《映画紹介》15分で魅せるトムヨークのドリーム・ワールド「ANIMA」(2019)②《ネタバレ含》
前回の記事を読んで下さった方、ありがとうございます。
前回は、3曲構成のうち1曲についての紹介・考察でした。
今回は2曲目である " Traffic " の全容・考察を書いていきます。
trafficという言葉には「交通」「運輸」「人の往来」などの意味をもつ一方で、「不正取引」という意味もあります。
このシーンの振り付けを見ていると「人の往来」の意味も連想できますが、筆者が歌詞を考察してみると「正当ではない取り引き」という解釈になりました。
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
※ お読み頂く前に
この先は筆者の解釈が含まれており、作者の意図とは異なる部分がありますのでご注意下さい。
" Traffic "
前回の記事で書き忘れてしまったのですが、実は老人が改札を抜ける際に、例の鞄は別の女性に持って行かれてしまっていたのです。
彼はそれを追いかけるうち、いつしかコンクリートで出来た険しい道のりを超えていきます。
そこはまるで洞窟のようでもあり、荘厳な遺跡のような世界でした。
へとへとになりながらそこを抜けた老人は鞄を見つけて安堵の表情を浮かべますが、すぐに表情を強張らせます。
10人ほどの男達が力強い足取りで重力に逆らうように白い壁を登っており、鞄を手にするには彼らの動きに突っ込むほかありません。
そしてこんな歌が流れます。
老人はタイミングを見計らい、意を決して突っ込みますが、彼らの動きをうまく真似することが出来ません。
やがてその勢いに気圧されて鞄を足で蹴ってしまい、そのまま下の世界へ落ちてしまいます。
下の世界にはたくさんの人々がもがいています。
上からの重力に耐えきれないようで、手を伸ばして起きあがろうとしていますがなかなか起き上がれません。
なんとかそこを抜けた老人は、坂の上を歩くあの女性の姿を見て微笑みます。
そしてまた坂を登ろうと決意しますが、力強い彼らの動きに飲み込まれて頂上に辿り着くことが出来ません。
彼らは老人の肩を掴み、無理やり同じ行動をさせようとします。
老人は壁を登る彼らと同じ行動をしようとしますが上手くいかず、やはり下の世界に落ちてしまうのでした。
ついに老人は憤慨し、他の人々と同じ行動をやめます。落ちていく人々を尻目に一人だけ飄々と登っていきます。
いつしか風が吹き、葉っぱやごみ袋や、紙の切れ端のようなものが舞っているなかに老人は座り込みます。
まるで瞑想に耽るかのように神聖な時間が流れます。
そしてもう一度坂を登り切ろうとしますが突風に吹き飛ばされてしまい、そこで曲は終わります。
歌詞の考察① 貧富の差
というこの部分ですが、とある働き方に対して矛盾を突きつけているように感じられるのです。
みな服従させられ貧しい生活を送っており、まるで鏡やスポンジのように中身が無い人生だというのに、「あなたは自由です!」と言う表面的な社会への言及。
直訳すると「私に金を見せてくれ」になるんですが、「示して欲しい証拠や結果に対しての比喩」として"money"を使うことがあります。(こちらのサイトをご覧下さい)
先程の考察をふまえると、「これが"自由"だというのなら、その証拠を見せてくれ」という意味になるのではないでしょうか。
ゾンビ=自分の意思を持たずに動くものの象徴だと捉えたので、"rich"=金持ちへのディスだと思います。
「ストローで吸い上げる」というのは階級社会の搾取を意味しているのでしょうか。
"crime pays"の翻訳に手こずりました。
直訳すると「犯罪は報われる」とかになるのですが、報われる犯罪なんて無いだろう…
そんななか"pays"のみの意味で調べていたところ、フランス語で「国」や「土地」を意味することが分かりました。
筆者は、もしかするとこの部分だけフランス語を使っていたりするのではないか、、という淡い期待を込めています。
なぜならその後にやってくる文章がケンジントン・アンド・チェルシー区だからです。(ちなみに、この土地はフランスのカンヌが提携都市だそうです)
ケンジントン・アンド・チェルシー区は貧富の差がめちゃめちゃ激しく、イングランドで最も貧しい10%と、最も豊かな10%が混在している土地とのこと。
さらに調べていたところ、「ANIMA」が発表される2年前に衝撃的な事件が起きていることを知りました。
グレンフェルタワー火災事件
移民者や低所得者が集まる地域がスラム化することを防ぐため、ケンジントン・アンド・チェルシー区にグレンフェルタワーは建てられました。
そんな建物で、2017年に凄惨な火事が起きてしまいます。
火元は冷蔵庫。加えて、建物の素材が安全性試験に合格していなかったことが判明しました。
この火災によって158世帯が住む場所を失いました。
ロンドン消防隊の消防総監は「消防士として働いてきた29年間でも見たことが無い規模の火災」だと語っています。
住民は数年前から不完全な防火対策を指摘していたそうですが、改善されなかったとのこと。しっかり対策していれば防げた火事だったかもしれません。
解体工事が行われたグレンフェルタワーのわずか数百メートル先には、今も変わらず高級住宅街があります。
「富裕層を優遇する政策に走り貧しい市民の安全を軽視している」という嘆きの声もあがった、イギリスの汚点ともいえるこの事件。
後に、様々なアーティスト達による被災者支援の活動が行われました。
歌詞の考察② 強制された生活のうえに成り立つ"自由"
この歌詞は貧困層の生活を「ガチョウに強制給餌してフォアグラを生産するような生活」だと揶揄していると捉えて間違いなさそうです。
ガチョウは、肝臓が十分な大きさになるまで金属のパイプを口に入れられ、穀物を無理やり食べさせられます。
そうして膨れ上がった肝臓のせいで、彼らは息も出来なくなるそうです…。
「けれど君は自由だ」という矛盾を突きつける残酷な社会。皮肉です。
この曲は事件への追悼だった?
もしかすると、白い坂はグレンフェルタワーを表していたのではないでしょうか。
坂で腰を下ろした老人の表情は追悼そのものであり、最後に舞っていたゴミのようなものは、火災が起きて散った燃えかすのように思えてならないのです。
ですが、この物語は「ケンジントンアンドチェルシー区だけに沿った内容」とも言い切れないような気もします。
世間の歯車に無理やり組み込まれて生活をさせられ、うまく合致して動けないと転落していくという社会のあり方は、日本にも通ずるものがあります。
次回は、最後の曲である " Dawn Chorus " についてです。