新井が今季日本最高の82m99。上昇ムードの男子やり投で、31歳が来年の世界陸上ブダペストに名乗り【Athlete Night Games in FUKUI2022】
観客のフィールドでの観戦やクラウドファンディングの活用など、独特の運営で行われているAthlete Night Games in FUKUIが8月20日、9.98スタジアム(福井県営陸上競技場)で開催された。男子やり投は新井涼平(スズキ・31)が3回目に82m99の今季日本最高、2年ぶりの80m越え、4年ぶりの82m台、17年以降の自身最高記録で優勝した。世界陸上オレゴン9位のディーン元気(ミズノ・30)が79m80で2位。2人とも来年の世界陸上ブダペストでの、日本フルエントリー(3人出場)に向けて意欲を見せていた。
●「練習は多かった頃の2割」
競技後の新井が発した「練習は多かった頃の2割しかしていません」というコメントに驚かされた。
「体調を崩していたので練習を落とさざるを得なかった。プラスアルファは追い求めず、やるべきことだけをやるようにしています。動き始めたのは今年の4月くらい。シーズン中の8月に間に合うとは思っていませんでした。間に合ったというより、上手くいっただけなので、奇跡かな、と思っています」
確認できる範囲では、15年の世界陸上北京大会前には1日10時間練習したこともあった。平均10時間ではないと思われるが、新井は相当にハードな練習をしてきた選手である。
「練習しすぎて体の外も内もボロボロになってしまいました。去年の日本選手権後はやりたい時にしか練習できないような状態で、練習するのは週に2~3回、少ないときは2週間に1回ということもありました。4月以降、週に4~6日の練習ができるようになってきたんです」
大学時代から新井を指導してきた国士大・岡田雅次監督によれば、「ウエイトも落ちて、体力面も落ちて、練習でもやりが飛ばなかった。日本選手権の3位(78m05)もまぐれに近かった。1カ月前くらいからようやく元気なときに投げ始めた」という状態だった。
●新井が再現したい15年世界陸上の投げ
新井は14年のアジア大会で銀メダルを獲得すると、15年の世界陸上北京大会で9位と入賞に迫り、16年リオ五輪でも決勝に進出して11位。自己記録は14年にマークした86n83(日本歴代2位)だが、15、16年も84m台のシーズンベストを投げていた。
新井は16年頃から「オリジナリティを前面に出し始めた」と岡田監督。自身の判断で、独自の技術を追い求め始めたのだ。世界のトップ選手も行っている捻りを利用した投げに取り組んだが、翌17年にフィンランドチームと行った南アフリカ合宿で異変が生じ始めた。
最初に肩甲骨を肉離れすると、次に首が痛くなった。左腕に痺れが出始め、やがて右側にも出るようになったという。左手の握力が13kgまで落ちた時期もあった(通常は70kg以上)。
だが歯の噛み合わせの矯正や地道なリハビリトレーニングで、その故障は克服した。18年からは「15年までの縦回転の投げ」(新井)に戻した。日本選手権も2020年まで7連勝を続けたし、17~20年の間も80m83だった18年を除けば、シーズンベストは82m前後を維持できた。
だが、そのレベルでは世界と戦えない。岡田監督によれば新井が目指したのは、15年世界陸上決勝の3回目の投げだという。「ファウルになりましたが、すごくやりが飛んだ試技でした。そのときの左脚のブロックを再現したいと取り組み始めました」(岡田監督)
捻りを利用した投げは、新井には合っていなかった。15年の縦回転の投げで、新井がやりたい技術を行うにはどうすればいいか。新井はハードな練習にその答えを求めていった。
しかしその結果が、心身とも限界を超えることになり、21年は79m20と8年ぶりにシーズンベストが80mを下回った。
●15年に届かなかった世界陸上入賞へ
練習量を減らすトレーニングに変えたのは今年の4月頃からだが、その頃から岡田監督に質問する頻度が増え始めた。岡田監督自身は「グラウンドに立っているだけ」で、練習も技術も新井に任せているが、「話が軽やかになりましたね」という。
練習量は2割になったが「逆に技術練習が多少増えたのかな」と新井も認めている。「ベストの選択をし続けている」というコメントもあった。
練習量的に無理を避けるトレーニングの中で、徐々に求める技術への道筋が見え始めたのではないか。取材していてそう感じたが、新井本人は「先は何も見えてなく、日々のチャレンジをしている状況ですので、まだそのレベルには達することができていないのかなと思っています」と話す。確かなものが得られるまで、もう少し時間がかかると感じているようだ。
来年の世界陸上ブダペストや24年のパリ五輪がターゲットになるが、ブダペストへの良いスタートになったか? という問いに静かに答えた。
「そうなればいいですけど、また無理をしすぎないように、あまり先のことを考えず、できることをやっていきます。でも代表に絡むレベルにはいないといけません。ランキングではなく標準記録の85m20を破って出場するようにしないと、予選だけになってしまいます。予選(突破レベル)は絶対に投げられるようにして、決勝で戦えるレベルにならないと」
アジア大会、世界陸上、オリンピックと戦い続けた14~16年頃の新井は、国際大会の成績や記録に対して貪欲なコメントが多かった。世界陸上北京大会で予選を通過したときは「決勝では反対側のスタンドまで投げますよ」と意気込んだ。
今の新井はその頃とは明らかに違う。岡田監督は「記録や大会の結果より、目指す技術に集中しているように見える」と話す。31歳になり日本のトップに戻ってきた新井が、何かをやってくれそうな雰囲気を持ち始めた。
TEXT by 寺田辰朗