yumbo『いくつもの宴 multiple banquets 1998─2021』について
『参加者が増えると新しいメロディーが出てくる』
本作に当てられたオーディオコメンタリー中、ドラマーの山路智恵子からふいに発せられる言葉である。全63曲・収録時間6時間弱に及ぶyumbo初の映像作品集『いくつもの宴 multiple banquets 1998─2021』を、ひいては20年以上に渡りyumboというバンドを (もっと言うと澁谷浩次という音楽家を) 駆動させてきたものが何たるかを表現しようとしたとき、果たしてこれ以上の言葉があろうか。
先のコメントが生まれたのは2017年の京都UrBANGUILD公演「小さな穴」の演奏に当てられたコメンタリー中のこと。 (このDVDでは6時間弱に及ぶ全収録時間に澁谷浩次を中心としたyumboメンバーや関係者の声がコメンタリーとして副音声収録されている)
4thアルバム『鬼火』のリリース・パーティーとして、アルバムにも参加しているてんこまつり(オーボエ)に加えて、みやけをしんいち(ソプラノサックス)、清造理英子(トロンボーン)といった管楽器奏者をゲストに迎えた特別編成でもって、1stアルバム収録の「小さな穴」を演奏するにあたり、澁谷浩次はこの日のためにてんこまつりに宛てて新しくオーボエのパート(素晴らしい!)を書いたのだという。
そんな澁谷浩次の解説が、山路智恵子による先の言葉 (『参加者が増えると新しいメロディーが出てくる』) を引き出し、放たれた言葉は波源となり、DVD作中全体を共振させていく。
もう少し、波源である京都UrBANGUILD公演に留まりたい。(この辺でDVDにも収録されているこの日の「失敗を抱きしめよう」の演奏の様子もご覧いただきたい。)
先に述べたてんこまつり(オーボエ)、みやけをしんいち(ソプラノサックス)、清造理英子(トロンボーン)の3人のゲスト陣に加えて、レギュラーメンバーである工藤夏海(フレンチホルン)、芦田勇人(ユーフォニウム)の合計5管が支えるサウンドはまさしくこの作品中で確認できるバンドの最高到達点の一つに数えられよう。
4時間近くに渡り、この時点で20年分に近い紆余曲折 (DVDを再生して最初に収録されているのが27分を越えるインプロビゼーションだったのはさすがに面食らった) を見守ってきた者にとって、京都UrBANGUILD公演のメンバーで鳴らされるメロディーには激しく胸を打つものがある。それと同時にそこに至るまでには、それまでの年月に幾人とともに鳴らされたいくつものメロディーが不可欠なこともまた確かなのだと、強く訴えかける力がこの映像作品には宿っている。
他に澁谷浩次のインスピレーションを掻き立てて、新しいメロディーが生まれる原動力になった存在として重要なのがyumboの新旧ボーカリストである高柳あゆ子、大野綾子 両名だ。
初代のボーカリストである大野綾子と出会った時のことについて、昨年ドイツのMorr Musicからリリースされたアンソロジー『間違いの実 / The Fruit Of Errata』に付属するブックレットで澁谷浩次は語る。
これを踏まえたときに印象深いのが2002年に仙台 火星の庭で演奏された「五橋ラグ」、「配達される霊感」、「さようなら」のようすである。時期的に大野綾子と出会う寸前くらいのライブなのだけれど、インプロ→作曲したものを演奏するバンドへと転換していくグレーゾーンをカメラは克明に捉えている。そしてこの後1stアルバム『小さな穴』の1曲目に収録される「さようなら」のコード・メロディー(まだ主旋律という雰囲気ではないが澁谷浩次のピアニカによって鳴らされる)がこのときすでに完成していたことも確認できる。この後すぐバンドは作曲したもの(歌無し)を演奏するバンド→作曲したもの(歌有り)を演奏するバンドへもう一段階転換を遂げる。駆動源は画質の悪い当時の映像の中で座り、伏し目がちに歌う大野綾子その人である。
そんな大野綾子が脱退した時の澁谷浩次の心境についても『間違いの実 / The Fruit Of Errata』付属のブックレットが詳しい。
そんな状況で偶然に巡り合った声の持ち主が高柳あゆ子であったという。
高柳あゆ子というボーカリストが加入してyumboはまず3rdアルバムの『これが現実だ』という作品をリリースするが、一聴して印象深い「メロディー」の変化と言えば今やyumboの代名詞の一つのようにも感じるリーディングの導入であろう。(高柳あゆ子が演劇畑出身であることを意識してのことらしい。)
本映像作品中で高柳あゆ子が初登場する2008年高円寺 ペンギンハウスでの演奏でも「これが現実だ」のイントロ部分で早速素晴らしいリーディングを披露している。(まだそこまで慣れていないのか少し語りが堅いのがそれはそれで素晴らしいのだ。)
また、高柳あゆ子が加入してから現在までのオリジナルアルバム2枚『これが現実だ』、『鬼火』について考えてみると、ソングライティング、プロデュース面において、そもそもそれ以前から大きな飛躍を遂げているように感じられる。やはり今のyumboを語るうえでフロントにたつ高柳あゆ子の影響は絶大であると言って間違いはないだろう。
ボーカリスト以外の歴代のレギュラーメンバーについても触れておきたいところだが、文量があまりに膨大になってしまうので、割愛することとして、ここでは反対にこの映像作品中に登場する幾人ものゲストプレイヤーの存在について書いておきたい。
イ・ランやテニスコーツ、工藤冬里を始め、コラボレーションが映像に収められたプレイヤーの数は膨大だ。
作品中で印象深いのは2018年 仙台TRUNK、そして2019年 渋谷7th FLOOR、2テイクの「鬼火」の演奏である。前者はイ・ラン、イ・へジと、後者は細馬宏通、木下和重、中尾勘二、宇波拓とのそれぞれセッションによる演奏であるが、「鬼火」という曲自体が持つ懐の深さゆえにセッションするプレイヤーの個性や魅力が素直に出力される様子が感動的である。
また、これは映像作品の内容からは逸れるが、今年年始にWWWで行われた澁谷浩次のソロのステージにおいて、共演者のpocopen (SAKANA)とセッションした際に演奏されたのも「鬼火」であった。
これからも無数の素晴らしいミュージシャンと共に「鬼火」は歌い継がれていくのだろう。そしてその度新しい「メロディー」が生まれてくる瞬間を我々は何度も目撃することができるはずだ。
ここまではyumboというバンドの上でプレイヤーが奏でる音だけに着目して書いてきたが、この作品を観ていくとyumboというバンドの「メロディー」を新しく生み出す原動力となっているのはどうやらいわゆるミュージシャンだけではないことが分かってくる。
もう一度あの重要な京都UrBANGUILD公演の映像に戻ろう。4時間近くに渡り、この時点で20年分に近い映像を観てきた眼にその美しいカメラワークはあまりに鮮烈ではなかったか。この作品に残された映像のなかで、販売はおろか公開するつもりだったものですらわずかであるから、特に前半の映像は固定カメラ一本で撮られたもの、ステージ上のメンバーを全員収められていないもの等はザラであり、お世辞にも撮影クオリティが高いとは言えない。
それを踏まえての京都UrBANGUILD公演の映像である。撮影として岡庭圭、佛木雅彦、増田悠、渡辺真太郎の4人、編集でこちらも増田悠、渡辺真太郎に加えて山倉一樹の3人とこの映像作品中ダントツ最多の人数がクレジットされている。実際にこの日の映像作品としてのクオリティは素晴らしく、改めて京都UrBANGUILD公演はバンド演奏だけでなく、それを収めるカメラ・編集も含めて一つのマイルストーンであることが分かる。さらに言うならば、あの素晴らしい演奏は、あの撮影がなければここまで胸を打つものになり得なかったのではないか。
そう考えてみると、『参加者が増えると新しいメロディーが出てくる』というとき、この作品において参加者に該当するのは決してミュージシャンだけでなく、撮影や音響、イベント主催として、この作品にクレジットされる幾人であるように思えてきてならないのである。
yumbo初期から今まで関係が深く、この作品中で何度もライブ会場として映されるブックカフェ「火星の庭」の前野夫妻、ゲストとしてステージに上がる様子も確認できる劇団「三角フラスコ」メンバー等との詳細なヒストリーはこの作品のコメンタリーや、『間違いの実 / The Fruit Of Errata』付属ブックレットに譲るとして、この作品を観終えたとき、yumboとは澁谷浩次が様々な人たちとの出会いの上に成り立ち、続いてきたバンドだということを私は非常に強く実感したのだ。
バンドというのは作品やライブ等の創作活動や、はたまたプロモーションに携わってもらえる人たちあってこそのものであることなんて至極当たり前のことだけれど、澁谷浩次が体験し、この映像作品に込められた、いくつもの出会いはその一つ一つが尋常でない大きさでもって共振をしているようなそんな風に見えてくるのである。
最後に、最新のライブ映像として本作最多の10曲がセレクトされた2020年 仙台 火星の庭での配信ライブの映像を観てみよう。数曲で演奏中に挿入される短編映像は磯崎未菜と、この映像作品全体の製作として澁谷浩次と共にクレジットされている福原悠介によるもの。そして磯崎未菜は短編映像だけにとどまらず、習っているというマジックまで演奏中に披露してみせる。佐藤ゆか、イ・ランはプレイヤーとして演奏に参加し、高橋創一はプロジェクターやライティングの演出を担当する。まさにこの映像作品全体の集大成というべき共振が随所に起こっては、また次の共振を誘発していく。
人は人に出会って変わっていくのだと、6時間弱に渡るドキュメントでもって澁谷浩次は雄弁と語っているような。私にはこの映像作品がそんな風に見えてきてならないのである。
※以下リンク、別記事にて「詳細・補足編」をご用意しています。ぜひ続けてお楽しみください。