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相続の知識 ~親子間での遺産分割~

想定するケース

  • 夫婦と子ども(未成年者)2人の家族を想定する。

  • 夫が死亡し、相続が開始する。

  • 遺産は亡夫(被相続人)名義の自宅不動産と預金であり、亡夫は遺言を作成していなかった。

  • 相続人は、妻Aと長男B、二男Cの3名である。

遺産分割

被相続人の遺産については、相続人らによる遺産分割が必要である。遺産分割をしなければ、不動産の名義は変更できないし、預金の引き出しもできない。
そこで、Aと子らで遺産分割協議を行うことになるが、子が未成年者であれば親権者であるAが法定代理権をもつ。そうすると、Aは、子らを代理して、遺産分割協議を行えるようにも思える。
しかし、結論から言って、これはできない。

利益相反行為

民法には、以下のような規定がある。

(利益相反行為)
第八百二十六条 親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。
 親権を行う者が数人の子に対して親権を行う場合において、その一人と他の子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その一方のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。

民法

すなわち、親権者が、親権者と子の利益が相反する行為を行う場合には、その子のために「特別代理人」を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。
上記の例でいえば、親権者Aと子B、子Cの遺産分割において、一方当事者が何らかの遺産を取得する場合、当然に、他の当事者の遺産の取り分・取り方に影響を及ぼす関係にある。遺産分割は、一定の遺産を相続人らで取り合う関係ともいえるわけで、Aが子らを代理して遺産分割を行うことは、利益相反行為に該当する。
したがって、この場合、Aは、子らのために特別代理人を選任するよう家庭裁判所に請求を行わなければ、有効に遺産分割をすることができないということになる。
(たとえ遺産分割の内容が公平であって子の利益を害さないとみえる場合であっても、遺産分割という行為自体ができない。)

なお、新権者と未成年者が共に共同相続人でない場合で、親権者を同じくする複数の未成年者がおり、その親権者がそれぞれの未成年者の代理人として遺産分割協議を行う場合にも、当該未成年者間で利益が相反するので、やはり特別代理人の選任を要する(民法826条2項、最判昭和48年4月24日判時704-50)。

特別代理人の選任手続と遺産分割

家庭裁判所に対する申立てと必要書類

Aは、遺産分割を行うために、家庭裁判所に特別代理人の選任申し立てを行うことになる。管轄は、子の住所地を管轄する家庭裁判所が原則である。

申立てに必要な書類等は、以下のとおりである(標準的なもの。)
1.申立書
2.申立添付書類
・未成年者の戸籍謄本(全部事項証明書)
・親権者又は未成年後見人の戸籍謄本(全部事項証明書)
・特別代理人候補者の住民票又は戸籍附票
・利益相反に関する資料(遺産分割協議書案等)
3.収入印紙(子1名につき800円)
4.郵便切手(額と種類は家庭裁判所により異なる)

なお、ここでのポイントは、①特別代理人は未成年者それぞれに対して選任されること、②申立て時に遺産分割協議書案を確定させておくことが必要であること、である。

特別代理人となれるのは

特別代理人となるのに、特別な資格は必要ではない。
(ケースによっては弁護士等の一定の資格を有する者が就任することはあり得る。)
ただし、子の代理人として(家庭裁判所により決められた)職務を行うため、親権者や子との利害関係があるかどうか等が考慮される。

申立てから選任まで

申立て後は、簡単にいうと、遺産分割協議案が適正か、特別代理人候補者に問題がないかを家庭裁判所が審査することになる。
特別代理人候補者に対しては、裁判所から照会文書が届く。照会文書には、遺産分割協議の内容を知っているか、これに賛成するか?などの項目があり、これに回答する形になる。
なお、未成年者が15歳以上の場合は、未成年者本人宛にも照会文書が届く。内容は、事前に申立人(親)から話を聞いているか、特別代理人候補者が特別代理人となるのに賛成するか?などである。

そのような手続を経て、特別代理人選任の「審判」がなされることになる。具体的には、「被相続人○○の遺産の分割協議をするにつき、未成年者Bの特別代理人として◇◇◇◇、未成年者Cの特別代理人として△△△△をそれぞれ選任する。」という審判書が作成される。

選任後(遺産分割協議)

親権者Aと特別代理人らの間で、遺産分割協議を成立させることになる。この遺産分割協議書に、署名押印するのは特別代理人である。
審判書と遺産分割協議書により、不動産の登記や預金の引き出しなどが可能となる。
遺産分割協議が成立すれば、特別代理人の任務は終了する。

法定相続分で遺産分割しなければならないか?

以下は、筆者の私見である。
ここで疑問なのが、遺産分割の内容についてである。
一見、法定相続分のとおりに分割する(上記事例ではAが2分の1、B・Cがそれぞれ4分の1)できっちり分けることが公平だと思える。確かに、Aが自らの取り分を多くすることを無制限に認めると、利益相反行為として特別代理人を要するとした意味がない。
そうすると、建前上は、未成年者の利益のために、未成年者の法定相続分の遺産は確保させるべきだということになるだろう。
(逆に、親に固有財産が豊富にあり、親が遺産を取得しないというのなら子に不利益はないので実際上問題は生じない。)
しかしながら、上記想定ケースにおいて、常に不動産はA・B・Cの共有名義とし、預金はきっちり法定相続分で分けるように強制されるというのもどうなのか。
というのも、不動産を親と未成年者が共有するというのは現実的な処理とは思えないし、不動産をAの単独名義として、預金をB・Cに取得させるという遺産分割にも合理的があるケースは容易に想像できるからである。
一方で、遺産たる預金が少なく、不動産を親の単独名義とすると経済的に不公平となる場合には、Aの固有財産から代償金を支払うなどの調整は必要であると思われるが、いずれにしても、すべての財産を法定相続分で分けるということは必須ではないと考えるべきである。

実際に、不動産を親が単独名義にする代わりに、一定額を子に支払うこととして調整した遺産分割協議案で問題なく審判が出たケースも筆者は経験している。ケースによっては、子の取り分が(数字上は)法定相続分に届かない案であっても問題がないこともある(親の子に対する扶養義務を考えれば当然であるともいえるが)。
ケースによって、遺産分割の方法には幅があるのが実務である。

最後に(回避策は「遺言」くらい)

親子間の遺産分割というのは、家庭裁判所の関与が必要であるという意味で、なかなか面倒であるといってよい。
では、これを回避する策はあるか? 考えられるのは、①放置か、②遺言である。

①放置というのは、遺産分割を先延ばしして、亡夫名義のまま放っておく、という意味である。もし遺産である預金がなければ生活できないという場合は、金融機関が夫死亡を知り、預金が下ろせなくなったときには、結局、遺産分割を迫られることになる。また、自宅を売却する必要が生じた場合にも、同じことが言える。
したがって、放置するという選択肢はとるべきではない()。

【参考】令和6年4月からの相続登記申請の義務化https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00435.html#mokuji3

法務省WEBサイト「あなたと家族をつなぐ相続登記~相続登記・遺産分割を進めましょう~」

では、遺言はどうか。
有効な遺言が残されており、すべての遺産の分割方法が指定されていれば、遺産分割協議を行う余地はないから、特別代理人の選任という事態にもならない。つまり、実際の回避策は「遺言」しかないのである。
もっとも、子が未成年者ということは、親もまだ若く健康である可能性が高いため、遺言を作成しようというインセンティブは働きづらいのが現実だろう。
仮に、未成年者の子をもつ親に何かがあった場合、遺された家族が上記のような特別代理人の選任手続をとるのは、それなりにハードルが高い。そのような心配がある人は、遺言を作成しておくことも一考に値するのではないだろうか。
そして、もし遺言を作成するとすれば、「検認」手続(これも家裁の関与が必要な手続)の要らない、
①自筆証書遺言+自筆証書遺言保管制度(法務局)、もしくは、
②公正証書遺言
がおすすめである()。

いずれにもメリット、デメリットがある。
 また、遺言を作成したとしても、「一切の財産を配偶者に相続させる。」というような遺言であった場合、子が成年者となった後には「遺留分侵害額請求」の可能性があることは念のため指摘しておきたい(実際のリスクとしては小さいかもしれないが。)。

(弁護士 真鍋亮平)


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