【関東インカレ2021】男子110mハードルで泉谷が五輪標準記録突破
男子400mハードルの黒川は前半の強さが安定
女子短距離2冠の石川がリレー五輪代表に意欲
第100回関東学生陸上競技選手権(関東インカレ)が5月20日~23日の4日間、神奈川県相模原ギオンスタジアムで開催された。カテゴリー的には地区大会だが、全国からトップレベルの選手が集まる関東地区ということで、東京五輪を狙える選手も多数出場。男子110mハードルでは泉谷駿介(順大4年)が13秒30(+0.8)の学生新をマークし、東京五輪参加標準記録を突破した。すでに標準記録を突破していた黒川和樹(法大2年)は、男子400mハードルで順当勝ち。女子4×100 mリレーで東京五輪出場を狙う石川優(青学大1年)は、100mと200mの2冠を達成した。
●予選で泉谷が標準記録突破ができた理由は?
110mハードルの泉谷が大会初日の予選から記録を意識して走り、13秒30(+0.8)の学生新をマーク。13秒32の東京五輪参加標準記録も突破した。「標準を切ってから勝負が始まります。やっとスタートラインに立てますね」と、清々しい表情で話した。
インカレは参加選手数が多いため、短距離種目はラウンドが予選、準決勝、決勝と行われる。決勝に力を残すため、優勝候補選手は予選や準決勝の最後は力を抜いて走る。予選で最後まで全力を出し切るケースは珍しい。
泉谷は「明日は天気が悪いので、今日の一発目で決めたかった」と、狙い通りだったことを明かした。しかし狙ってはいても、インカレの予選でテンションを上げるのは簡単ではない。
泉谷は4月に13秒33(+1.7)と、標準記録に0.01秒と迫っていた。記録が出やすい織田記念で、金井大旺(ミズノ)が13秒16の日本人初13秒1台を出したレースだった。千載一遇のチャンスを逃した泉谷は、自身のTwitterに「どうもこんにちは。13.33でオリンピック標準0.01秒切れなかった泉谷です。」と綴った。そのくらい東京五輪に強い気持ちがあり、それがインカレ予選の集中力につながったのだろう。
翌日の決勝では追い風5.2mで参考記録となったが(追い風2.0mまでが公認)、13秒05の日本人最速タイムで走った。
「ビックリしたというか、安心しました。サブトラックのウォーミングアップで、ハードルぶつけたり転びそうになったり、風が強くて対処しきれなくて、すごく不安でした。良かった点は、スタートは村竹ラシッド(順大2年)に行かれたんですけど、焦らずに絶対に勝てるっていうイメージを持って後半伸びたので、それがよかったなって思います」
数字だけを見たら五輪&世界陸上のメダルレベルだが、追い風5.2mでは比較できない。泉谷自身も「(13秒05の)実感はありません」と繰り返した。
ただ、110mハードルはハードル間が9.14mと決まっている以上、どんなに調子が良くてもストライドを大きくできない種目である。日本人が経験したことのないスピードの中で、ハードル間をしっかり刻み、踏み切り、着地する動きを遂行した。スプリント能力が上がっても110mハードルの記録が伸びるとは限らないが、泉谷は13秒0台の動きに対応できる能力があることを示した。
日本選手権は金井と髙山峻野(ゼンリン)、自己記録が上の2選手との争いになる。髙山は13秒25の前日本記録保持者。19年世界陸上ドーハ大会では予選で13秒32(+0.4)の海外日本人最高タイムをマークして、準決勝に進んだ選手である。
「(日本選手権は)まずは3番に入って絶対にオリンピックを決める大会だと思っています。絶対3番に入ることです」
日本選手権の位置づけを問われるとこう答えたが、目標順位を問われると「やっぱり1番です。金井さんにもしっかり勝っていきたい」と本音も話した。日本選手権の激闘が予想された110mハードルが、より激しい戦いになる。それを予感させた泉谷の走りだった。
●激戦種目で前半型を貫く黒川
黒川和樹(法大2年)に安定した強さ、学生間でいえば貫禄が備わってきた。
5月9日のREADY STEADY TOKYO男子400mハードルで48秒68と、東京五輪標準記録を突破。大学2年生としては最高タイムをマークして優勝した。次戦にあたる関東インカレが注目されたが、疲れが残る中でも49秒76で勝ちきった。
法大の先輩でもある為末大(47秒89の日本記録保持者)と同じように、この冬期で超前半型のレース展開を会得したことが、勝負と記録の両方に結びついている。
前日の予選後に「前半から飛ばして、後半で山内(大夢・早大4年)さんが詰めてくると思いますが、逃げ切りたい」と話していた黒川。決勝前のウォーミングアップでは「疲労感が抜けていなくて、動きが噛み合っていない」ため、棄権も考えたという。それでも覚悟を決めて、予定通りに前半から飛ばして行った。外側レーンであることと前半型であることを生かし山内との差を広げていった。
2位の山内は49秒90。READY STEADY TOKYOでも2位(48秒84)だったが、五輪標準記録を破っていた。両者の差はREADY STEADY TOKYOが0.16秒で、関東インカレは0.14秒。黒川がプラン通りに逃げ切ったが、黒川の終盤のペースダウンもREADY STEADY TOKYOと同じように大きかった。
「後半はいくらなんでもタレ過ぎました。もう少し体幹を固めてロスを減らしたい」
黒川、山内、安部孝駿(ヤマダホールディングス)、豊田将樹(富士通)と標準記録突破者が4人いる激戦種目だが、現状、黒川が日本選手権で3位以内に入って東京五輪代表に内定する可能性は大きい。
だが最後のペースダウンが関東インカレと同じくらい大きければ、他の3人がしっかり調子を上げてきた場合、4位に落ちる可能性もゼロとは言い切れない。それでも黒川は、「日本選手権でも周りに惑わされず、前半から行ければ優勝できる。優勝します。勝ちに行きます」とレース戦術を明言した。自身の代名詞になりつつある超前半型のレースパターンを、崩すつもりは少しもない。
●女子短距離2冠の石川への期待とは?
女子100 m、200 mの2冠を達成した石川優(青学大1年)は関東の女子学生選手で、東京五輪出場の可能性を持つ数少ない選手の1人だ。
女子4×100 mリレー(青山華依・兒玉芽生・齋藤愛美・鶴田玲美)は5月2日のシレジア世界リレー選手権で4位(44秒40)となり、東京五輪代表権を獲得した。石川は現地でのトライアルの結果、控えに回った選手である(初の海外遠征ということもあり発熱などもあった)。
「先輩方がオリンピックにつなげてくれたので本当にうれしかったです。でも、スタンドで見ている自分のことを考えると、めっちゃ悔しかったです」
しかし石川も世界リレーの代表になっているので、リレーの五輪代表候補選手にはすでに入っている。あとは個人種目の日本選手権の結果次第で代表入りが決定する。
神奈川県相洋高3年だった昨年、すでに日本選手権100mで3位(11秒66・+0.5)の成績を残した。兒玉芽生(福岡大4年。当時3年)が11秒36で優勝し、鶴田玲美(南九州ファミリーマート)が11秒53で2位だったレース。陸連が測定した10m毎のスピードは石川も、後半では上位2人と遜色なかったという。
4月11日の吉岡記念出雲陸上では、追い風参考記録となったが11秒46(+3.0)で優勝している。
関東インカレではヒザ裏に軽い痛みがあったため、100mはスタートを抑えめに走って11秒44(+5.1)。後半の強さを発揮し、2位の宮武アビーダラリー(日体大2年)に0.16秒差をつけた。200 mは23秒55(+4.4)。ヒザの不安がなく、思い切ったスタートで前半をリードしたが、後半で宮武に0.03秒差まで追い込まれた。
課題の前半を克服するために、試行錯誤をしている中での関東インカレ2冠だった。
「100回大会で、インカレ初出場で勝てたことはうれしいのですが、出雲で11秒46で走っていたのでタイム的には結構悔しいです。練習は高校のときよりも本数が多くなっていますが、(どうやって100mのスピードにつなげるかなど)やることは見えてきました」
世界リレー選手権を走ったメンバー以外で日本選手権のトップに入れば、東京五輪代表に選考される可能性は大きい。だが、石川は前回3位の実績があり、シレジアのスタンドで味わった悔しさもモチベーションとなっている。
「日本選手権に向けてしっかり調子を上げて、優勝を狙って行きます。去年の3位も悔しかったですから」
昨シーズンは兒玉が100mで11秒35の日本歴代3位、鶴田が200 mで23秒17の日本歴代3位を出し、女子短距離が盛り上がりを見せ始めた。今年は200 mU20日本記録(23秒45)を持つ齋藤愛美(大阪成蹊大4年)が復調し、青山華依(甲南大1年)が高校生だった2月の日本選手権室内60mに優勝。19年に11秒46の高校歴代2位を出した御家瀬緑(住友電工)も、復調の兆しを見せている。
女子4×100 mリレーの日本記録は11年に、1走から北風沙織(北海道ハイテクAC)・高橋萌木子(富士通)・福島千里(北海道ハイテクAC)・市川華菜(中京大)のメンバーで出した43秒39。個人種目のタイムではそのときの4人にまだ及ばないが、徐々に近づき始めた。
メダルが確実視されている男子のような成績は期待できないが、女子4×100 mリレーの9年ぶり五輪出場を機に、各選手がどう成長していくか。それ次第で、女子短距離も注目種目になる。
写真・TEXT by 寺田辰朗