タクシー小話 3「悪魔を崇拝する男」
「だから人間ってさ、結局欲に弱いんだよ」
「確かにそうっすね」
聡明な雰囲気のビジネスマン二人を乗せると会話が始まった。何かの会話の続きらしい。
「出世、お金、エロ、ギャンブル、飲食、娯楽みたいな世俗的なモノから得られる喜びを求めてんだよね」
「欲に誘われて本当に尊ぶべきものが霞んでしまうんだよ」
「ああ、なるほど」
おそらく彼らの関係性は上司と部下で、上司が何かを説いているのだと思われる。
「だから俺たちは、そんな欲に溺れかけている人たちに近づいて、丁寧に優しく、囁きながら進むべき方向へ促すのが役目」
このビジネスマンは悪魔だろうか。
彼の言葉を聞いていると、悪魔のような気がしてくる。いや、天使の可能性もある。
「でも、もしそれを否定されたらどうするんですか?」
部下が問いかける。
「否定したら、後々どれだけ痛い目見るか、未来を見せてあげる。俺たちはそれが出来るだろ?」
彼らは悪魔なのだろうか。
あなたに未来を見せてあげる。
そんなことを言えて、成立させられる者はこの世にはいない。
「それでも変わらなかったら?」
更に部下は問いかける。
「本当はゆっくり丁寧に理解させるべきだけど、後始末もあるし、俺たちも暇じゃないから心を支配しなければならない」
やはり悪魔だろうか。
欲を持つ者に近づいて、未来を見せ、心を支配する。
この時点で天使の可能性は消えた。
天使が「心を支配しなければならない」なんて言うはずがない。
「その時に一つ注意したいのが、十字架を背負っているような奴ね。十字架背負っている奴は信念が違う」
彼らは悪魔に違いない。
十字架の存在にリスクを感じる奴なんて、悪魔か吸血鬼ぐらいしかいない。
「俺さ、たまに彼らの魂を抜き取って、綺麗に洗って、本当に必要なことだけを染み込ませたいって思ったりするんだよ」
それはおそらく悪魔にしかできない。
「それが出来ればこの仕事もだいぶ楽になるでしょうね」
部下の返事は投げやりだった。
「なんか、いつも喩えが悪魔みたいですね」
部下がついに明言した。
「悪魔って、悪い奴だけど事の心理は突いてるってたまに思うんだよ」
はあ、と部下は理解がいっていない。
「コンサルは時に悪魔であれ、って俺のテーマだから」
「心を鬼にする的なことですか?」
「そんな感じ」