが、ニューヨークのタイムはその次に相当する。
田中にとってニューヨークはどんな意味があったのか。田中コーチがレース展開も含め次のように話した。
「優勝したミラー(ローラ・ミラー=英国・29)が中間付近で一気にスパートして独走しましたが、田中は2位集団でずっと走ることができたんです。最後は2位の選手に2秒差でフィニッシュになだれ込みました。世界陸上から“迷走”していましたが、ニューヨークはダイヤモンドリーグが終わったためか、世界のトップ選手たちの雰囲気も解放的でした。そうそうたるメンバーでしたが失うものは何もないと、向かって行く気持ちが作れたようです」
ミラーは世界陸上オレゴン1500m銅メダリストで、2位のエレノア・フルトン(米国・29)は5月のゴールデングランプリ1500mで田中に先着した選手、3位のジェマ・リーキー(英国・24)は昨年の東京五輪800m4位入賞者、4位のアデル・トレーシー(ジャマイカ・29)は英国籍だった18年ヨーロッパ選手権800mで4位だった選手。
「本人はタイムを意識していたようですが、今回のメンバーの争いに最後まで絡んだら、今の田中にとっては勝ったと同じこと。東京だから出せた結果だと本人は思ってしまって、東京五輪が足かせのようになっていましたが、ニューヨークでは向かって行く気持ちを作れた。やっと求めているレースができました」
田中陣営は中期的な展望では、全日本実業団陸上は5000mをメインに考えていた。だがニューヨークの1マイルで好感触を得たことで「1500mもプランなしで行こうか」という話もしている。
「直前の状態を見て、何かを探る実験的な走りをするかもしれません。スタートしてスイッチが入ったら、どんな走りになるかわかりません」
初日の1500mも5000mへの“刺激”ではなく、違った目的を持つ可能性もある、ということだろう。日本記録(3分59秒19)やブダペストの参加標準記録(4分03秒50)は最初から独走することが必要なので難しいが、2周目や3周目で大きくペースアップしたり、ラスト1周で60秒切る猛スパートを見せたりする可能性はある。
田中の世界への再チャレンジが始まっている。
TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト