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【私小説】『千と千尋の神隠し』冒頭のような……

 とある大雪の翌日、私と妻はドライブデート——もとい、食品の買い出しに洒落込んだ。
 アパートの玄関を出ると、そこは一面の銀世界。駐車場に停まる車たちは、白い小山と化し、荒廃した世界のような景色を創り出している。
 私の車はSUVであり、少々大きめ。悪路の走破性は高く、日本海側に暮らす私にとって、雪道で頼れる相棒である。
 対して、妻の車は軽自動車。ちんまりとしていて、妻のように可愛らしい存在だ。しかし、可愛らしさに全振りしているせいで、雪道では少々つらい。駐車場から出るときに何度スタック(タイヤが空回りする現象)からの脱出を手伝ったことか。
 さて、ここまで長々と私たちの車事情を語ったが、読者諸賢はどちらの車で買い出しに行ったと思われるだろうか。頭脳明晰、聡明叡智な皆さんならお気づきのことであろう。
 そう、妻の車である。
 燃費が良いので、遠出以外は妻の車で出かけるのが常だった私達は、パブロフの犬が如く、いつも通りちんまい車に乗り込んだのだ。
 そして、駐車場から出て数分後、ようやく気づいた。この悪路では、私の車のほうが良かったのではないか、と。
 さてさて、ここから波乱の幕開けだ。
 雪道は数多の車に踏み荒らされ、デコボコの連続。普段であれば除雪車が綺麗に整地してくれるはずだが、あいにくその気配はない。
 雪とタイヤが織りなす轍のせいで、車は揺れる揺れる。気分はさながら『千と千尋の神隠し』の冒頭だ。
 あと少しで除雪された大通り。そこにさえ出れば、後は野となれ山となれ、いや雪となれ。
 瞬間、はたと、私の膝に手を置く妻。
「貧乏ゆすりやめて」
 妻よ、本気で言っているのか。貴女も揺れているではないか。
 しかし、その声音は真剣そのもの。
 だが、私の膝は止められない。
「やめてって言ってるでしょ」
 怒らないでくれ。気づいてくれ。これはもはや自然の摂理なのだ。
 ——まあ、こういう少し天然なところが愛おしい。

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