#タクシー小話1「あいつを処分したい男」
「あいつの処分はどうなった?」
重厚な声が後部座席から轟く。
「お前がやるんじゃなかったのか?」
計らずも聞く耳が立つ。
60近いであろう男は、黒のスラックスに灰色のシャツ、ボタン三つ開いた胸元には焼けた肌が覗き、18金であろう威風漂うネックレスが掛けられていた。
夜なのにサングラスを掛けるその男性は電話の相手と話している。
「お前、あの一件がどれだけ俺らの枷になったのか知ってんだろ?」
恰好に加えて、耳に届く言葉を材料にすればアウトな方へと世界が描かれていく。
「だからお前にやらすんだよ、ツレだろ?」
ツレ……処分……。
「散々待たされてんだよ、こっちは。だからこうして電話まで寄越してんじゃねえか」
詫び言でも述べられてるのか、憤慨した声遣いが密閉された車内全体を覆うように伝い、耳に届く。
「ああ?金は要らねえよ、処分しろって」
金は要らないが早く処分したい、“あいつ”とは。
「だから要らねえつってんだろ」
男の語勢は強まっていく。
「おめぇいい加減にしろよ、金で手打ちする気ねんだよ俺は」
この男の会話はつまり、あいつのせいでトラブルになったから始末する、ということなのだろうか。
ドンッと響く音と共に振動が伝わると、反射的に全身が強張った。
「おい、お前まだ欲しがるんか?」
急に静かな口調になった。おそらく電話の相手より俺の方が鼓動は早く動いていると思う。
「分かった、もう話にならん」
電話越しの言葉を掃うように吐き捨てると車内は静かになった。
「……気になるだろ?」
いや……。
「嘘言うなよ」
咄嗟に「いや……」と答えると、男は面白がる様子で太々しくそう言った。
それ以外に何も返せなかった。
「さっき、蹴ってごめんなあ」
いえいえ……。
「もうこの辺でいい」
「1万で釣りはいいわ、なんかいい物食えな」
8千円以上のお釣りを受け取ることになった。
約1カ月後、ある事件の捜査で警察がやってきた。
ドラレコはしっかり残っていて、そのままに答えるしかなかった。
犯人はまだ捕まっていない。