2年前のチャンピオン富士通はマラソン・コンビ抜きでV奪回に挑戦キャプテン坂東が3区区間賞に意欲【ニューイヤー駅伝展望コラム第4回】
2年前の優勝チームの富士通が、東京五輪代表の中村匠吾(30)と日本記録保持者の鈴木健吾(27)、マラソンの強力コンビをメンバーから外して駅伝を戦う。
23年最初の全国一決定戦であるニューイヤー駅伝は、前回優勝のHonda、2年前優勝の富士通、戦力充実が著しいトヨタ自動車、九州大会優勝の黒崎播磨が4強と言われている。そこに大迫傑(Nike・31)が“参画”するGMOインターネットグループも加わる勢いだ。
マラソン・コンビ抜きで戦う富士通だが、それでも選手層の厚さは参加チーム中一、二を争う。キャプテンの坂東悠汰(26)、松枝博輝(29)、塩尻和也(26)らのトラックの五輪代表経験選手に加え、横手健(29)が代表組に匹敵する力がある。そして浦野雄平(25)が復調し切り札的な役割を担う。
●坂東が駅伝に向けて「良い流れ」に
東京五輪5000m代表だった坂東は、2年前のニューイヤー駅伝はスピード区間の3区を走って優勝に貢献した。だが前回は、メンバーから外れている。
「7区の浦野の付き添いをやっていました。メンバーから外れたときは自分に対しての苛立ちが強かったですし、チームの順位(12位)が悪いときにチームに何もできない無力さを感じました。今年はメンバーに入るだけなくて、区間賞を目標にやっていこうと思います」
今季の坂東は7月の世界陸上オレゴン代表を逃した。6月の日本選手権(18位)を最後にレースから離れ、夏は「苦手の走り込みを、チームのみんなの力を借りて行った」という。
9月に1500mに2試合出場して速い動きを戻し、10月の5000mで13分21秒94、東日本実業団駅伝1区で区間3位。そして12月10日のエディオン・ディスタンスチャレンジ5000mでは、ケニア勢を抑え13分25秒16で優勝した。「秋は順調に狙った大会で走れています。駅伝に向けて良い流れです」
2年前のニューイヤー駅伝は、区間6位ではあったが3人抜きを見せた。チームを3位まで浮上させ、4区の中村がトップに立つ展開につなげた。「3区でもう一度区間賞を目指したいですね。2年前は終盤で先頭集団まで追いついたので、同じような走りをしたいです」
同じ東京五輪代表の松枝もいるので3区と決まったわけではないが、坂東が3区で区間賞の走りをすればリードを奪う展開も期待できる。
●マラソン・コンビを外した理由とは?
富士通が中村と鈴木のマラソン・コンビをエントリーしなかった。その理由は何か。
中村は2年前のニューイヤー駅伝は、最長区間の4区でトップに立った。鈴木は2年前には6区区間賞で、優勝にダメを押す走りを見せた。駅伝でも活躍してきた2人である。
ところが前回は中村が4区で区間26位。2区でもブレーキがあり、4区の中村で19位まで後退した。5区の鈴木も区間10位と振るわず、14位に上がるのが精一杯。チームは12位に終わった。
高橋健一監督は「マラソン組に無理をさせてしまった」と起用ミスを認める。「走れているメンバーを外して、調子が上がっていなかった2人を入れてしまったのです」
マラソン・コンビはその後、故障もしてしまったという。来年は8月の世界陸上ブダペスト大会と、10月のMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。パリ五輪代表3枠のうち2人が決定)、再来年はパリ五輪と続く。高橋監督は2人を駅伝から外す決断をした。
坂東はマラソン・コンビ抜きで戦うことを受け容れている。
「匠吾さん、健吾さんが一緒に駅伝をやってくれたほうが、チームとしては優勝に近づけます。しかし僕たちは、個人の種目をそれぞれレベルの高いところでやっていて、2人の目標は僕たちも尊重しています。駅伝を一緒にやれないのは本当に残念ですが、マラソンの方で頑張ってもらいたい。僕らも戦力的に2人が不在でも優勝できないわけではありません。今年から僕がキャプテンになったこともありますし、優勝を目指していけるように1つになってやっていきたい」
坂東はマラソン・コンビへのリスペクトを込めつつ、きっぱりと話した。
●最長区間は塩尻有力だが横手の可能性も
マラソン・コンビが出場しないことは決定事項。では、最長区間の4区を誰が走るのだろうか。
候補は2人。最有力は塩尻で、東日本予選でも最長区間の3区を任された。箱根駅伝エース区間の2区でも、4年前に当時の区間日本人最高記録で走っている。3000m障害のリオ五輪代表だが、今は5000mと10000mで代表入りを狙っているランナーだ。
もう1人は横手で過去、17年と18年大会で4区を走り、区間4位と8位で走った実績がある。故障が多く伸び悩んでいたが、今季は完全に復調。トラックでも好走し、来年は初マラソンにも挑戦するプランを持つ。
第一候補と思われている塩尻は、4区に対して積極的な意思表示はしていない。「長い距離を走るのはあまり得意じゃないんです。できれば一番長いところ以外がいいです(笑)」
だが、10月、11月と2カ月連続で10000mの27分台を出したことについては、自身でも評価している。
「力がついたと自分でも思っています。理由としてはここ2年ほど夏合宿、8月の練習が順調に積めていなくて、体調が悪いとか脚の故障ではなかったのですが、順調に走れないシーズンが続いていました。今年の夏合宿は練習が順調に積めたんです。それが夏以降の試合で上手く走れている要因かな、と思います」
東日本予選3区では3人の集団の先頭で、積極的に前を走った。最後はSUBARUとヤクルトに先着されて3位で中継したが、一番のライバルとなるHondaを引き離すことを狙った積極策だった。向かい風を真正面から受けて区間8位に終わったが、チームのために全力を尽くす気概が伝わってきた。
もう1人の有力候補である横手も、練習の継続を好調の要因に挙げる。
「2年目の冬にマラソンを走りたかったのですが、故障と体調不良が続いてしまいました。戻そう、戻そうと焦っても、悪循環に陥ってしまって…」
入社3年目もニューイヤー駅伝には何とか合わせ、6区で区間2位と底力を示した。だが、チームがアクシデントで出場を逃した20年大会も含め、4年目以降の3シーズンはニューイヤー駅伝に出場していない。悪循環を脱したのが21年夏。そこからは練習を継続することができ、昨年の東日本予選はアンカーでHondaを逆転して優勝に貢献した。ニューイヤー駅伝は出場できなかったが、今季は前述のようにマラソンを意識した練習もスタートさせた。
「やっと上積みができ始めて、万全の準備ができたらマラソンにも挑戦します。距離走を意図的に増やしたことで基礎が固まりました。(東日本予選時点で)体重も1㎏増え、お尻をしっかり使えるようになりましたね」
今年の東日本予選は4区で区間賞。福嶋正総監督は「馬力が一番あるのが横手。向かい風になる終盤に持ち味を出せる」と期待する。
●浦野の復活で隙のないオーダーが可能に
富士通にとって大きいのは浦野の復活だ。
2月の大阪マラソンで2時間07分52秒の3位となり、来年10月開催のMGC出場資格を得ている選手。8カ月以上もレースに出ていなかったが、エディオン・ディスタンスチャレンジ5000mで13分29秒37(2位)と、自己新記録で坂東に続いた。
ブランクの理由は「4月に股関節周辺に痛みが出た」からで、その後は半年間、「まともに走れなかった」という。(週に2~3回行う負荷の大きい)ポイント練習を始めたのは11月3日の東日本予選が終わってから。短期間で自己新を出すことができたのは、走り方自体を見直したことも影響していた。
「重心の乗せ方、臀筋の使い方、呼吸法と見直して、今もそうですが、リハビリトレーニングを継続してきました」
呼吸は腹式呼吸、胸式呼吸をしっかり行うことで、背中の張りなどが違ってくる。
浦野は2年前の優勝時は7区区間賞の選手だが、「ユーティリティー性を売りで駅伝は戦っている」と自負する。追い風でも向かい風でも、上りでも下りでも、集団走でも単独走でも力を発揮する。マラソンで2時間7分台を持ち、5000mでも13分20秒台のスピードをつけた。國學院大3年時の箱根駅伝は、山登りの5区で区間賞を取った。
その浦野を何区に起用するか。他の選手たちの仕上がり次第になるが、普通なら穴が空く区間に、どの区間でも区間上位が期待できる浦野を起用できる。
坂東、松枝、塩澤稀夕(24)が1、3区候補だが、そのうち2人に何かあっても穴埋めができる。4、5区は塩尻と横手が候補だが、2人に何かあっても問題ない。6、7区は3000m障害で世界陸上代表経験がある潰滝大記(29)、10000mで27分台間近の中村大成(25)、新人の飯田貴之(23)と椎野修羅(23)だが、おそらく浦野がどちらかの区間を走る。
ジョーカー的な起用ができる浦野が復活したことで、多少のアクシデントがあっても分厚い選手層を生かせるチームに富士通はなっている。
TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト