世界レベルの59分30~40秒台も意識する林田。今の状況を克服すれば世界に近づく選手に【全日本実業団ハーフマラソン2023プレビュー⑤】
日本記録(1時間00分00秒)更新へ意欲を見せる前回優勝者の林田洋翔(三菱重工・21)だが、不安要素もあるという。第51回全日本実業団ハーフマラソンは2月12日、山口市の維新百年記念公園陸上競技場を発着点とする21.0975kmのコースで行われる。林田に加え、20年大会で2位(日本人トップ)の古賀淳紫(安川電機・26)、トラックで代表歴を持つ佐藤悠基(SGホールディングス・36)、日本選手権10000m優勝経験のある大六野秀畝(旭化成・30)らが優勝候補に挙げられている。千葉大大学院卒業の異色経歴を持つ今江勇人(GMOインターネットグループ・25)も、ダークホースというより優勝候補の一角だ。昨年の優勝は「勢いだった」と認める林田が、今年も勝ちきれば世界への道が開ける。
●ライバルから世界をイメージする林田
林田洋翔は最初の5kmを、前回の優勝時は14分29秒で入った。
「昨年は最初スローでしたね。(1km)2分58秒とかで入っていましたから。今年は14分20秒を切ったくらいで入れれば。山口のコースは最初で多少(速いペースで)突っ込んでも、後半への影響はそんなに変わらないんじゃないかと思います」
似た内容を佐藤悠基も今江勇人も話していた。多くの選手に共通の認識なのだろう。
5km以降の5km毎も前回より10秒ずつアップさせれば、1時間00分00秒の日本記録に手が届くことになる。
林田自身は1週間前に、太田智樹(トヨタ自動車・25)が走った1時間00分08秒の日本歴代3位がイメージしやすいようだ。「太田さんには負けたくないので」と言う。
2人は昨年、今年とニューイヤー駅伝3区を走っている。前回は太田が区間2位で林田が区間3位。タイムは1秒差だった。今回は太田が区間1位で林田は2年連続区間3位。タイム差は26秒に開いた。林田の負けず嫌いの気持ちに火が点いた。
「太田さんのタイムを目指すなら日本記録も更新したいし、(その結果で代表入りしそうな)世界ハーフマラソンでしっかり戦うには、59分40秒、30秒台も視野に入れていきたい。そのためには最初から速いペースで攻めた走りも必要ですし、キツくなったときに我慢することも頭に入れて記録を狙っていきたい」
目標タイムは相当に高い数字だが、林田はそのペースで走ったときのキツさも覚悟している。例えば外国人選手が日本記録を上回るペースに持ち込んだとき、「どう食らいつくか。自分の中で課題になっています」と話す。
「パリ五輪の10000m代表を視野に入れています。そこに向けて今回のハーフは、しっかり勝ちきること、去年みたいに終盤でスパートの掛け合いになったときに勝つことが必要です」
身近なライバルの存在から世界をイメージする。全日本実業団ハーフマラソンという舞台が、林田のイメージをさらに膨らませる舞台になる。
●黒木監督の見る林田の課題
しかし世界に羽ばたくことは、誰にでもできることではない。黒木純監督は「この1年間の流れから見て苦しいレースになるかもしれない」と言う。
「1年前は勢いがあり、今年の世界陸上ブダペスト大会を狙えると思いましたが、この1年は足踏み状態になっています。10000mで27分台を出せず、九州実業団駅伝(5区区間10位)も不調でした。ニューイヤー駅伝にやっと合わせましたが、まだ会心の走りではありません」
1月はニュージーランドで、井上大仁(三菱重工・30)たち2~3月のマラソンに出場する先輩たちと合宿した。「練習では力が付いていることは間違いないですし、調整でも良いなあ、というのはあります」と黒木監督。林田の入社時から、林田の力を高く評価してきたのが黒木監督なのだが、その黒木監督が「確実に60分台で走ってくれたら」と、控えめな数字を口にしている。
それは林田のスタイルを変更しているからでもある。
「林田はタイプ的に、すごい練習をしなくても試合で、ドカンと走ることができてしまう選手です。それを、より上のレベルに到達するために、しっかり練習を積んでいくように、変えていっているところです。本人も強くなりたいと、練習をしっかりするようになりました。でも、それがまだ噛み合っていません。疲労が抜けなかったり、走らないと不安になったり」
つまり“勢い”で結果を出した1年前の林田が、さらに上の結果を出すために必要なステップを今、踏んでいるということだ。
59分台は簡単に出せるタイムではないが、世界を見据える林田は怯まない。
TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト