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【別大マラソン2022プレビュー④】

タイプの異なる鎧坂と小野の旭化成コンビ

別大で初マラソン優勝のレジェンドたちに続けるか?

 初マラソンの注目選手が多い今年の別大マラソン(2月6日)。タイプは対照的だが、鎧坂哲哉(31)と小野知大(22)の旭化成コンビも注目されてしかるべきだろう。鎧坂は5000mで13分12秒63の日本歴代2位、10000mは27分29秒74の日本歴代6位の記録を持つ。トラックで大活躍してきたベテランランナーだ。一方の小野は今年のニューイヤー駅伝5区で区間賞を取るなど、駅伝では名門・旭化成の主力に成長した新鋭ランナーである。同じ距離でもロードでは、トラックの自己記録より速いタイムで簡単に走る。ロードでの強さは折り紙付きだ。

 チームメイトだが対照的な2人が、同じ年の別大を初マラソンに選んだ。

●鎧坂のマラソン出場の背景に大迫とのトレーニング

 鎧坂哲哉が31歳で初マラソンに出場する。5000m、10000m、マラソンの元日本記録保持者である高岡寿成(現カネボウ監督)も31歳で初マラソンを走ったので、前例がない年齢というわけではないが、遅めの年齢であることは間違いない。

 鎧坂はニューイヤー駅伝でも、13.6kmの3区では区間賞を3回取っているが、22.4kmの4区では昨年区間4位だった。距離が延びると持ち前のスピードで押し切ることができない。マラソンは難しいと、鎧坂自身も以前は考えていた。

 マラソンに踏み切ったのは自身のケガと、東京五輪マラソン6位に入賞した大迫傑との合同トレーニングがきっかけだった。

 故障は15年世界陸上北京に出場した翌年あたりから、アキレス腱の痛みに悩まされ続けてきた。そのなかでも一昨年12月の日本選手権10000mは27分36秒29で5位。本人にとっては東京五輪代表を逃す不本意な結果だったが、客観的に見れば健闘だった。

 だが昨年5月の日本選手権10000mは欠場、6月の日本選手権5000mは26位。左ひざ鵞足(ガソク)炎の痛みが出て走れなかった。東京五輪を最大目標としてきただけに「やめる選択肢もあった」と鎧坂は言う。

「どうしていくかを考えている中で、まだ走り足りないな、という思いが強くなりました。別種目でちゃんと挑戦してみよう」

 トラックの練習だと痛みが出ても、マラソン練習ならスピードを少し抑えられるため、ほとんど痛みは出ない。痛みが続くと走ること自体が楽しくなくなるが、痛みが出なければ自分に何ができるかに考えが向いた。

 そのとき鎧坂の背中を押したのが、大迫と合同で行ったトレーニングの経験である。大迫とは世界陸上北京10000mに一緒に出場した。その後何度か合同でトレーニングを行い、リオ五輪後にマラソンに挑戦していく大迫を近くで見ることができた。

「大迫の練習が自分の中で1つの指標になりました。あのレベルの練習ができれば世界と戦える。それを明確にしてもらえたと感じました。マラソンを選択するに至った1つの要因です」

 旭化成のチームメイトがマラソンをする様子も見てきたが、自身と同じようにトラックのスピードがある大迫のトレーニングの方が、より明確に自分のマラソンをイメージできた。


●鎧坂はマラソンにチャレンジではなくマラソンで勝負

 昨年6月の日本選手権以降、鎧坂は休養をはさんでマラソンに向けて走り始めた。十分に休養したことで脚の痛みも出なくなった。復帰戦は11月の八王子ロングディスタンス10000m。27分41秒78と自己4番目の好記録で走って見せた。「マラソン練習をしながらでも28分は切りたかった」。自身の想定より10秒以上もよかった。この辺は長年のトラック種目の強化で、スピードが身についていることの証しだろう。

 しかしスピードが武器だといっても、速いスピードで20km、30kmと押して行くにはスピード持久力がなければできない。

「2分58秒(/km)でペースメーカーをしたことはありますが、それで初マラソンを押し通せるかわかりません。それよりもしっかり42.195kmを走ってみたい。マラソンにチャレンジしたいというより、マラソンでしっかり勝負がしたいんです。勝負の楽しみを知りたいですね。優勝タイムが2時間8分台となることが多い別大を選びました」

 当日のペースに関しては、少し心配な情報が前日になって入ってきた。北西の風が6~7m(/秒)吹く予報が出ているのだ。1km3分00秒、5km15分00秒を目安に30kmまでをペースメーカーが先導する設定だが、スタートから10kmの第1折り返しまでは向かい風となる。ペースを15分10秒くらいに落とすなどして対処する。その後は35kmの第2折り返しまでは追い風だが、その後は再度向かい風となる。体の小さい鎧坂は向かい風の影響を大きく受ける。

 だが鎧坂の距離走など持久系のメニューを走る様子を見て、川嶋コーチは手応えを感じている。

「40km走など距離走ではスタミナ面を心配していました。しかし、ペース設定は速くはありませんが、我々の設定したタイムより速いペースでやることができました。スタミナもありますね」

 風除けのために集団の後方を走るとテレビには映らない可能性もあるが、鎧坂の初マラソンはしっかり集団で走り、終盤で勝負に出るのが理想の展開だ。41kmの舞鶴橋東交差点を右折すると風向きが変わる。鎧坂がギアを変える地点かもしれない。

●小野は2年前の吉田の2時間08分30秒が目標

 もう1人の小野知大への期待も大きい。

 小野は駅伝で育ってきた。旭化成がニューイヤー駅伝に4連覇した20年に、6区で区間賞を獲得。トヨタ自動車を逆転してトップに立っただけでなく、入社2年目の20歳が2位に46秒差をつけて独走態勢に持ち込んだ。

 しかし前回は6区で区間3位。2位でタスキを受けたが富士通・鈴木健吾に引き離されてしまった。旭化成スタッフによれば競り合いになると、自身のリズムに持ち込めない課題がある。そのときもトヨタ自動車・青木祐人と一緒に走り、同タイム中継ではあったが最後は先着された。故障の多さも課題で、1年前はシーズンを通じた練習の積み重ねも不十分だった。

 だが21年シーズンは故障がなく、トラックでも自己記録を更新。今年のニューイヤー駅伝は主要区間の5区に抜擢されて区間賞を獲得した。競り合いにはリズムが乱れるが、前を追ってどんどん抜いて行く展開ならリズムよく走れる。その走りを集団の中でできるかどうかが、小野の初マラソンの成否を左右するかもしれない。

 駅伝の速いペースの中での走りと、駅伝と比べればゆっくりしたマラソンの走りでは、リズムが違って別ものになる可能性もある。そういった点も含めて、小野は初マラソンで多くのことを学ばなければならない。

 故障が多かったのはレースで出し切るタイプで、連戦すると疲労が蓄積する傾向もあるからだ。ニューイヤー駅伝後の疲れのコントロールができていないと、苦戦するかもしれない。

 それでも、小野のロードでの自信は揺らがない。「同じ距離を練習で走ったとき、トラックなら全力でもロードなら全力じゃありません」。自信だけでなく、昨年11月に10000mの自己記録を28分23秒68まで縮め、マラソンの速いペースにも十分対応できるスピードを身につけた。

 小野が目標としている記録は、吉田祐也(GMOインターネットグループ。当時青学大4年)が2年前の別大で出した2時間08分30秒だ。「2年前の吉田さんが、今の自分と同じ年齢でした。目標にすべきタイムだと思います」

 その前後のタイムを出せれば、別大マラソン・プレビュー①(https://note.com/tbsrikujou/n/n7d6e65d60840)に掲載した初マラソン歴代リストでも上位に食い込む。旭化成の主要メンバーに成長した小野には、そのレベルを狙う資格が十分ある。

            ◇

 別大マラソンには過去、旭化成から多くの選手が出場してきた。ここ50年以内では85年大会の谷口浩美(2時間13分16秒)と、91年大会の森下広一(2時間08分53秒)、08年大会の足立知弥(2時間11分59秒)の3人が初マラソン初優勝を別大で果たしている。谷口は91年世界陸上東京大会で、日本選手世界陸上初の金メダルを獲得した歴史的ランナーに成長した。翌92年のバルセロナ五輪では森下が銀メダルを獲得。現時点で森下が日本男子マラソンの、最後の五輪メダル獲得者になっている。

 今年の70回記念大会で名門・旭化成の2人が、偉大な先輩に続くことができるだろうか。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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