タクシー小話 8 「タクシー運転手はヤツを見抜く」
タクシー運転手がヤツを見抜き、鼻で笑う瞬間がある。正しくは僕が。
それは主に信号待ちをしている歩行者のある行動を見た時。
その行動、タクシー運転手には見抜かれている。
たとえ他のタクシー運転手が分かっていなかったとしても、僕にはわかっている。
彼らがどういう気持ちでその仕草を取りたくなったのか。
どういう意図でその仕草を取ったのか。
分かっている。
「どうせ乗る気もないのにタクシーを弄ぼうとしてるんだろ」
と、心で唱えながら、その姿を見て僕はいつも鼻で笑っている。
そして、何も影響されていないフリをする。
彼らは時に、腕時計を見るために一旦あえて腕を前に、大袈裟に大きく伸ばして曲げる。
彼らは時に、一瞬だけ停めるような仕草をして頭を掻く。
彼らは時に、如何にも止めるように腕を伸ばし、下げる。
全て、明らかに不自然な動作になっている。
それを見て、おそらくアクセルを離して減速するタクシーもいるだろう。ブレーキを掛けて停まろうとするタクシーもいるだろう。
だが僕は、そんなものに惑わされたりはしない。
これはもう、弄ぶ歩行者との闘いでもある。
そう考えるようになって、僕は変わった。
何よりまず、相手の気持ちになることが出来る。
何を隠そう、僕もそういう悪戯をしたくなるし、してしまう質だ。
その悪戯をする際、もれなくタクシーへ視線は向けない。
しかし、タクシーが近付いたころ、目だけでタクシーの動きを追いかける。
彼らが減速するのを見るのが滑稽だし、最悪の場合、音だけで減速したのが分かる。
その瞬間が愉快で堪らない。
それが分かっている分、やられる側になっても見抜くことが出来る。
そういう歩行者に対して僕は、まったく見向きもしない。
お前など眼中にない、と言わんばかりに。
そしてある時、いつものように弄ぼうとする歩行者の目の前を通り過ぎようとすると、本当にタクシーを停めようとした人で、
「アッ!」という表情をその歩行者に見せ、目が合ったまま、急ブレーキなんて危なくて踏めずに通り過ぎる。
本当にタクシーを停めようとしている人を見抜けなくなった。
これまでどれだけ「アッ!」の表情を見せてきたことか。
結局僕は惑わされている。