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«Remake»#タクシードライバーは見た「オナラをした某男性アイドル」

それは無理があるよ。
彼の表情に不意を突かれた。

ある日、六本木の交差点で男性が手を挙げた。
立ち姿でなんとなく気付く。
「(あ、あれ〇〇だ)」
髪型も整えている訳ではなく、身なりを綺麗にしているわけでもないが、それでも一般人のいる街中で立つとやっぱり少し雰囲気が違う。
彼はある男性アイドルで、国民的人気かといえば微妙だが同世代と言うこともあり顔は知っていた。
「銀座行ってください」
特別変わった様子はなく、芸能人特有のぶすっとした雰囲気も纏っていない。
こちらも他のお客様と何ら変わらずいつも通りにタクシーを走らせた。

7.8分ほど経ち、銀座に近付いてきた。
お客様がアイドルであるということも薄々忘れかけていたころ、鼻の奥で毛が揺れたのか小さな違和感があった。
――ん . . . . ?
数秒経って再び鼻から、今度は奥にしっかりと入り込んでくる。
――. . あ . . . . 。

強い刺激ではないが、認識できるほどの臭いが車内に漂っていた。

特に気にはならなかった。
これくらい日常茶飯事の範囲内である。
何かを食べる者もいれば、ブーッっと豪快に音をたててこく者もいる。
足臭い者だっているし、夜の客は大抵酒臭い。
にんにく入りのラーメンを食ったお客なんて最悪だ。
それもあって、臭いに気付いても刺激は弱くほぼ無いも同然だった。

「お客様~、お停めする場所は・・・」
「え~っと、この辺でいいっすよ~」
銀座に入ったところで停める場所を聞き、お支払いへと移る。
まだ臭いは車内に漂っている、
お客様がアイドルであることも気付いているし
そのアイドルがオナラをしたことにも気付いている。
こちらはしていない。

「このアイドルオナラしたー」とか
「アイドルもオナラするんだ」といった定番とも言えるふざけた感情すら持っていない。

何の意識も持たず、普通にお支払いをして、お客様に降りてもらう。
ただそれだけだった。

彼の言う場所に停め、現金か電子マネーか、カードか、支払いを待っていると、数秒間が空いた。
「・・・・」
何かを取り出すような音も聞こえない。
――なんなんだ. . この時間 . . . . . 。
5秒ほど何もない時間が経ち、それでも音が聞こえず気になって後ろを振り返ってみた。

「お客様、お支払いは何に」
するとそこには、鼻元を軽く触れながら「クッセぇ」といった表情でこちらを見るアイドルが脚を組んだまま深く腰掛けていた。
眉間にしわを寄せ、
「お前オナラしただろ」
そう言わんばかりの表情。

その瞬間、ンッと「オマエだろッ!笑」と言いたくなるような気持ちが喉元まで沸き上がり、彼の表情に笑いかけた。まさかそれで通せると思ったのだろうか。

私はしていない、
密室で二人であれば必然的に誰かは決まる。
気にはしていないが、脳裏には「オナラをした」という意識が残っておりそれが急に肥大化し全意識を飲み込んでいった。

もう一度「お支払いは」と言うと深く掛けた腰を起こし財布から千円札を二枚取り出して払い、降りていった。
何事もなかったように。

表情は一切変えなかったがどれだけ笑いそうになった事か。
流石にそれは無理があるよ。

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