【全日本実業団陸上2日目①】
男子100mはスタートで出遅れた小池がフィニッシュ前で坂井を逆転
小池、多田、山縣の五輪代表3人は新スパイクで出場
東京五輪代表だった3人が、全日本実業団陸上2日目(9月25日、大阪ヤンマースタジアム長居)の男子100mに出場した。山縣亮太(セイコー)は予選1組で10秒43(-1.1)の2位、多田修平(住友電工)は予選2組で10秒36(-0.8)の1位。来年の世界陸上オレゴン大会標準記録の10秒05を破ることは難しいと判断し、決勝を棄権した。小池祐貴(住友電工)1人が決勝を走り、坂井隆一郎(大阪ガス)の好走に苦戦はしたが、フィニッシュ前で抜き去り10秒19(-0.5)で優勝した。
客観的に見れば五輪代表の小池が底力を見せて勝ちきった。だが小池にとっては走りの内容が重要だった。そこには、東京五輪後に多くの選手が履き始めた新スパイクへの対応も含まれていた。
●多田、山縣不在のレースでも「練習の方向性」を確認した小池
男子100mは坂井が好スタートでリードした。坂井は予選でも、スタートから日本記録保持者の山縣亮太(セイコー)を引き離し、向かい風1.1mのなか10秒30と好走していた。
一方の小池はもともとスタートが速い方ではない。それに加え、「脚にトラブル」(小池)が生じていたため出遅れた。
「右のふくらはぎがセット(用意)のときにプルッとして、手が動いてしましました。(スタートがやり直しになり)2回目もそれがまた来るんじゃないかと怖くて、出はかなりゆっくりと出ました。最初にスピードに乗れなかった分、抜くのがギリギリになってしまいました」
展望記事②
で紹介したように、坂井と東田旺洋(栃木県スポーツ協会)も力をつけているが、小池が五輪代表の面目を保った形になった。
だが小池は「誰と走るかは気にしていなかった」という。
「この試合はみんなの位置づけがバラバラで、記録を出したい人もいれば、感覚良く終わりたい人もいた。僕はどちらかというと自分のやっている練習の方向性が正しいかどうか、タイムを見たり、周りと比べてどこで加速できてどこで維持できているかの指標にしたりすることが目的でした。(五輪代表2人の欠場は)そんなに影響はありませんでした」
小池の優勝記録は10秒19(-0.1)、2位の坂井は10秒21だった。「追い風が0点何メートルか吹いたら出せる」と感じていた来年の世界陸上標準記録は、残念ながら破ることはできなかった。
●理論的な理想の追求から「自分が一番気持ちの良い走り」に
だが、「この数週間で久々にかなり練習ができて上手く行っていた」と明かした。小池は東京五輪後に何を変えて、どんな手応えを持っているのだろう。
小池は東京五輪後に、最近のトレーニング姿勢を修正した。
「自分の中でレースのリズム、走りのリズムがあるのですが、本来のものを追っているというより、理想を追っている感じになっていました。こうすれば速く走ることができる、という理論に基づいて、それに近づけようとしていた。それを一度全部やめて、自分が一番気持ち良く走れるのはどんな姿勢で、どんなテンポなのか。(理論よりも)感覚に思い切り振ってトレーニングを積み、そのためにはこの辺の筋肉がもうちょっと欲しいとか、自分の体の欲求みたいなものが理解できてきました」
具体的な走り方としては、「胸を張って腕も大きく振って、ピッチ中心にリラックスするとかではなく、とにかく前に大きく弾んでいく走り」だ。
今大会の歩数などのデータがわかればさらに、方向性を固めることができる。
●「上半身の重りをいかに使うか」(小池)
山縣と多田は予選を走り、2人とも「世界陸上標準記録の10秒05が厳しい」(多田)という理由で決勝を棄権した。
山縣は「右ヒザが痛い」ことも理由だった。展望記事①
で紹介したように、新しいトレーニングで数値が上がっているメニューもあるが、そこを頑張るとヒザに負担がかかって痛みも出てしまう。今大会で明確な成果は得られなかったため、「来年に向けて鍛え直さないといけない」と、現状を再確認した。
2人とも東京五輪で生じた課題として、海外勢との体格や筋肉量の違いを挙げていた。小池も「自分も同じ」だという。
「オリンピックが終わった夜に、短距離選手みんなで課題を話し合い、基本的には体格だなという結論に満場一致で至りました。上半身の重りをどう使うか、という技術、そのベースがないとトップスピードを上げるのは難しい。自分も上半身の筋量が一番良かった頃よりも少し足りない状態です。500グラムから1㎏ちょっと付けば、手応えが良くなるかもしれません」
体格重視の傾向が日本の短距離界に生じているわけだが、その背景には東京五輪で好成績を残していた選手の多くが、(前足部に)エアーが入っていて反発をもらえるスパイクを着用していたことが挙げられる。
「しっかりスパイクの性能を引き出す努力をしないといけない」(山縣)という認識は一致はしているが、着用時の感じ方、どう対処するかの考え方は選手によって微妙に異なる。
多田は「接地の際にどうしても感覚が違ってきます。そこを理解して、しっかりスパイクを扱えるよう、もっと筋力をつけないといけません」と感じている。山縣は「思っていたより反発が強く、回転を上げていくところでリズムが合わなくなることがある。そこを合わせていかないと」言う。
小池だけが「最初はけっこう難しかったのですが、このスパイクで気持ち良く走るには、と改善を重ねてきたら、おおよそ良くなって来ました。この路線で行けばいいのかな」と対応が進んでいる。
1つの大会や、五輪後2カ月弱というタイミングでの結果で結論を出すべきではないが、今後の短距離を見ていく中で、体格や筋量と新スパイクへの対応が注目すべき要素になった。
TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト
【全日本実業団陸上】
25日26日をYouTube TBS陸上ちゃんねるでライブ配信